第6話『僕はお前を忘れない』
-前回のあらすじ-
英雄ハルバードと裏切り者ランデイズ。策士ジャンクヤードの頭脳で、戦況の流れはハルバードに向いていた。そして最終決戦の幕が上がる。…だが、その戦いが後に語られることは無い。
それから時は流れ、北方の自然の城塞都市、剣王の統べる国『フロントス』その国の十二剣王の一人、ハニービーは例のピザ屋で、昔語りを聞いていた。…そう『彼女』から。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「で、で、で!?その後どうなったんです!?」
十二剣王の少女、ハニービーは彼女に問いかける。彼女は19歳という若さながら、十二剣王に選出された女の子。
あどけなさはあるが、剣の腕は折り紙付き。その素早さと脚力は十二剣王随一だ。
短めのポニーテールが印象的で、その明るさから騎士団内のムードメーカーを務める。どこでも声が大きいのは元気の証。
ハニービーはピザ屋、ニッキーハウスで好物のフォルマッジを頬張りながら、彼女の昔語りを熱心に聞いていた。その彼女の名は…ユカである。
「結果はもうわかっていうでしょう?この国の王…ハル様がご存命ということは、勝ったのはハル様です」
ユカはあの後大魔術学院で学び、その才能を存分に伸ばした。あれから数々の戦い、事件があったが、それを彼女は乗り越え、今やフロントス王国の『最高戦力』となっていた。
…ハルバードは故郷のバンカスター王国の王位にはつかなかった。そして新たに北の大地を切り開き、平和の国を現実のものにした。このような国は至極、稀である。
「お待たせ。ユカスペシャル、一枚」
「ありがとうございます。テッペイさん」
話も一段落し、ユカとハニービーのテーブルに焼きたてのピザが運ばれてきた。その色は深い深い赤色。これは人が食べていいものではない。見れば誰でもわかる。
「んー、やっぱり美味しいです。こればかりはテッペイさんしか
作れませんからね。流石です」
ピザ…と呼ぶには甚だ疑問な物体だが、ユカは平然と食していた。彼女は昔から味覚が異常だった。自覚は無いが。
「誉め言葉になっとらん。俺はこれをピザとは認めとらん」
「またまた」
ユカはピザ職人でも世界指折りのテッペイ親分に、最大の賛辞を贈る。そこでハニービーの好奇心が搔き立てられた。
「前々から気になってたんですけど…一枚いいですか?」
「いや…おすすめはできませんが…あ」
ユカの忠告が終わる前にハニービーは、一枚を手に取り口に運んでいた。それを後悔する意識は…無い。
「…んん…はっ!!私、一体…」
「あ、目が覚めましたね?ハニービー」
「すげぇ顔して、気ぃ失ってたぞ」
辛いでもなし。甘いでもなし。苦いでもなし。臭いでもなし。旨いでもなし。不味いでもなし。そして、無味でもなし。
これぞ、真理の味。命の味。ユカはそれが好きだった。
「あの、水…貰っていいですか?」
「ああ」
コップ一杯の水を一気に飲み干すハニービー。命のありがたみを十二分に感じ取った。可愛い顔してこの人は…やはり化け物だ。格が違う。本当に同じ生物か?
「今日は…この話をするいい日ですね」
「はい?」
ユカは高い青空を見上げ、あの日を思い出していた。
あの日の空は雲が厚く、雪がちらついていた。そこに笑顔は無く、もはや戦意も無く。皆、彼の最期を看取っていた。
今日はランデイズの命日である。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
ハルバードは建国以来、剣からペンに持ち替え、毎日毎日書類と格闘していた。実際、王の仕事とはこういうものだ。
ジャンクヤードに指導を乞い、頭から煙が出るほど政治を学び、今年で17年になる。…随分、老けた。
「水道局に西の水門を点検させてくれ。先の大雨でかなりの負担になったはずだ。それと、崖崩れの調査も怠らないでくれ」
「はっ!!ハルバード様!!」
『あの日』からハルバードは欠かさないことがある。
「君、今日は何月何日だ?」
「は…11月23日です」
それは毎日、日付を確認すること。
「そうか…今日か…今年は晴れてるな…」
「ハルバード様?」
「済まない。しばし席を空ける」
国の北側には大きな楠の樹がある。この樹の大きな根のおかげで、北の山岳の土砂崩れを防いでいる。そして、ここには寂れた霊園がある。墓石はまばらで、誰からも忘れられていた。
そこに部下も連れず、ハルバードが訪れた。今は鎧も剣も身につけていない。似合わない髭を蓄え、手には安物のリキュールを携え、とある無縁仏の前で立ち止まる。
「よう。今年もやって来たな。書類の山岳は少しは縮んだか?」
「今日は仕事の話はやめてくれ…ジャンク…気が遠のく」
声の主は国の首相になったジャンクヤード。彼がいるおかげでこの国は上手く廻っている。感謝してもしつくせない。
「そのリキュール、やっぱり安物だろ?」
「だが、これ以外の酒を選ぶ選択肢はない…だろ?」
「そりゃそうだ。最近、酒蔵の経営が厳しいらしいな」
この酒。バンカスター王国の下級の酒蔵のどこでも手に入るもの。この酒が良い…いや、この酒じゃなきゃ駄目なんだ。
「あれから17年…か」
「長いようで…早かったな」
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「…俺は…死ぬの…か…?」
「ああ、そうだな」
「俺の人生…何だったんだ…」
17年前の雪の日。ランデイズの最期だ。彼の人生は呪われていた。自ずとも、傍からも。それに疑いはないだろう。
正直者は馬鹿を見る。彼こそ救われるべきだった。だがもう終わりだ。霞む目で自分を斬った男を見る。結局、自分は何だったのか。いなくてもいい存在?いない方が良かった存在?
「見えるか、ランディ」
「…は?」
「此処に居る皆でお前を看取る」
「!!」
ハルバードはランデイズと同類だ。では彼と何が違ったのか。なぜ自分は慕われ、彼は虐げられたのか。それは分からない。
「これは…ここにいる皆が…旅立つお前への贈り物だ」
「!!」
「皆…お前のことを悪く思ったことは無いよ」
この仲間たちが…この絆が、皆からの彼への答えだ。分かる人間には分かる。ランデイズの魂の清らかさが。だから惹かれた。
「そうか…俺は…もう…答え…を…得てい…たのか…」
憧れて…いたんだ。おれは…お前に…なりたかった…。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「っとと…ありがとうジャンク」
酒を注ぎ合う二人…いや三人。この無縁仏には、かの英雄の片腕が眠っている。彼の命日に三人で『あの酒』を酌み交わすのが、毎年の恒例行事となっている。
別れの盃。ハルバードがバンカスター王国を出た日に、酌み交わした酒だ。彼らはあの日の酒の味は忘れていない。いや、忘れられない。ハルバードは墓前の器に酒を注ぐ。
「別れの盃を18回目か…何度別れれば、いいのやら…」
「別れの盃じゃないさ、ジャンク。これは…」
「出会いの盃だ」
そして、二人は安物をぐいっと一気に飲み干した。その味は苦く、美味いと呼ぶには酷なもの。だが、これでいい。これがあるから、生きていると実感できる。
「また…来年来るよ。ランディ」
ハルバードは書類の束と格闘するため城に戻る。フロントス王国はハルバードが生きている間、一度も争いを起こすことは無かった。そして彼は死後、『英雄王』と呼ばれるようになる。
『短編』英雄王の逃避行 はた @HAtA99
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