第80話 夢の再会

 大野亀だった。山吹色の花が咲き乱れていた。体を見ればポロシャツだった。進んでいくと、座ってトビシマカンゾウの海原を眺める着物姿の女性がいた。逸る心を止めることが出来ずに走った。近づくその音に気付いたのか、その女性が振り向いた。足を止めた。短い距離だったのに、息が弾んでしまっていた。

「お能登さま」

「志朗、座らんのか」

 草を撫でながら、うつむいたままつぶやいた。招かれるまま腰を下ろした。お能登さまの香りがした。横を向いた。お能登さまは花を見つめていた。

「花よりも惹いているのか?」

 こちらを向きもせず、恥ずかしそうに言った。

「そうですね」

「もう少しためらわんか」

 頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。

「ためらいはしませんよ、こんな日が来るなんて期待もしてなかったから」

「私もだ」

 お能登さまは向き直った。とはいえまだこちらを見てくれない。

「こうして来るのはためらわなかったんですか」

「ああ、というよりもその暇がなかった。気付いたらここにいたのだ」

 さっきから気にはなっているが、なんとなくお能登さまの声が若干上ずっているように聞こえてならない。それよりもせっかく再会できたんだ。言うことは他にある。

「俺もです。どういうことなんですかね」

「私はともかく、志朗を移送する術なんて」

「弁天さんですかね」

「私と志朗の両方に面識があるのは確かにそうだが、あやつがこんなことするかな。というより私が知っている限り、あやつにはそんな術は使えなかったはずだが」

「トレーニング、いや訓練でもしたんじゃないですか」

「あやつがか?」

 ようやくこちらを向いたお能登さまはいかめしい顔をした。俺はおかしくなった。懐かしささえある。

 あれ、そう言えば今はもう一月でこんなに緑が萌え、温い日々ではないはず、なんて疑問を持ちながらあまりの心地良さに、そんなことはすぐにどうでもよくなった。

「志朗、飲むか」

 湯呑を差し出された。無自覚にいた割には準備万端のようだが。

「いや、ふと見たらあったのだ」

 お能登さまも湯呑をとり、啜った。俺も口を付けた。

「志朗、食すか?」

 団子を差し出されていた。みたらし団子だった。

「団子でも食いながら見ていたいなと思ったら、ほら」

 お能登さまが持ち上げた皿にはみたらし団子や三色団子や草団子が何本かずつ置かれていた。

 一本食べ終えてから、

「お能登さまが望んだものが突然現れた、ということですか」

「そうなるな」

 串にまだ一つ団子を残したまま、お能登さまは答えてくれた。そのおかげで、

「トナカイですかね、こんなことをやらかしているのは」

「それこそないだろ」

 残りの団子を食べ、串を皿に置いてから茶を啜り、

「クリスマスの残務処理と新規計画の立案で忙しいはずだ」

 指を折った。弁天さんやトナカイでないとするとこのおぜん立てをしたのは、ここ岩の精霊か、しゃべる鳥か白い蛇か鬼か、それくらいしか思いつかないのだが。

「どなたもこれほどの力がありはしないだろう、志朗は気になるのか」

「気になるというか、何の意図があるのかと少々身構えてしまって」

「私がどうにでもしてやる、安心しろ」

「はい」

 のどかな、和らぎの時間だった。しあわせと呼ぶには形式張り過ぎている気がした。

「お能登さま」

「なんだ?」

 腕時計がなかったのでどれくらい経ったかしれないが、並んでカンゾウをしばらく眺めてから、

「弁天さんに聞きました」

 黙っておくのも卑怯な気がしたので、聞いた話があるとだけ告げた。

「そうか」

 弁天さんは俺と統領が似ていると言っていた、それはお能登さまには言わなかった、言えなかった。見栄でも過信でもなく、単に恥ずかしかったからである。同じように自分の歴史を仇にチクられたお能登さまもいたたまれないかもしれない。

「愚かだと思うだろう。しかし、私にはそういう生き方しかできなかった」

 花を見つめたまま、遠い日を顧みる声だった。

「いいえ、そうは思いません」

 お能登さまは不思議そうにこちらを見た。

「お能登さまらしいなと思いました」

 なお一層お能登さまは首をかしげた。

「言葉通りです。他意はありません。だからこそ俺はお能登さまに会えたわけですし」

「志朗は」

 お能登さまは花に向き直った。

「志朗は私にとっては温泉みたいだ」

「真意はいかに」

 禅問答なのか、このままでは説明不足なため、俺は頭を悩ませることになる。

「癒しだ。他に言いようがない」

 良い意味で表現してくれた。温泉卵云々とか言い出されたらどうしようかと思った。

「その温泉も何時間も入ってはいられない。湯あたりしてしまうことになる。だから」

「そんなこと言ってたら人は社会を作れませんけれどね」

「言い訳だ、単に。私に覚悟がないだけだ」

「覚悟、待っていたらダメですか」

「私には志朗をそうさせておく覚悟もないのだ、まったくあんな離れ方をしておいてこの体たらく」

「現実に、会うことはないんですかね」

「確かなことを言えないのだ。会えるとも会えないとも言えないのだ」

「俺は会いたいです」

「心境はともかく、会える会えないはまた別のことだ。志朗を私の生活に巻き込みたくはない、これも本心だから」

 それを言われたらもう言い返すことはできない。

 暖かな風に揺られるカンゾウを見ながら髪を直すお能登さま。もうここまでなのかもしれない。

 もう会えないのならば、こうして並んでカンゾウを見つめるこの時間をお能登さまが消えるまで味わうしかなかった。

 ふと気が付くと、お能登さまの袖から伸びた糸が俺の指に結わえつけられていた。

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