謝罪と失言

「実はずっと謝りたかったことがあったんだ。中学校のときのこと思い出したくないかもしれないけど僕にとっては全てのきっかけだったと思っているから」


 中学生の付き合っていた当時の雰囲気に近付きつつあったにも関わらず場所もタイミングも今ではなくもっと別の話題があったことだろう。だがこの先も関係が続くのであれば心の蟠りだけは取り払わなければいけない。もう何度目かも分からない自分に言い聞かせるかのような一種の呪いまじなになりつつあるが、東山さんには噂がありそして今日が最終日で明日がない可能性の方が高い。だからこそ言いたいことは全て今日の内に心残りなく本人を前に直接伝えなくてはならない筈なのだ。

 付き合っていた頃の思い出には楽しく甘い情景だけではなく、失敗や後悔の日々も混じっているものだ。そうでなければ別れを告げらることもなく僕たちは春休み以降も恋人関係でいられたのだろう。自分の至らなさに気がついたときにはすでに東山さんは手の届くところからはいなくなっており機会がなくずっと謝りたかったことがある。それは東山さんが別れを切り出すきっかけになったかもしれないから。

 急な話題転換に心当たりがないのか丸くした目で数度瞬きを繰り返してから首を傾げる東山さんだが今この時だけは何も言わず最後まで聞いてほしいと自分勝手ながら押し通させてもらう。僕が東山葵と付き合い始めたのは中学三年生の二学期からであり、春休みが始まって数日の間まで付き合いは続いた。三年生のクラス替えで初めて東山さんと同じクラスになり同じ班であったことをきっかけに徐々に会話する機会が増え親交を深めていき見事に思いが成就。気が合うところが多かった僕たちに時間はそれほど必要なく初々しい交際が始まった。

 僕の人生において東山葵こそが初めてできた恋人であり彼女の名前は今後一生忘れることはないだろうと切に思うほどに歴史的瞬間が人生史に刻まれている。高校生になった現在の東山さんとは違い当時は性格も控えめで物静かな感じだったので学校では適度な距離で交際関係を悟られないようにしていた。校内では周りの目を気にして手を繋いだりお弁当を一緒に食べたりなどと青春らしいことは出来なかったが一緒に登下校できるだけで幸せで満たされていた。初めての恋は順風満帆のように思えたが交際関係に陰りが見え始めたのが三学期になり中学校生活も残りわずかとなった雪が降り頻る時期のことだった。

 僕に変化が訪れたわけではなく主に東山さんの日常に変化が起き始めたのだ。身の回りの物が紛失したり、あからさまに無視されたり、男子生徒に揶揄われたりと急に周りの様子や環境に異変が生じ始めた。

 彼氏でありながら情けない話ではあるが僕が異変に気がついたのが三学期に入ってからというだけで、厳密にいつからというのは分かっていない。僕のことを気遣ってかそれとも手遅れだったからか東山さんは話を聞こうとしても大丈夫だからと口を割ってはくれなかった。中学三年生の冬は受験勉強に追われる立場であり自分のことで精一杯だったというのが正直なところであり簡単に東山さんの嘘を鵜呑みにした。安易な行いが別れ話を切り出される原因になってしまったのだと思っておりずっと後悔していたことなのだ。だから別れを告げられてから心の奥底で溜まり続けていた感情を今になって懺悔するかのように吐き出した。


「私も心配かけないように一人で抱え込んじゃってたからお互い様だよ」


 最後まで何も口を挟まず聞いてくれた東山さんはしばしの静寂が訪れたのちにやはりというべきか微笑を浮かべフォローするように自分にも落ち度はあったと返してくれた。当時の東山さんの心境を察すれば責められることはあってもあっさり受け止められることは想定しておらず戸惑いが残る。罵倒されることを望んでいたわけではなかったが、どんな非難轟々も受け止める覚悟は決めていた。だというのに高校生になってもずっと拭えなかった僕に対して簡単に受け入れられる東山さんは過去を割り切っているということだろうか。それともこうしてまた復縁できたのだから全て水に流そうということなのか。何にしても僕のように女々しくはないらしいということだけははっきりしていた。


「もう二度と辛い思いはしたくないしさせたくないからこれからは何があっても必ず力になるって誓うよ。薫ちゃんのことも僕にできることがあれば何でも手伝うから東山さんも何かあったら気軽に相談して欲しい」


