第23話
(というわけで……車で三〇分ほどかけて『後ろ指の渓谷』へ到着したわ……。ここは昔……悪魔軍を討伐するため、聖騎士隊が通用したルートなの。昼間でも薄暗く、霧がかかり、陽の光がとどかないさみしげな渓谷。大岩が多く堆積し、遮蔽物の多いこの空間は、悪魔軍の尖兵の潜伏に適した場所だった。悪魔軍は麻痺性のある弓矢を用いて聖騎士の背後を狙撃した……。麻痺というのが狡猾ね。しびれた聖騎士を介抱するためにちかよった仲間を、高所の大岩に隠れた伏兵が、一斉射撃して一網打尽にするのよっ!
『後ろ指』
その名称の由来は、例え『後ろ指刺されたって、ふりむくな』そのフレーズが定着したから……ときいているわ)
ひゅーーーー……
……渓谷のおくの暗がりからさみしげな風が吹いている。子供の夜泣きのように、切なく消えていく。もしかしたら、麻痺して動けなくなり、一人死とむきあった、騎士のさみしさが内包しているのかもしれない。
そして、
かーかー……
カラスも鳴いている……。そう、ここのカラスたちは、兵士たちの躯を食べるのが好きだったの。彼らは強靭な嘴をもち……肉でも穀類でも食べた。だからか、森林地域のカラスよりも、大き目な個体が多いわっ!
あぁ……枯れ木の枝にとどまった、大きなカラスが私たちをみおろしている……。きっと、お腹がすいているのね。もしかしたら……私たちが朽ちたら、その強靭な爪を突き立ててやろうと企んでいるのかも?
「さすが……聖騎士たちも恐れた『後ろ指の渓谷』ねっ! とても不気味な場所だわ……」
「ふぁぁ……」
「助手君、あくびなんてしてはダメよっ! どこに悪魔軍が潜んでいるか、わからないんだからっ! ハッ! 助手君、あの岩壁をみなさい」
ききぃ……
助手君は軽トラにブレーキをかけたわ。
「赤い血痕のようなものが残されているわっ……!
もしかして……まだここでは血の惨劇がっ?!」
「あ~あれはですね」
「ハ……っ! それから空をみなさいっ! あの赤色の雲の模様……すこし、笑っているように見えるわっ! あれは……悪魔たちのボスの怨霊が私たちを逃がすまいと睨んでいるのかもしれないわ……」ブルブル……
「ちがいますよ~博士。これらは地元の大学のPM部(プロジェクションマッピング)による催行ですよっ! ホラ、そこで学生さんたちが作業しています」
「へ……?」
「あ、どうも~」「こんばんは~。車の通行の邪魔してすみません!」「すぐにどきます~」
車の前にいた、学生らしい見た目の数名の男女が、PM部とロゴの入った帽子をとって、ぺこりと頭をさげた。助手君は笑顔で「がんばってね~」と手をふった。
「……プロジェクションマッピングってなによ」
「光をつかってオブジェクトや三次元作品をプリンティングする技術のことですよっ!」
助手君の指差す方をみると、赤色の鬼を象った光の模様が、次の瞬間には巨大な紫色の鳥獣となって岩肌を駆けていった! 動きにあわせて威嚇を意味する甲高い鳥獣の鳴き声もどこかからきこえた。す、すごい。これ、全部、作り物なの?!
「先ほど、この渓谷に入る前に看板がありました。どうやらこの渓谷は、聖騎士さんの戦いが終わったあと、興業的価値が著しく低下しているようで、地区長は取壊しをしようと画策していたようです。けれど、それに地元民たちの皆様が強く反対。聖騎士たちの戦いの歴史を風化させてはならない! って。この地区に残っている方は、聖騎士隊の子孫に当たる方が多く、渓谷に特別な想いを抱いてるようですね」
(まぁ、それには私も賛成ね。私も騎士見習いとして、見習わナイト)シュパパパパ
「それで……渓谷のおどろおどろしい雰囲気を蘇らせ、冒険者と一般客を呼び込むべく、こうして興行準備を行っているようです。PM部の子たちのほか、たくさんの企業も協力しているようですね。あの大きなカラスのオブジェは、鳥獣保護研究所によるサンプルみたいですよっ!
大きくて立派ですねぇ……。
培養室にかざっておけば、にっくきカメムシ軍団がビビって入ってこなくなるんじゃないですか?!」
「あんな大きな飾り物あったら、私が夜、トイレにいけなくなるわ……」
「あ、そう」
「フンっ! よくも私を脅かしてくれたわねっ! 大学のガキ共はおとなしくヤリサーに入って、酒チャンポンしてゲーゲー吐いて朝までパコっていればいいのよっ!」
「博士~大学生をガキって呼んでいると、年代がバレちゃいますよ?」
「えへへへ~あっぶな~い♡博士ちゃんは~永遠の14ちゃいだよ♡」きゅるるるるん……「おにいたん、おねえたん……お仕事がんばってね?」ちゅっ……♡
(うげぇ……)(なんか痛いオバハンがいるな……)(あんな大人にはなりたくない……)
「ふふん……助手君みなさいっ! あの子たち、私の魅力に慄いて声も出せずにいるわっ!」
(この人、たしか出身大学不明なんだよな~。メダカの学校卒とかじゃねーよな?)
そんなこんなで渓谷のおくに進んでいると、くらやみに紫色に光る花をみつけたわ……。あれは、図鑑がないから断言はできないけれど、おそらくユメヒヤシンスね。
「せっかくみつけたけれど……」
でも……花は崖の上に咲いていたの。
ヘリをチャーターするか、忍者を雇うか、それこそユニコーンの背に乗ってとりにいくか……それくらいしか方法がない高い所にあったわ……。
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