辿り着いた場所
女の子らしいと表現するべきかいくら穴があったら入りたい心境だったとはいえ無闇矢鱈茂みに飛び込む事には抵抗があったのか薫ちゃんは太陽の下で立ち止まっていた。おかげで遅れて後を追った僕ではあったがすぐに薫ちゃんの背中に追いつく。薫ちゃんを捕まえる事に成功したはいいが第一声はどうしたものかと思考を巡らせ額に汗が垂れ始める。何が正解かそもそも正解などあるのかも分からないが自分なりの言葉で行く道を開拓するしかない。空気を読んでなのか今日も今日とて喧しく鳴いていたはずの蝉の声は急に遠くなり沈黙が重くのしかかる。この場は何も見ていないと否定し謝っておくのが安牌か。それとも見られなくて残念だったと茶化す事が吉かなど他にも散々迷った末に口から出たのは弁明と謝罪という無難な言葉だった。
「いいですよ、もう。間接キスや下着を見られたくらいであたふたしちゃう私が子供すぎるんです。これからは堂々と躊躇いなく口付ける様も下着も見せつけて逆に羞恥を芽生させるカウンターパンチを食らわせられるくらいにならなきゃいけないんですよ。今日はその授業料ということに……なんてやっぱりできる訳なーい‼︎」
思考が危険な方向に転化しており自暴自棄にならないでと慰めようとしたのだが、最後の最後で全てをひっくり返すノリツッコミが炸裂した。情緒が完全に壊れてしまっていると心配だったが振り返ってくれた薫ちゃんの表情からは赤みが引き笑みこそ戻っていないが吹っ切れたという様子で胸を撫で下ろす。過激な発言は恥じらいを吹き飛ばすための自分なりの冗談だろうと話半分で受け止めておいた。
「それじゃあ僕が先に茂みに入るから薫ちゃんはついて来て」
これにて一件落着ということにし薫ちゃんの前に出ると目的地へと案内するために僕は茂みへと足を踏み出す。正確な場所こそ把握していなかったが大体この辺りだったと目星をつけ歩いているとすぐに目的の場所へと到着した。
「これはまた派手にやってくれちゃってますね。私の埋め方に問題があったとはいえ許せないです」
「今度はもっと深くでゆっくりと眠りにつかせてあげよう。穴を掘るのは僕に任せて」
足場は悪く掘り返された形跡が目立つ地面を眺めながら薫ちゃんは忌み嫌うように怒気を滲ませた声音で吐き捨てた。僕たちが立っているのは東山葵を尾行したあの日に身を隠すために入り込んだ茂みの奥地であり、白骨化した遺体を目撃した現場だった。本日の
お墓ではなく雑木林に眠る東山葵の埋め直しの手伝いを頼まれたときに別の場所に移そうかという話になった。しかし具体的な場所に思い当たる節がなく、素人が勝手にお墓を掘り起こすなど罰当たりにも程があると同じ場所に埋めようと決断した。
こんな日光も当たらない殺伐とした場所でごめんと申し訳なさを抱きつつ穴を掘った。残っているのは骨だけであり動物が匂いを嗅ぎつけ三度掘り起こされる心配はなかったかもしれない。それでも念には念をと可能な限り深く深く安らかなる場所を目指した。
「薫ちゃん、お願いしてたもの用意してきてくれた。掘り終わって僕は少し休憩するから先に入れちゃっていいよ」
一仕事終えると額からは汗が垂れ落ち手で拭いながら辺りをならしてくれていた薫ちゃんに声をかけた。骨だけでは物寂しいのではと僕から一緒に遺品も埋めてあげようと提案し薫ちゃんにはあらかじめ家から思い出の品を探してきてもらったのだ。スコップを土に差し込むと今更汚れることなど気にせず穴から少し離れて腰を下ろす。入れ替わるように大きく口を開けた大地の前で薫ちゃんはしゃがみ込むとポシェットから探し出してきた物を取り出した。そっと穴の中に遺品を置き手を合わせる薫ちゃん。長い黙祷を捧げる薫ちゃんの横顔が悲しみに染まっていたなんて事はなかった。ふとした時に思い出し後悔や葛藤はこの先も付き纏うかもしれないが今はただお姉ちゃんの安寧を祈り語り合っているようだ。
「次は滝野瀬さんがどうぞ」
