0-3 見回りに出よう

 羽の回転に合わせて規則的に鳴る音は、山舘にとってはこの世で最も落ち着く音であった。今夜もヘリに乗り込み、集光模様のような青のプロジェクションマッピングで彩られてまるで海の中にあるような萬津橋町の白いビル群を上から眺めると、この街の平穏を守らねばという気分になる。山舘は高高度でホバリングの操作をしながら、片手で備え付けの無線機に手を伸ばし、ダイヤルを回してこの時間帯の警察無線の周波数に合わせていった。次第にジィジィ、ザザザと波の如きノイズが晴れ、ノイズの隙間で小さく聞こえるばかりだった警官たちの通信がハッキリ聞こえるようになっていく。何かしら事件が起きていたら静かにしていようと思っていたが、聞こえる事といえば『L2照会免許証の照会お願いします』や『怪しい動きの人物あり。マルコメ精神病患者覚醒剤か……観察します』といった具合で、特に急いでいるわけでもなさそうだ。山舘は無線機のマイクスイッチを入れる。


「こちら萬津橋3、無線復帰しました。どうぞ」


 ヘリ無線機のナンバーで名乗ると、すぐさま十月府警察署本部統制官から『え、山舘!?』と驚きの声が上がった。操作次第で物凄いスピードが出るこのじゃじゃ馬を乗り回せるのが現在では山舘しか居ないこと、彼が入署当初からお世話になっている統制官であることが相まって、照会の必要なく判断されたらしい。統制官は一つ咳払いをしてから正式に返答した。


『……えー、こちら本部。萬津橋3、現在は勤務時間外のはずですが、どうぞー?』

「こちら萬津橋3。今朝の桜下事件の捜査をしたく、延長申請を出しました。どうぞ」


 すると、ビともジともつかない音を発して別の無線が割り込んだ。


『げ……よくやるなぁ』

『こちら本部。萬津橋4、私語は慎むように。萬津橋3は無理をしないように勤めなさい。どうぞー』

『うわ。こちら萬津橋4、マイクを切り忘れていました。失礼しましたどうぞ~』


 名乗っていないにも関わらず、瞬時に誰が口走ったか理解してしまう。この統制官の優秀な部分だった。山舘は(流石だ、かっこいい)という思いを胸に秘めながら「ありがとうございます」とだけ返してマイクを切った。

 地上を回る警官たちの報告の声を小さなBGMにして、山舘は操縦桿を指先で叩く。


「さて、まずは……今朝のが組織犯罪かどうか、確定させないとかな」


 いつも通りの巡回コースを回り、それから地上に降りてもう一度聞き込みをしてみよう。そう考えながら萬津橋町を一周した。続けて萬津橋町とそれを囲う内海を中心として放射状に広がっている十月府の町々を巡るために、大きな橋が架かった内海を通り抜けて北の山側へ向かう。


 緑豊かなせせらぎが流れる平地の七葉園なのはえん町を過ぎれば、その先には二つの山が連なっている。片方は盆地に巨大な湖を湛える山の町、伊津神いづがみ町。もう片方は麓に温泉地の四方塚よもづか町を擁する巨大稲荷神社が建立された京堂かなどめどう町。中でも京堂町は指定暴力団の燈柳とうりゅう会が存在しているため、念入りに見回る必要がある。鬼火の様に青白い提灯と赤い鳥居が並ぶ参道よりも、そこから外れた暗い路地のほうが問題だ。山舘はスコープを使って注意深く観察するが、今日は特に怪しい動きは無いらしい。

 山肌をなぞるように降りて、今度は南の海側へ向かう。海側の町は3つあるが、その中継地点の役割を果たしているのが迷路のように入り組んだ路地が特徴の百千路地おおちろじ町だ。萬津橋町も内海に侵食された街に多くの橋がかかっている点で入り組み具合では百千路地町と同一だが、こちらの路地は萬津橋町よりも幅が狭く、細長い。上下左右に組まれた道は海側の街すべてに通じているので人の往来も多く、その分警察も多めに配備されているので大丈夫だろうと判断して軽く確認し、次の街に向かった。

 海側の街はそれぞれ海を隔てて西側から、街全体が巨大企業CSGのショッピングモールと化している港町の一港にのまえこう町、エンターテイメントならなんでも揃っている五百垣いおがき町、グルメとネオンが輝く欲望の町 雫八帳しずやとばり町と並んでいる。


 山側が牧歌的で貞淑な雰囲気なら、海側は真反対に都会的で明るい雰囲気だ。ただし、雫八帳町の臨海公園を抜けた先は例外である。そこは雫八帳町に属してはいるし、川や海を挟んで百千路地町や七葉園町にも隣り合っている。だが、ほぼ一切手つかずの森林が広がっていた。樹海である。

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