不吉と一報
大事な日に限ってどうして今日なんだと嘆きたくなる場面が訪れることは経験談として聞いたことがあるが、花火大会当日の目覚めは最悪だった。少し大げさに誇張しすぎてしまったかもしれないが単純に盛大に寝坊をかましたのだ。昨日の労働による疲労から泥のように眠ってしまい起きた時には朝を通り越しお昼をも通り越し夕方に差し掛かろうとしていた。視界がぼやける目を数回擦り壁に掛けられた時計の針を確認すると三時を示していた。初めはてっきりまだ深夜なのかと思い呑気に二度寝といきたかったが、カーテンの隙間から差し込む光が再び眠ることを許してはくれなかった。慌てて布団を体から引き剥がしカーテンを開け自然光で部屋を明るくすると一目散に携帯電話を探す。待ち合わせ時間は午後六時に会場入り口付近となっているので遅刻は免れそうだが、東山さんから新たな連絡が入っていないか気が気ではなかった。
無造作に床に置かれた鞄の横に転がる携帯を見つけると疲労困憊だったとはいえ翌日は花火大会当日なのだからアラームくらいは設定して寝てくれと昨日の自分に悪態をつきつつ拾い上げる。普段なら画面を指で触ると待ち受け画面が表示されるはずなのだが画面は暗いままで、何度かタッチを繰り返してみたが反応がない。仕方なく電源ボタンを押してみたことでようやく画面に変化があった。映し出されたのは見慣れた待ち受け写真ではなく、充電が底を尽きたことを知らせる空っぽの燃料タンクのピクトグラムだった。寝過ごしただけでも幸先が悪いというのに携帯の充電まで切れているとは先行きが危ぶまれているようで気分はさらに急降下の一途を辿っている。
今すぐに携帯を確認することは諦めるしかなく東山さんから何も連絡が来ていないことを願いながら充電器を差し込む。寝起きだからと夏休みに入ってからの自堕落な朝のようにだらだらとする時間もなく速やかに身支度に取り掛かる。昨日に東山さんから送られてきた呉服店での写真を見て僕も浴衣をレンタルしようかなどと考えていたが時間は全て惰眠に使われてしまったため、何の代わり映えもない普段着に袖を通すしかなかった。本当に東山さんとの交際を続かせたいと思っているのかと自分で自分に喝を入れてやりたい。
今日が本番だというのに起きてからため息ばかりが衝いて出る。やらかしてしまったことはしょうがないと切り替えるため明るい話題を探して思い浮かんだのは東山さんの着物姿だった。幸先の悪さに不安を覚え伝わっていたせいかシャツのボタンを留める手はおぼつかなかったが今度は妄想が膨らみ手が止まりそうだ。頭の中で着物姿の東山さんの姿を次から次へと着せ替え人形のように着せ替えていると、どんな着物を身に纏い東山さんが待ち合わせ場所に現れるのかが待ち遠しくなり気分が高まる。
身嗜みを整え終わり軽く空腹感を満たすと家を出るにはちょうどいい頃合いの時間に差し掛かっていた。これまでに経験したことのない重みを誇る潤った財布をこれだけは忘れたら洒落にならないと何度も入れたことを確認し鞄にしまうと充電がどこまで回復しているか不安で仕方がない携帯に手を伸ばした。電源ボタンを長押しして携帯が起動するのを焦燥感に苛まれながら待つこと数秒、真っ暗だった画面に電気信号が送られ明るくなると安堵するのも束の間で直ぐ様引き寄せられるように視点が画面右上へと移動する。目を走らせた充電残量が表示されている場所には充電残量が一目で分かる燃料タンクが三分の一ほど満たされ三十という数字が表示されていた。
心許ない数字ではあるが充電時間を鑑みれば上出来であると感謝しつつ昨夜から放置状態にある連絡アプリに指を滑らせると受信ありの通知マークが目に付いた。東山さんからだったらどうしようと恐れていたことが現実化していないことを祈りつつ確認すると連絡をくれていたのは中学時代の同級生だった。返信をするまでにかなりの時間待たせてしまい申し訳なさしかないが、今回ばかりは相手が東山さんでなかったことの安堵感が勝ってしまった。積もる話もあるが待ち合わせ時刻は刻々と迫り充電の残量からしても出来る限り会場に着くまでは使用時間を少なくしたいと罪を重ねるようで心苦しいが返信は明日以降に持ち越させてもらうことにした。
待ち合わせ場所で東山さんと無事合流さえすることができれば後は携帯の充電が尽きようが問題はないと踏んでいる。だからそれまでの間だけは持ち堪えてくれと目覚めてからの不吉さは全て家に置き去るように玄関を飛び出した。緊張や憂いは一切なく僕にとっても東山さんにとってもこの夏を振り返ったときに最高だったと思えるような一日にしようと意気込み力強く大地を踏み締め待ち合わせ場所へと向かった。
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