13.忠節のサイン
頭上の脅威に気づくや、ミマツーは驚異的な跳躍力でその場を離れた。
地面を転がりながらブーツに挿してあったハンドブラスターを抜き、トラク竜に向けて正確な一射を放つ。肩を撃ち抜かれた乗り手の手から手投げ弾がこぼれ落ち、真下に放置してあった阿修羅アーマーが吹き飛ばされた。
「あーあ……」
完全人間の少女はため息をついた。
「新手が湧いてきたぞ!」
シェンガの言う通り、ミマツーが片付けた賞金狙いどもとは違う武装集団が、空里たちに迫って来ていた。トラク竜に乗り、棍棒や旧式銃を得物にしている彼らはプロの賞金狙いに見えない。高額賞金首の存在を知った跳ね返りの住民や、チンピラたちが暴徒となって押しかけてきたのだ。しかも数が多い。
シェンガはネープが懸念した通りだと認めた。空里の価値が人々の欲に火を点けたのだ。
「コルベットの着陸は……あいつら全部片付けてからか?」
面倒くさそうに問うシェンガに、ネープは答えた。
「そんな暇はない。ユーナス軍が戻ってきたらおしまいだ」
ネープは空里が持つシールドジェネレータの出力を最大にしてから、その外へ出た。
「アサト、一旦移動するために足を確保します。ここを動かないでください」
「足って?」
空里が聞き返した時、少年はすでにミマツーの方へと駆け出していた。
ネープはミマツーと完全人間同士のアイコンタクトを交わし、頭上を漂うトラク竜の一匹を指差した。すかさず、ミマツーが屈んで組んだ手を踏むと、少女はネープを力一杯放り投げた。
トラク竜の乗り手は突然目の前の空中に現れた少年に驚く間も無く、鞍から叩き落とされ手綱を奪われた。さらに墜落した先の地上でミマツーに叩きのめされ、持っていた武装も全て彼女のものとなった。
火線を避けながら舞い降りて来たトラク竜にミマツーが飛び乗り、空里の方へと飛んで来る。
ネープが叫んだ。
「アサト! 私の後ろへ!」
シェンガはまた自分を抱っこしようとする空里に先んじて、ネープの背中に飛びついた。
「お先に失礼するぜ!」
続いて飛び乗った空里の背中に、ミマツーが寄りかかる形になった。
「お背中、お借りします」
言いながらミマツーは、奪った旧式のソリッド・ライフルで追っ手に正確な牽制射撃を浴びせかける。
「ハッ!」
ネープに蹴りを入れられたトラク竜が勢いよく舞い上がった。
その時──
「アンジュ!」
自分を呼ぶ声に地上を見下ろした空里の目が、ルパ・リュリたちの姿をとらえた。
ルパ・リュリ、ジャナク、チニチナ……ゼ・リュリにキリク兄妹、みんな無事のようだ。
よかった……。
しかし、これが最後になる。
もう会うことはないかもしれない。
空里はこみ上げてくるものを堪えながら、遠ざかる友人たちに声をかぎりに呼びかけた。
「みんな! 嘘ついててごめん! ありがとう!」
本当にごめん。許してくれるといいのだけれど。
その声が届いたかわからないまま、小さくなっていく人々に目をこらす。
ルパ・リュリは泣き顔を浮かべながら、力一杯手を振っていた。
チニチナは、なぜか顔の前で手を組み神に祈るような姿を見せている。
そして、ジャナクは眉間に皺を寄せ厳しい表情を浮かべていたが──
おもむろに右手を挙げると、指を三本立てて轟然と頭上に突き上げた。
忠節のサイン。
彼らは、空里の視界から消えるまでその姿勢を崩さなかった。
チニチナは言った。
「また、会えるかなあ……」
ルパ・リュリは応えた。
「生きてさえいれば、また会えるわ。きっと……」
銀河皇帝一行を乗せたトラク
ただ、ネープは追っ手の火線や宙を舞う機動兵器を避けるため、低めギリギリの高度で竜を飛ばしていた。スター・コルベットと合流するには、賞金狙いやユーナス軍、ザニ・ガン軍全ての目をかい潜って上空の高みに出るしかない。
ネープと同じようにその状況を読んだミマツーが叫んだ。
「どうやって上に行くの!」
少年は叫び返した。
「葉脈水路に潜り込む! 水路は幹に繋がってる! 幹の中を上に進んで、そこから上空に抜けてコルベットに乗り移る!」
「いま、水の中に入るって言ったか?」
シェンガが世にも嫌そうな声で言った。
その時、一機の
「捕まって!」
巧みな手綱捌きでネープが竜の体をひねると、
