3年目 前

私達のいる砦は1年前から魔王軍の侵攻を抑え続け、前線であるにも関わらず明るい雰囲気で溢れていた。


だけどそれも2週間前まで。


2週間前、魔王軍の幹部である『厄災』と思われる存在の1柱がこの要塞を攻め落とそうと軍を率いて来るまでだった。


現在の厄災の被害は周辺警戒部隊と偵察部隊の騎士達、被害にあった部隊の7割が死んでしまった。

生き残った残りもメリッサの魔法で助かったけど、何かを怖がっていて戦闘は不可能、情報は貰えたらしいけど断片的で相手の正体や戦闘スタイルはわからなかった。


トントン


「ん……」

「リースちゃん寝た方がいいよ、もう3日も結界を維持しっぱなしだよ……」

「だめ、やめない……」


私は明るい雰囲気が消え去り暗くなった砦を囲うように結界を寝ずに維持し続けている。

寝ずに維持する理由は結界の情報を更新し続けるためだ、実はこの世界の結界魔法は敵の侵入とか遠距離の攻撃は防いでくれるのだが、魔法での解除に対しては割と脆い。


もちろん結界を張る者の技量によって強度は変わる。

だけど情報が更新されていない結界ならどんな猛者の張った物でも多少の時間を掛ければ情報を読み取り、ちょっと知識のある格下でも解除できてしまう。


「リースちゃんほど上手く出来ないけど、私が結界を維持するので少しだけも休んで?」

「強い相手、私の物でも壊れるかもしれない、だからだめ」


私も解除対策のために情報をある程度わかりにくくしたり、複雑な物にしたりもしているけど、相手は魔王軍の幹部、さほど時間を掛けずに解除されるだろう。

砦周辺の安全が確保出来ない今、結界が破れるのは砦の崩壊を意味してしまう。


「で、でも……」

「……うるさい、あっちいって」

「うっ、ごめんね……」


駆け足で去っていくメリッサに腕を伸ばすも、呼び止めることもできずに姿は見えなくなる。


「ぁっ……」


……やっちゃった。


眠気は魔法で飛ばしている。

でも身体は眠っていない状況で、イラつき、寒気、吐き気、頭痛など不調が出てる。

そんな私を心配してくれたメリッサに酷いことを言ってしまった。


「…………」ポロポロ


涙が出てきた、自分でやったのに何をと思われるだろうけど身体的にはショックだったんだ。


膝に力が入らなくなって結界を維持する魔法陣の中で座り込む。

涙は止まらないけど、結界の維持は続けなくちゃいけない、胸が痛むのを抑え込みながら情報の更新を続ける。


涙を流しながら続けて続けて続けて続けて……


ザッ ザッ ザッ


そのうち聞こえてきた近寄って来る足音の方向へ目線を向けると、そこに居たのはツンデレおじさんだった。


「結界の維持ご苦労」

「…………」


わざわざそんな事を言うために来たのか、思わず溜息が溢れようとしたときだった。


「だが」


魔法陣の中に入ってきたツンデレおじさんは私の胸倉を掴み持ち上げてきた。


「あまり我々を舐めるな!」

「……!」


舐めているつもりなんてない、私はただ砦を守る為に頑張って……


「貴様の結界はとても強い、それはこの一年で嫌と言うほど理解している。維持をしている間、中に居ればほぼ絶対に安全だということもわかる」


脚は地面についてない、安定感など無いはずなのにツンデレおじさんと目がはっきり合ってる。


「砦に居ればこれ以上死者が出ないのだとしても、我々はこの砦に閉じ籠もっているわけにはいかないのだよ」


なんで、だって死んじゃったら……


「ここは最前線にある砦、魔王軍の動きを迅速に察知し後方の部隊へ情報を渡さなければならない。

侵攻してきている魔王軍の数や装備の情報、それだけでなく砦より後方の人が住む地へ魔王軍が入り込まないようにし、援軍が到着するまでの足止めをする役割がある。

もしも我々騎士達がその役割をこなせなければ、人類は瞬く間に滅ぼされる!」

「で、でも死んじゃったら……」

「ここの者達は殆どが死を覚悟している。

貴様は周りを見ることを辞め、結界を維持することばかりに集中していたから知らないと思うが、生き残った騎士達は正気を取り戻している、既に再び立ち上がり剣を握っている!」


その言葉で私は周囲が見えるようになった。

私を見る複数人の騎士達とアルス勇者パーティーの仲間、皆が私の事を心配そうに見ていた。


「貴様は1人で戦っていると思っているのか?1人でこの砦を守るのが正解だと考えているのなら、今すぐに前線から去れ!」


ドサッ


落とされた。


今の精神状態では結界の情報を更新出来ない。

ツンデレおじさんが去る足音が聞こえ、私は身体の反応では無く、私自身の思いで泣いてしまった。


「ぁぁぁぁ……」


泣く私の元へ1番に来たのはメリッサだった。


「リースちゃん……」

「ごめんなさい、めりー、ごめんなさいぃ……」

「大丈夫、大丈夫だよ」


続いてアルスとヘレンが来て、それぞれ手を握ったり頭を撫でてくれた。

そのうち騎士の1人が近づいてきて私と目を合わせた。


「ありがとうございます、リース様が結界で時間を稼いでくれたおかげで戦う覚悟と準備ができました。

再び剣を握る勇気を与えてくださり、本当にありがとうございます」


そう言った騎士は腰に付けた剣の柄の部分を小刻みに震えた手で触っていた。


「よかった……でもむりは、しないで……」


そこまで言って強烈な眠気に襲われた私はメリッサの腕の中で眠りに落ちた。










「リースを助けてくれて、ありがとうございました」

「いつまでも虚な目で庭の中央に立たれていたのが邪魔だっただけです、勇者様のパーティーメンバーとはいえ助けるつもりでやったのではありません」

「でもリースは助かりました、俺はもちろんメリッサもヘレンもここまで良い結果には辿り着けなかったと思います。

ありがとうございました」

「…………」

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