 噂のことも忘れ明日以降の僕たちがどんな関係になっているかもわからぬまま誓いの言葉を口ずさんだ。自分に酔いしれるような格好つけた言葉を口にするだけでよかったものを触れていいのか定かではない東山さんの妹である薫ちゃんの名前まで出してしまうとは愚かにもほどがあった。

 東山薫は僕と東山さんの関係が切れた春休みに行方不明となっており今も現在進行形で発見できていない捜索対象者である。初めて失踪のニュースがテレビ越しに舞い込んできたときはあまりにも身近な人物だったこともあり信じられなかった。直接会ったことこそなかったが何度か妹の話は姉である東山葵から聞いたことがある。本当なら心穏やかではなかっただろう東山さんのそばに僕がいて春休みに一緒に捜索を手伝いたかったが関係は途切れてしまっていた。あの時出来なかったことを今こそと今日に至るまで警察でも見つけられていない妹の捜索に関して僕なんかが力になれることなどあるはずもないのに気休めにもならないことを口走ってしまったのだ。また妹の失踪が東山葵の高校生になってからの人格の変化に影響を与えているというのが哲希との総意であった。誰彼構わずお付き合いを繰り返す行為は寂しさを紛らわすためか、明るく振舞う姿も一種の現実逃避のように側から見ていて感じられた。東山さんが可能な限り目を逸らしてきたであろうことについて藪をつついて蛇を出すように口にしてしまい彼女の顔を直視することができず逃げ出したい。

 

「その気持ちだけ貰っとくね、ありがとう滝野瀬君。私はねこの町であってもなくてもどこにいても今も薫が元気に生きてくれているって信じてる。だからいつ帰って来てもいいように私はずっと待っているって決めたの。たとえ何年経っても、私以外の誰も覚えていなくなっても。もちろん諦めたから全く探さないっていうわけじゃないけどね」


 僕たちが日常を送る町並みを眺めながら東山さんは静かに胸の内を明かしてくれた。返す言葉など持ち合わせているはずもなく東山さんの言葉は僕を突き放すように拒絶されているようにさえ感じた。自分で作り出しておきながら重たい雰囲気に押し潰されそうで、いっそのこと柵を乗り越え飛び出してしまいたい。


「滝野瀬君は優しいね。誰も薫のこと口にしてくれないからみんな忘れちゃったんじゃないかって少しだけ不安だったんだ。いろいろと気にかけてくれて本当にありがとう」

 

 東山さんに称されるほどに僕は優しくなどなく自分のことしか考えていない評価とは真逆の人間である。誰も口にしてくれないという言葉からは、みんな気を遣ってくれているのに滝野瀬君は配慮してくれないんだねと突きつけられているように今の心理状況では感じてしまっていた。嫌な顔一つ見せない東山さんから優しい言葉をかけてもらう資格などあるはずもなく受け止めきる度量も器も僕は何一つとして持ち合わせてなどいない。自責の念がナイフを突き立て心の中で今のお前に東山葵の隣に立つ資格はないと強く訴えてくる。噂通りに今日で交際関係が終わるのであればこのまま帰ってしまえ。逃げ出しても誰も何も言ってきたりしないし家に帰ってから一通謝りの連絡を入れればいい。まだまだ夏休みは長いのだから今日のことなど時間が忘れさせて解決してくれる。ここらが潮時のようだと納得し最初から最後まで嫌というほど僕という人間はどうしようもないやつなのだと自覚させられた。


「そろそろ日が沈みそうだし帰ろうか」


 話をぶった切っての敗走もいいところの帰宅宣言にはなってしまうがそもそも僕がこの場にいていい資格などとうになく一分一秒でも早く退場が望まれている。せめてもの償いに最後の見送りだけは責任を持ってやらせてもらおう。もう二度とみることはないであろう有ヶ丘からの景色に背を向け一人歩き出す。


