死をも凍てつく寒空の下で
緑川
僕らは眠りに落ちる
火が灯る。次第に、無数に、忽ち数多く。
もし、あのとき。誰かが自分の手を血で染める覚悟があったら、間違いなく教科書に載っていただろう。きっとそれは英雄として。
あるいは人類史上稀に見る、馬鹿として。いつまでも永遠に、世代ごと語り継がれて。
もう、そんな幻想も見れそうにない……。せめて、せめて最後に今と過去でも語ろう。
それしか、他に僕のやることもないしね。
先ずは昔っからのお気に入りな全身最強装備からかな! じゃあ頭から、こんな今にも雪が降りそうな寒さを守ってくれてる帽子。
お父さんが一生懸命に選んで買ってくれたニット帽を油染みた髪の上に深々と被って、お母さんが仕事の合間に夜鍋して顔に巻き付けるくらいの手編みのマフラーを使い古し、
はは、はは。
何で、こんなことやってんだろ。僕。今。
この大切な物を贈ってくれた父母も旧姓ごと枝分かれしてしまい、もう横には居ない。
一人ぽつんとベンチなんかに座り込んでさ。もっとやるべきことがあったんじゃないかな。雄叫びとか、神への祈りに、自殺やら。ま、僕にそんな勇気、無いんだけどね。
勇気って名前なのに、皮肉だよ全く。この歳でも誰かの為に頑張ってる人たくさん居るのに。なんでこうなるのかな。あーあ。ほんと嫌な時代に生まれちゃったな。僕も、僕も終わりくらいはあの光景を眺めていたいよ。
でも、
残念ながら周囲は嫌に騒がしいばかりだ。
皆、希望を見失い、満足に逝けやしない。
その鬱憤を晴らさんと撒き散らしている。
の、だろう。
端から正義なんてない純粋なテロ行為の無差別な殺傷に対抗する
お互い、何の為に頑張ってらっしゃるのやら。
此処は日出る国の太陽なのにもかかわらず、外の世界から我が物顔ででしゃばり――あまつさえ喰らい尽くす連中は蝗害そのものだ。
最後まで燻る火種は燃ゆる矛先を間違え、我々の味方の象徴である正義は堕落を貪り、欲求奴隷の悪は庶民全ての生を呑み干した。
大衆の知り得る限りの絶対悪は藁人形に叩き付けても身勝手に生き続け、死の光を皮切りに人類大慌てなど世は行事が山積みいよいよ世界は大詰め。終末時計は秒読みを始め、
「っ」
身体の強張りに加え……寒くなってきた。たくさんの火がそこら中で灯っているのに。
セレブもリベラルも無様に命乞いに陽無き明け暮れる日々で、彼等の運命を乗せた最後の火星への挑戦もまだ始まらないご様子で。
遂には金がただの暖を取る紙に成り果てたよ。所詮、一部の人間だけが幸福を享受する仕組みを作れば蔑ろにされた貧民層の限界によって都合のいい理想郷は打ち砕かれ、次々と上に向かって階段が瓦解していくだけだ。
最初は家族で何とか乗り越えようと一家団欒一致団結していたけれど、一縷の存在喪失が、必ず訪れる毎日を次第にガラスのハートに亀裂を走らせてしまい、最期は皮膚が焦げた惨たらしく原型を留めない真っ黒な姿に。
奇しくも、生き残ってしまった僕独りが飢えを耐え忍んできたが、もう鼓動も数える程度だろうから、あるもわからない走馬灯に頼らず、過去の思い出の数々に浸るとしようか。
死をも凍てつく寒さ。いや、寒空の下で――か。
全ての始まりは日本有事という、最悪なタイミングに未曾有の大災害が降り掛かった。
そして、内側の巣食う同じ民に在らず腐敗権威陣は待っていたと言わんばかりに、今となれば世界唯一の砦であった国民を見放し、後の人災の方が遥かに人死にを出していた。
現代では、淘汰された筈の数多の流行病に絶望を蔓延させたと言っても過言じゃない。
民主主義国家の名折れ。政治より趣味や日々を生きるのに必死になり過ぎる余り、灯台下暗しでお先真っ暗とはこれ如何に。次世代は呆れて声も出ずに軒並みくたばったよ。
幕府以上の不条理が人民を襲っても尚……誰の目にも明らかな燻る火種は、連鎖も燃え上がる事もなく敢え無く鎮火してしまった。
僕を覆ってくれていたほんのりとした温かみが一気に深まり、急に静まり返り始めた。
恩知らずと憚る者にパクリ野郎、そして、品位の欠片無き存在の目の前の殺し合い後、
一層、弱者が更なる弱者に刃を突き立てる。
痩せ細った三十路が逃げる子を背負った悲鳴で助けを求める母親を殺し、子供をもそして、格好の的の非力な僕を見つけ、迫り来る。まだ生き残っていた自衛隊があっさりと殺す。
その大地に横たわった骸を、見るに耐えない不健康児を喰らう、最悪カニバリズムが。
ふと目を背けた先、全てを絶やす篝火が、正真正銘、人類の希望を乗せたロケット飛行の撃沈とともにしめやかに絶えてしまった。
最後に飛び立った光の、閃光の消えゆく、儚い一つの流れ星が瞳に映り、消えていく。
「終わった」
じゃ、あとは本当に自分の想い、走馬灯の意に浸りたいから以降は君たちの人生でね。
死をも凍てつく寒空の下で 緑川 @midoRekAwa
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