ゆっくり立ち上がると薫ちゃんはこちらに歩みを進め僕は入れ替わりつい先ほどまで眺めていた光景を真似るように穴の前でしゃがみ込む。東山葵との思い出は数知れず今も頭の中に保管されているが物となると話は別で探し出すのに苦労した。片付けのことを考えず部屋を散らかし言い出しっぺの僕が選んだものはつい最近まで身に着けていたミサンガだ。ポケットにずっと入れていた二本のミサンガを取り出し穴の中に置かれた骨に結びつける。一本は僕がプレゼントされたものでありもう一本は今日この場所に来て穴を掘っているときに偶然出てきた東山葵が身に着けていたミサンガだ。願うことがあるとすれば来世では好きな人と一生を添い遂げてほしいそれだけだった。あわよくばまた僕と葵がどこかで巡り会えたらなんて狡い願いのおまけ付き。最後は薫ちゃんを倣うように手を合わせるとこれまでの感謝を呟き長い長い黙祷を捧げた。
「これで今日の目的は達成しましたね。何から何まで付き合っていただき本当にありがとうございました」
二人で一緒に土を被せて穴を埋めると薫ちゃんはもう何度目か分からないが頭を下げ感謝の言葉を口にした。秘密を知るものとして当然のことをして立ち会わせてもらった身でありそう畏まられるとむず痒いものがあると頬をかく。
「それでは行きましょうか。今は冷たい物が食べたい気分ですね、滝野瀬さんはどうですか。これまでの感謝を込めて今日は私が奢りますよ」
ありがたい申し出ではあったが後輩から奢られるというのは気が引けるというもの。もしかしたら以前言った罰ゲームを間に受けてしまっているのかもしれない。気を遣ってくれているのに遠慮してさらに気を遣わせるのも心苦しく最初で最後だと思えばそれも悪くはないかと思う事にした。お言葉に甘えてご馳走になるのはいいが僕には今日この場所に来た目的がもう一つだけあった。
「その前にもう少しだけこの場所で僕に付き合ってくれないかな」
一刻も早く涼みたいだろう薫ちゃんには悪いが時間をもらい町へと戻ることを待ってもらう。茂みを抜け僕が目指す場所は立ち入り禁止である展望台の天辺。階段を上り切ると妨げるものは何もなく爽やかな風が耳元を吹き抜けた。薫ちゃんは柵ギリギリまで駆け寄って風を浴び、何度見てもいい眺めだとはしゃいでいる。どうして展望台に立ち寄ったのか意図を理解できていない薫ちゃんと違い僕は平静さを失いつつあった。全ての音が遠ざかり心臓の音だけが太鼓を叩いているかのように鳴り響いている。
「今日も眺めが最高で風も気持ちいいですよ滝野瀬さん。どうしたんですか、そんなところで突っ立ったりして。早くこっちに来て一緒に風に当たりましょうよ」
背後を振り返った薫ちゃんはきょとんとした目で僕を見つめ手招きしていた。展望台に上ろうと誘ったのは僕であり彼女の反応は正しいいのだが、心の準備をするため立ち止まり鼓動を落ちるかせる必要があったのだ。高まっていた薫ちゃんの気分が少し落ち着いた今が好機だと一歩を踏み出し、隣ではなく目の前で立ち止まる。
「聞いてほしいことがあるんだ薫ちゃん。僕は君のことが好きだ。東山葵ではなく東山薫に惚れてしまった。ずっと東山葵のことを追いかけていたはずだった。でもこの場所で君が全てを話してくれた日から全てが動き出し東山薫に初めて触れた。花火大会の日に見せてくれた表情はとても綺麗で儚く今も目に焼き付いている。あの日だけじゃない一緒に過ごした時間全てが忘れられない。これから先何があっても薫ちゃんを守る。だからずっと僕のそばで笑っていてほしい」
失恋を引きずったまま春休みから夏まで僕は生きていた。しかし東山葵がこの世界にいないことを知った日から葵ではなく薫として存在が変化した。どんな時も明るく僕を気にかけ笑みを向けられるたび惹かれていった。何より強く思ったことは僕が東山薫を幸せにしてあげたい。ただそれだけだであり、もう二度と薫ちゃんから笑顔を消し去りたくなかった。東山葵がいなくなったから妹である薫ちゃんに姉の姿を被せているなんて思われたくないし言わせない。僕は心の底から東山薫が好きであり支えてあげたいのだ。
「こんな私で良ければ喜んで。うう、感激のあまり目から涙が……すみません」
目元は潤んでいたがそれでも満面の笑みの花が咲き誇る薫ちゃんからの即答にも近い返事は最高の結末であり天にも昇る心地だった。薫ちゃんは目から大粒の涙をこぼし、何度も頬を伝う滴を払いながら嬉し涙を流し続ける。僕はゆっくりと薫ちゃんに密着すると腕を背に回し震えている体をそっと引き寄せ包み込んだ。この先何があっても東山薫だけは命に代えても守り抜き、幸福感で満たすことを天高くから見届けてくれていた太陽そして葵に誓った。
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