12.ミマツー無双

 赤銅色の阿修羅は、空里たちの眼前に舞い降りると、六本の腕を大きく広げた。


 地面についた長い足は、よく見ると関節が一組多い。足首の先からさらに付属肢が伸びているのだ。襲いかかる集中砲火は、阿修羅を包む強力な感力場シールドが全て無効化している。空里たちもその陰に護られていた。

 阿修羅がゆっくりと振り返り、ヘルメットの三面マスクの一つがバイザーを開いて真っ直ぐに空里を見下ろした。

「陛下。お迎えが遅くなりまして申し訳ございません」

 阿修羅──異形の装備を身に付けたミマツーは、そのまま優雅にヨーロッパ流敬礼カーテシーを決めると、空里の頭より低い位置までこうべをたれた。

 その背後でこちらを向いた自走砲を指差し、シェンガが喚いた。

「呑気に挨拶してる場合かよ! あいつをなんとかしないと!」

「何を?」

 ミマツーが気のない返事をした次の瞬間、自走砲は爆発四散した。

 その他、重火器を積んだ包囲網の乗り物もことごとく同じ目にあっていた。ミマツーが降下に先んじて投擲していた熱核弾は、賞金狙いたちの戦力をいきなり半減させた。

 ゆとりを失った人狩賊ペルセイダー賞金稼ぎバウンティ・ハンターたちは、ありったけの武器を空里たちに向け集中砲火を浴びせかけた。

 嵐のようなエネルギー弾の炸裂を背負いながら、ミマツーは貴族に仕える高級侍女メイド・イン・ウェイティングのように品のある口調で言った。

「陛下、スター・コルベットはすでに着陸軌道に入っておりますが、静かにご乗船いただくには、ここはいささか煩わしいようです。安全を確保するためにも……」

 きれいな青紫色の瞳が光る。

「……恐れながら、ひと暴れさせていただきたく存じます」

 空里はネープをチラと見た。

 完全な無表情で完全なノーリアクションを決め込んだ夫の様子を、彼女は「ご自由に」と読んだ。

「お願いします……あ、あまり人死にのないように」

「かしこまりましてございます」

 ヘルメットのバイザーが閉じられる瞬間、空里はミマツーの口角がわずかに上がった気がした。

 笑った?

 だが、その顔は彼女が想像していたネープの笑顔とは明らかに違っていた。なんというかこう……

「しめしめ」という顔に見えたのだった。


 ミマツーはゆっくりと賞金狙いたちの方に向き直り、そのシールドを切った。

 襲い来る火線は、全て六本の腕が持つ金属の棒ショックバトンが逐一弾き返す。

 正確に攻撃を防ぎながら、阿修羅が跳んだ。

 一番高い位置にホバリングしていた追跡戦闘艇パシュート・ボートの上に舞い降りると、ミマツーは緩やかな動きで感力場シールドを潜り抜け、デッキ上に侵入した。乗員全てを六本の腕を振るってあっという間に叩き落とし、強力な拡張義足で操縦装置を踏み潰して破壊する。墜落するボートから次の目標へと飛び移り、同じように無力化する。その間、一機につきわずか数秒しかかかっていない。

 ミマツーへの攻撃はほぼ四方から間断なく続いていたが、彼女は全く問題にしなかった。火線は背中側の付属肢が正確に弾き返している。

 空里は感嘆した。

「すごい……背中にも目があるみたい」

「三面ヘルメットに星百合スターリリィ由来の認識拡張技術を搭載したアーマーです。全ての付属肢もその応用で遠隔操作しています。制式装備ではなくミマツーあれが勝手に造ったものです」

 ネープの声には全く熱がなかったが、空里は素直に感心した。

「ミマツーが自分で? すごいじゃない!」

「あんなものを使いたがるネープはあいつだけです。構造は地球の美術品を参考にしたとか言ってましたが」

 ではあれは、本当に阿修羅なのだ。

 阿修羅アーマーを身に付けたミマツーは単身、包囲網の戦力を蹂躙し尽くしていく。空里はその優雅ささえ感じさせる動きとリズムに、なぜかチニチナのダンスを思い出していた。

「なんだか……踊っているみたいに見えない?」

 ネープの答えには諦めにも似た脱力感があった。

「音楽を聴きながら戦っているんです。地球の文化を調べていて戦闘向きの音楽を見つけたと言ってました。アース・ウィンドなんとかいう楽団のものだとか」

 その名前は空里の記憶にうっすら残っていた。かなり大昔のダンスミュージックではなかったか?


