第3話 進撃のヒルド
ラスタリア西方の海域は大小無数の島々が点在し、夕陽が海面を黄金に染める景勝地として名高く、夏には多くの遊客で賑わう行楽の地であった。
しかし、いまやその蒼海もヒルドの眼には、敵の伏兵が潜む魔窟としか映らなかった。
「警戒を怠るな。島影に潜む敵の奇襲があり得る。分散すれば各個撃破の危険がある、陣形を崩すないように注意しろ! 」
ヒルド艦隊は縦二列の戦列を組み、目前の島へと兵力を集中して進撃する。やがて砲火が飛来したが、即座に発砲位置を特定、的確な反撃によって敵の火点を制圧。すると、島陰より隠れていた二隻のラスタリア帆船が遁走を始めた。
それを望遠鏡で確認したヒルドは冷笑を浮かべる。
「やはり隠れていたか。軽装の高速船、大砲は最小限、奇襲と離脱を繰り返して出来るだけ自分の被害を少なくし、わずかづつ我々の戦力を削ぐつもりだろう。構わぬ、島ごと砲撃して掃討しつつ進め」
以後、ヒルド艦隊は島々を次々に攻め落としながら前進を続けた。そして複数の島を制圧したのち、島から退いた敵艦が、ある海域に集結していることが明らかとなる。むしろ、それは待ち構えているとも言える状況であった。
ヒルドは海図上に敵の退却の方向を示し、その延長線上に一点の交差点を確認する。
「敵は逃げるふりをしながら、決戦の場へと我々を誘導している。やはり、こちらの戦力を削いで、決戦場に誘い込むのが狙いだろうが……」
ヒルドは水平線に群がる自艦隊を見やり、笑みを浮かべた。
「我らは、ほぼ無傷だ!」
その余裕ある声に対し、副官が一歩前に出て諫言する。
「提督、それこそ敵の罠かと。何らかの策をもって、我々をこの海域に誘い込んでいる可能性があります」
その折、見張りから新たな報告が上がった。
「側面の島より敵帆船が接近。後方へ回り込みつつあります!」
これを聞いたヒルドは、全く動じなかった。
「挟撃とは愚かな……圧倒的な敵に対しては愚策だ。しかも動いている艦隊に対し、前後から攻めるのは危険だ。敵は兵力を分散せざるを得ず、全体の火力が半減する。しかも、こちらが想定しなかったとでも思っているのか」ヒルドは、落ち着いた口調で命じる。
「まずは前方の敵にだけ集中しろ。全艦、前進、集中砲火! 」
号令の下、ヒルド艦隊は背後に回り込んだ敵船には目もくれず、一丸となって前方のラスタリア艦に突撃し、瞬く間に敵は敗走し、射程外へと追い払った。
反撃がないのを確認すると、ヒルドは続けて厳命する。
「反転! 全艦背後の敵に転じ、これを討つ!」
背後の敵の船の数は味方の半数以下、兵力においても、戦術においても、優位は明白だった。ヒルドは勝利を確信し。
「終わりだ」
勝ち誇った笑みとともに、ヒルドは後方のエクセル艦隊を睨みつけた。
だがそのとき、異様な光景が目に入る。
「奴ら、砲撃を行わず、ただ突進してくる……自暴自棄の突撃か」
さらに、その動きには不穏な違和感があった。
「なぜ、真正面から来る? 艦首と艦尾の火力は弱いはず……しかも、背後にはエクセル王子の旗艦『ブルー・ホライズ』もいる」
帆船は構造上、側面の砲列によって火力を発揮する。正面から突撃しても大きな打撃は与えられない。にもかかわらず、ラスタリアの軍船は強引に真正面から突進してくるのだ。
「まさか……特攻か!? 兵力は我らの半数以下、捨て身の自爆で艦を潰しても、数の上で大敗するのは明らかだ」
だが、その突進に対し、ヒルド艦隊の側砲も十分に発揮できず、有効な砲撃が通らない。
「これは……艦隊戦を捨てた戦術。いや、まさか――!」
ヒルドはようやく敵の真意に気づき、血の気を引かせながら叫ぶ。
「全艦、回頭! 衝突を避けろ! 」
だが、その叫びは間に合わなかった。エクセルの艦隊は高速で接近し、次々とヒルド艦に接舷。もはや衝突というより、あえて“ぶつけてきた”のだ。
そして――次の瞬間。
ラスタリア兵の大部隊が、船倉から一斉に躍り出た。
通常に乗艦する人数を遥かに超えた兵隊が、艦を揺らしながら、ヒルド艦の甲板へとなだれ込む。
エクセルは砲撃戦を捨て、白兵戦での勝負を挑んできたのだ。
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