「ちょっと待って滝野瀬君。よかったら、本当によかったらでいいんだけどさ今週末の夏祭り一緒に行かない」


 名残惜しさを胸に数歩進んだところで背後から幻聴かと耳を疑いたくなるような声がかけられ立ち止まる。東山さんの言葉は鎖となって足を縛り付け身動きが取れなくなってしまったかのように固まり一言一言聞こえてきた言葉を脳内で解析した。真っ白になりほとんど機能していないといっていい頭の中で初めに引っ掛かったのは今週末という単語だった。今夜ではなく今週末と東山さんは確かに口にしたのだ。つまりそれは噂の期限である三日目以降の話となり、誰もたどり着いたことのない未開拓の地に足を踏み入れることになる。そもそもどうして愚行晒したばかりの僕が夏祭りに行くか行かないかの二択を迫られているのか、そして東山さんがなぜ僕を誘うのか疑問で仕方がない。

 少しだけ時間が巻き戻せて幸せなムードが漂っているときに誘われていたら悩むことなく二つ返事で頷いていただろうが、今は疑心が渦巻き現状から逃げ出したかった僕は断りたい側の人間だった。誘いはもちろん嬉しいものだし東山さん本人が口にしたのだから幻聴でも夢でもないという保障付きだというのにだ。それでも僕は断らなければいけない。公園で引っ張り出してもらった一度ならず二度までも流れに身を任せるようになあなあな関係を続けることはこれ以上したくなかったし東山さんに対しても失礼なことだ。はっきりと自分の口で断ろうそう決意し振り返ると眩しい夕日の光が目を刺し言葉を発するのに一拍遅れが生じた。


「急な誘いだったからすでに予定が入ってるよね。もしそうならそっちを優先してあげて、私のことは気にしないで。去年二人で行った花火大会を思い出しちゃったからつい口にしてしまっただけだから今のは忘れて、ごめん」


 天然の閃光玉による遅延のせいで僕が断りを口にする前に東山さんに気を遣わせる言葉を言わせてしまう隙を与えてしまった。だがそのおかげでというのは癪ではあるが東山さんがなぜ急に誘ったのかという疑問については答えが出た。二人に含まれているのは僕ではなく妹の薫ちゃんであり去年の夏祭りの思い出を僕が薫ちゃんの名前を出してしまったがために呼び起こしてしまったのだ。自分が要因であると知り東山さんを感傷的にしてしまったとなると断るつもりだったはずなのに心は揺れに揺れていた。

 当たり前にすぐそばにいた人物がいきなりいなくなってしまったからこそ過去の思い出は光り輝くことを僕は知っている。春休みの時がそうだったから。東山さんに振られた日からというもの思い出に酔いしれ過去の記憶だけが心の穴を紛らわせてくれ

ていた。目を背け現実逃避していた当時は幸せだったかもしれないが時間が経てばいずれは現実と直面しなければならず幸せだった頃の思い出の欠片が今度は思い出すたびトゲとなって痛みをもたらす。こらから家に帰って一人になって感じるであろう東山さんの痛みを払う責任が僕にはあった。仮に行かない選択をしたとしても東山さんは寂しさを埋めるため他の男子と夏祭りに行くかもしれない。自分のやるべきことを他に男子生徒に押し付けているようであり、なにより東山さんのそんな姿を見たくないと本能が拒絶を示していた。


「薫ちゃんの代わりにはなれないけど僕なりに東山さんを楽しませるから。来年は行こうねって去年の夏に話したもう叶えられないと諦めていた約束を果たしに行こう一緒に」


 今更ながらにカッコつけても好感度の回復には繋がらないかもしれないけど、過去の約束を持ち出し断りづらいだろうという思惑も含めて改めてこちらから誘いを申し出る。東山さんと一緒にいていいのか離れた方がいいのか未だ確かな答えは出ておらず、現状は問題から目を逸らし先延ばしにしているに過ぎなかった。それでもあと少しだけ東山さんと一緒にいられる時間がもらえるのであれば答えを先延ばしにし後悔のない選択をしたい。今更何も隠すようなことはなく僕はずっと東山さんと別れてから未練を引きずってきたし、今もなお迷いはあっても東山葵のことが好きだという気持ちに変わりない。これ以上思い迷うことも何かあるたび疑念を抱くことも全てなしにして今の東山葵を受け入れよう。


「私が口にした約束を無碍にしちゃうわけにはいかないよね。今の言葉に二言はないよね、私楽しみにしてるから」


 この日一番の破顔した東山さんの表情は新たな思い出の一ページを刻むには相応しく鮮明に脳裏に焼きついた。

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