第29話   武田勝頼、現る

年が変わり、天正二年となった。


正月一日。近江周辺の騒動を片づけた信長は、岐阜城に近隣の諸将面々の出仕を命じた。


丹羽以下、重臣たちが顔を合わせるのは久ぶりの事であった。

面々とともにひさびさの三献の儀が催され、膳が用意されで酒盛りが行われた。


「朝倉攻め、浅井攻め、長嶋へと、面々の働きご苦労であった。噂では、信玄はすでに没していると聞く。武田は息勝頼が跡目を継いだとのこと。奴は信玄のように老克な猛者ではなく、気の短い血気盛んな若者であろう。いずれ信長とまみえることになるであろう。帝から、この先を予に任せたいとの宸翰も得ている。皆の者もこれからのこと心してまいれ」と、訓示された。


一同は、口々に「こころえましてござります」と手に杯をかざした。

一時、盛り上がった宴も終わりを迎え、主だった臣は退席させられてたが、側近の若い馬廻衆だけは、その場に残された。


信長は、正月行事の三献の儀とは別に、密かに内輪だけの酒宴を用意していた。

膳には古今東西の珍しい肴と酒が用意された。


一同が驚いたのは、座敷の中央に、薄箔にされた朝倉義景の首、浅井久政の首、浅井長政の首が、ひとつずつ檜の折敷の上に並べられたことであった。


そして、その首、ひとつずつに声をかけられたことである。

特に、長政には。


「なにゆえ、義兄である予を裏切った。長政は良い男と見定めておったが、予の見間違いであったか。市にふさわしい若武者ぶりと思うておったったが。残念なことよ。この先を信長とともに生きることをなぜ選ばなかった。義景と久政にかように忠義、恩義を立てなければ、ならなかったとは無念じゃ。今日はしっかりと弔ってやろうぞ」と、一息に盃をあおった。


そして、「これより、無礼講である」として、宴が進められた。


一月十一日、昨年末に義昭に与していた懲りない松永が再び信長に降てきた。

再び多聞山城を明け渡して降伏した。


翌日、信長は明智に命じてこれを受け取らせた。

大和は筒井順慶に任せていくことを考えていた信長は、順慶を大和に戻し、十七日、明智光秀の子十二郎を筒井順慶の養子となした。


また、娘を細川忠興と信長の弟信勝に嫁がせて、これら義昭の奉公衆であった者たちとの姻戚関係をつくり、配下として使っていくことで組織的な強化を図ろうとした。


そのうえで、光秀には、近畿一円での織田軍の方面軍の指揮権を与えて任せていくことした。


はじめて、光秀の顔を見た時に、この男の実力を見た信長は満足のいく結果として受け止めていた。


そうこうしているうちに、正月早々越前の一揆が蜂起したとの知らせを受け取る。


十八日、越前守護代桂田長俊が府中城の富田長繁、朝倉景建ら一向宗に攻め込まれるという事態が起こった。二十日、桂田は討ち取られ、北庄にいた織田軍も一揆の襲撃を受けた。


これに対処するため、正月行事も明けやらぬうちから秀吉、武藤、丹羽、不破、丸毛らを敦賀表まで派兵した。


武田勝頼は、一万五千の兵を率いて、暮れから甲斐を発ちに遠江に進入していた。天竜川沿いに南下し、浜松の対岸に陣を敷いていた。


一月二十七日、そこから、転進して恵那郡岩村へ進み、岩村城の付城十八城に放火し、二月一日、明智の本貫地である明智城を取り囲んだ。


これを聞き信長は、三日、明智、佐久間に参陣するように命令した。


これに対処するために、岐阜城から信長自ら兵を率いて出陣する必要性にせばまれた。


二月五日、御嵩に陣を敷き、六日に高野まで進んだ。七日、両者が相まみえるくらい迄の距離となったが、山は急峻で難所であるため、池田に高野と小里の付け城を命じて、信長は一旦退いた。


その様子を見た勝頼は、山県昌景に命じて六千の兵で信長の退路を断つように命じた。撤退した信長の姿を見て、勝頼は明智城を攻略することに成功する。


一方、越前では、越前一向一揆勢が、加賀より七里頼周を大将として招聘する。

さらに、十三日に大坂本願寺が、越前一向衆の総大将として下間頼照を送り込んできた。


このことによって一揆はおさまるところを知らず、さらに織田方の北庄城、府中城を攻撃した。


十八日、一向一揆は、富田長繁を討ち取り、府中城へもさらに攻撃をかけてきた。

十九日、金津の溝江も攻略され、溝江、富樫一族が討ち取られてしまった。


このようななか、二月二十四日、信長は岐阜城に帰還するしかなかった。


このようなさなか、岐阜城にいた信長のもとに、また朝廷から上洛するようにという報が入った。


三月十二日のことである。信長は上洛のため岐阜城を発ち佐和山城へと向かった。

そこで三日逗留した後、十五日、佐和山を発ち、十六日に永原城に到着。十七日、志那湊から舟に乗り、坂本城に着き、そこから京に入り相国寺に寄宿した。

 

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