 目立った機械化戦力がほぼ壊滅したところで、突然裂帛の気合があたりに響き渡った。

 物陰から、賞金稼ぎバウンティ・ハンターと思しき一人の戦士が飛び出して来た。筋骨隆々。全身に彫った刺青タトゥーと弁髪から、テム・ガンの男であることが空里にもわかった。

 大きい。

 ジャナクも大柄だったが、彼女を遥かにしのいでいる。二メートル半はあるのではないだろうか。

 テム・ガンの戦士は上空を舞う阿修羅に武器を振りかざして戦いを挑んでいる。一対一だ。

 ミマツーはネープの掟に従い、テム・ガン戦士の前に舞い降りてきた。その掟に従うなら、阿修羅アーマーは使えないはずだ。

 ミマツーの手がベルトに触れて見えないスイッチを操作すると、シュッという空気が抜ける音がした。阿修羅アーマーはプロテクターとヘルメットを解放し、少女の体を放出した。

 眼前の戦士に比べると、生身のミマツーはまるで子供、と言うより小人のように見える。身に付けているものといえば、わずかな防具とブーツに黒いハイレッグのレオタードだけ。それでもテム・ガンの戦士は油断なく両端に熱線刃プラズマブレードを仕込んだ薙刀のような棍棒を構えて少女に突きつけた。そこにはどんな敵も侮らぬという、油断できない手強さが滲み出ている。

 対するミマツーは、ちょっと考えるようにコキっと首を捻ると足を前後に広げて腰を落とし、構えを取った。右の手のひらを上に向け、誘うように指を動かす。

 空里はその仕草にも見覚えがあった。動画サイトで見た古い格闘映画の俳優がやっていたポーズだ。どうやら彼女は完全に地球かぶれとなっているらしい。

「素手でやる気かよ」

 シェンガが呆れ声を出した。

「大丈夫かしら……」

 さすがに心配となった空里がネープに声をかけると、少年は全くそちらを気にせず、リストバンドに仕込んだポータブル・レーダーのディスプレイに見入っている。

「え? ああ、大丈夫です。それよりユーナス軍がここでの騒ぎを察知して戻って来ているようです。早くコルベットに来てもらわんと……」

 それも困るが、そっちの心配はネープに任せることにして空里はミマツーの戦いを見守った。

 テム・ガンの戦士は恐ろしいスピードで両刃の薙刀を回転させ、ミマツーに襲いかかった。完全人間の少女は、手甲ガントレットだけでその刃を受けながらやり過ごす。

 と、突然戦士の武器がバラバラになったように見えた。

 薙刀は三本の棒に分かれ、その間を伸縮する接続熱光線ワイヤード・ビームが繋いでいる。熱戦刃プラズマブレード、棍棒、そしてビームが凄まじい速さとランダムな動きでミマツーに迫る。相手が常人であれば、あっという間にズタズタになるだろう攻撃を、少女は手甲ガントレットに加えてブーツの脛当てスリーブで弾き返しながら後退していった。

「逃げ場はないぞ!」

 崩れた建物の壁際に追い詰められたミマツーに、テム・ガンの戦士が声をかけた。

「ネープとはいえ、素手で俺をなんとかできると思ったのが間違いだ!」

 その言葉に眉をひそめて首をひねる少女の仕草を、戦士は後悔の表れと見た。だが、もしミマツーの本意を知ったら彼は怒り狂っただろう。

 

 完全人間の少女は思っていた。

 このおじさん、力も技量もまあまあだ。だけど技の独創性にイマイチ欠ける。もちょっと相手してあげたいけど、アサトもいるから終わらせないと……。

 

 再び一本になった薙刀を回転させてミマツーの退路を完全に断ちながら、戦士はとどめの一撃を放つタイミングを測った。

 と、少女は相手の方へトンと近づいたかと思うと、戦士の薙刀を掴んで回転の勢いのまま、ふわりと宙に舞った。

 その羽のような軽やかさに驚く間も無く、戦士の肩に舞い降りたミマツーは手刀の突きを延髄に叩き込んだ。並のヒト型人類には即死に直結するその攻撃も、テム・ガンなら数日の昏倒で済むはずだった。

 意識を失ったまま立ち往生となった戦士の肩から、ミマツーは一回転しながらひらりと飛び降り──

 空里に向かって一礼した。


 そのミマツーの頭上から、一匹のトラクラゴンが降下してきた。乗り手が手投げ弾と思しきものを眼下の少女に投げつけようとしているのを見て、空里は思わず叫んだ。


「ミマツー! 危ない!」

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