第9話 カシムとルーシー


 話が煮詰まったところで、カシムはふと話題を変えた。

「ところで、最近王都では、魔女の失踪事件が頻発しているらしいな」

 その言葉にアリアが身を乗り出す。

「そうなのです。すでに三十人近くが行方不明になっています」声をあげて言うと、次にルーシーを見て

「ルーシー、あなたも気をつけるのですよ」

 急に振られたルーシーは少し戸惑いながら

「こっ………こころえた。でも、なぜ魔女が狙われる? 」


「理由はわかりませんが、魔女は貴重な存在なのです。このラスタリアは、魔女が多く産まれる土地ですから、狙われるているのかもしれません」アリアは少し笑って

「でも、ルーシーなら賊を返り討ちにできるでしょう」

 

「ええ! 」

 アリアの意外な評価に驚きを隠せないルーシー。そこへセナも笑いながら口を挟んだ。

「町では、いろいろ噂されているらしいな。しかも、街の半グレを手中に収め、弱い者を助けているとか。正義の味方みたいで、いいじゃないか」

 ルーシーは蒼白になっている。エクセルやアリアたちにも秘密にしていた事が、なぜ知られているのか。


「なんでそのことを………」

 もしかしてーーと、ルーシーがアリアの方をみると、アリアは横を向いて素知らぬ顔をしたが、それが逆に不自然だ。

「アリア様! どこでその噂を」


 問い詰められたアリアは、観念したように答えた。

「最近、館に出入りしている花屋で、ルーシーの親戚というアテーナさんと二人の子供が話してくれたのです」


 ルーシーは心の中で叫んだ。

(あいつら……!)

 拳をぎゅっと握りしめる彼女を見て、カシムが口を開いた。


「でも、悪党を退治しているのは立派ですよ。エクセルやアリアのそばにいてくれて頼もしいし。これからも頼みます」

 その言葉に、褒められているとは思えないルーシーだったが、赤い顔で答える。


「こ……こころえた」

 呻くように答えると、黙り込んだ。


 そんなルーシーの様子を見たアリアはカシムに目配せしたあと、おもむろに

「ところでルーシー、カシム兄様のコップを下げてくださいませんか」

「あっ、そうだ……ですね」

 ルーシーが前に出て、机のコップを浮かせると、カシムは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに微笑んで。

「たのみます」

 

 ルーシーはそんなカシムの表情に気ずかず、食器をトレーに乗せて部屋を出ていったが………


 ーーーグワッシャン! 


 廊下から聞こえたルーシーのずっこける音がして、アリア達は「ああ、またか」といった表情を浮かべる。


 アリアがため息をついた後、カシムに向き直り

「ところで、カシム兄様、見ましたかルーシーの魔法を」

 カシムは大きく頷いて


「ええ、あれは魔法ではないですね。アクションや詠唱をしていない」

「そうなのです。私たちは魔法を発動する際、必ず何等かの詠唱や動作をわずかでもしますが、ルーシーは全くしないのです」

 カシムは一瞬考え込んだ後


「確かに、アリアの言うように、あのメイドの娘は女神ルシファーと何か関係しているかもしれませんね。それで、今のラスタリアの状況を聞かせるために、連れてきたのですね」


「はい。ルーシーが現れてから、パリスでは女神ルシファーが現れました。そして、ルーシーが北海で漂流していた時は、エクセル兄様が神海から戻った時期と合致します。さらに、彼女の神力とも言える魔法。偶然かもしれませんが、女神ルシファーと何か関係ある可能性が高いと思います」


「ところで、あのメイドがルシファー本人ということはないだろうか……」

 カシムが、呟くようにいうと。

 アリア達は、広場の銅像のビーナスをルシファーと思い込んでいるので、ルーシーがルシファーだとは思っていない。

「まさか! あんなドジで喧嘩好きな女神様はいませんよ」


 一笑に付したアリアに、カシム達も大きくうなずいて納得した。そこに、ルーシーが戻って来た。

「あはは、またやってしまったのだ」

 頭をかいて戻ってきたルーシーに、カシムは穏やかな表情で

「ルーシーさん、皆をよろしくお願いしますね」


「お願いしますって………はい、もちろんでございます」

 なぜ、改めてそんなことを言うのかと、首をかしげるルーシーに、カシムは微笑むだけだった。 

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