空里は発射された赤色熱弾が自分のすぐ横を掠め、追っ手の群れを吹き飛ばすのを見て驚きの声を上げた。
「私がいるのに撃った?!」
ネープが振り返って言った。
「自分とミン・ガンが前にいて、センサーがアサトの生体情報を見落としたんです。後ろにも
シェンガが唸った。
「おまけに奴ら、飛んでるものは見境なく排除するつもりらしいぜ!」
ネープは背後に指示を出した。
「ミン・ガン、パルスライフルをよこせ。アサト、シールドを気密モードで起動してください。レベルは2。多少濡れますがライフルも使うから」
「はい!」
空里は教わっていた通りにシールド・ジェネレーターを操作し、気密シールドを張って四人を包んだ。
後方監視のミマツーが叫んだ。
「
「行きます!」
パルスライフルを構えたネープは銃のエネルギーを二連射できるだけの最大出力に設定した。体を傾けて眼下の道路を前方へなぎるように連射する。
凄まじい水柱を上げながら道路が割れ、剥き出しの水路が現れた。
ネープはすかさず手綱をきってトラク竜を水路に飛び込ませた。元来、水棲生物で水が大好きなトラク竜は素直に水中へ潜り込み、素晴らしいスピードで泳ぎ出した。
賞金狙いの武装集団は、獲物を見失って慌てた。
「どこに行った!」
「水路だ! 奴ら水路に逃げ込んだぞ!」
「どっちだ? 葉先の方か?」
「幹の方だ! 出口を押さえろ!」
動き出したトラク竜たちに、
「くそ!」
何人かはソリッド・ライフルと手投げ弾でユーナス軍に抵抗した。オロディア市の上空はもはや乱戦状態だ。
「おいおい、どっちへ行った?」
ミ=クニ・クアンタはビーコンのサインが消えたディスプレイをコンコンと叩いた。
スター・コルベットでオロディア市を擁する巨大樹ギアラムの周りを旋回しながらネープのビーコンを追っていたが、突然その信号が途絶えたのだ。
「予想される信号途絶の原因、それとビーコンの予想進路を算出しろ」
船の
「水路に飛び込んだのか。それで電波が届かんと……行き先は? 幹の上方、五百メートルとな? どうやって出てくるつもりなんじゃい」
シミュレーションでは幹のてっぺんがゴールになっているが、とにかくランデブーのためにはもうそちらへ向かうべきタイミングだった。あとは自分の勘だけが頼り。あの完全人間の坊やの意図を先読みしてうまく合わせてやる必要がある。いや、お嬢の方かな?
クアンタは額のミラーゴーグルを下げると、指貫グローブに包まれた手で操縦桿を握り直した。
ここまではなんとかユーナス侵攻軍の注意を引かずに済んだが、この先はそうはいかない。さらなる注意と操縦技量が要求されることになるだろう。
「では、突撃と参ろうかね」
スター・コルベットは急旋回し、ギアラムの幹目指して加速をかけた。
空里の頬を水飛沫が濡らす。
気密シールドのおかげで息はできるが、染み込んでくる水に濡れながら疾走するトラク竜にしがみついているのはちょっと難儀だった。
自分のお腹とネープの背中に挟まれ、シェンガは「うーうー」と唸っている。
「シェンガ! がんばって!」
「水は嫌いなんだよ!」
「〈水影〉星人なんでしょ。弱音を吐かないの!」
「なんだよ〈水影〉星人て。そもそもその名前はな……まあ、いいや」
おしゃべりで気を紛らわしたかったが、
「うるさい!」
思わず反感を声に出すと、シェンガが目を剥いてこちらを見上げた。
「ごめん。違うの。シェンガじゃなくて
ネープが振り向いて声をかけた。
「アサト、体をしっかり固定してください。もうすぐ真上に向かいます」
「ええ?! どうしよう!」
「陛下、これを使いましょう」
ミマツーがトラク竜の腹帯に繋がった荷物用の固定ベルトを引っ張り出した。それで全員がしっかり体を固定し終わると、ネープが言った。
「あと五秒で真上を向きます」
空里はシェンガを挟んでネープの体に、ミマツーは空里の体にしがみつき、その時に備えた。幹の大きな水脈から流れ込む流れが強くのしかかってくる。
トラク竜が幹の水脈に飛び込むと同時に、ネープは手綱を強く引いて竜に真上を向かせた。
「上がれ!」
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