第38話 獣の力

 食いしばる歯が縦に割れようと、ラスターはオーゾに食い下がっていた。

「ほら、右! 右! と見せかけて左!」

 オーゾの力加減は絶妙だった。ラスターがなんとか受け止められるギリギリの力で災禍の剣を振っていた。

「ほらほら、ディザスターばかり見てると、足元がお留守になるぞ?」

 ラスターは足元をすくわれ倒される。頭上からはオーゾの剣がラスターの頭部めがけ落ちてくる。

 紙一重でかわしたが、次はわからない。

「ほう、よく避けたな」

 ラスターは燃える肺に多量の空気を送り込み続けながら、なんとか立ち上がる。

「つ、次は……無い……かも、な……オマエの……命……が!」

「ほう」

 オーゾは嬉しそうに笑う。いい暇つぶしになって、すこしだけ楽しかったのだ。

「ではもう一段階上げてみるか?」

 オーゾの輝く体は、嬉々としている。そんな風に見えた。一方でラスターは仮面の下でニヒルに笑い、次の瞬間気合いと共にオーゾに向け駆けた。

 ラスターは剣を上段から振る。オーゾは魔剣を下段から振った。

 両者の剣は再び火花を散らした。


「……」

 瓦礫と灰に埋まってた兎塚美奈は、ようやく気づき上半身を起こす。寝起きまなこのまま、周囲を見回す。

 立ているのは二人、ラスターとオーゾのみ。そのラスターもすでにかろうじて立っているだけといった感じを受けた。

「よし、この兎塚美奈さんが一肌脱いで助けてやりますか」

 兎塚さんは変身し、漆黒の鎧を身に纏う。

「よし、行くよエキャモラ」

『……』

 心の中のエキャモラは黙考している。

「エキャモラ?」

『美奈……』

「どうした?」

『あのね……美奈』

 クネスは頭に「?」を浮かべる。

『このままだと三英傑揃っても負けるわ』

「相手がハンパなく強いもんね。でも、この兎塚さんはただじゃあやられないわ」

『でもね、美奈がエキャモラの力を使えば、ビーストの力を使えば、勝てるわ』

「じゃあその力を!」

『その力を使ったら、美奈は美奈でなくなるわ……それだけ巨大な力よ』

「……」

『エキャモラも、この力を使って何回か死にかけたわ。でも美奈にそんな思いを……』

 と、クネスは足を強く踏む。

「みくびらないで! 私を誰だと思っているの?」

『最強美少女兎塚美奈』

 クネスは仮面の下で得意げに笑う。

「そうよ、今の私は金輪際現れない、無敵で完璧なんだから」

 心のクロウサギは決意を固めた。

「それで、どうすれば……え? 呪文? そう、そう言えばいいのね?」

 クロウサギはまた少し考え、うなずく。

『ごめんなさい美奈あなたの命、もらっちゃうかも』

 クネスは仮面の下でニヒルに笑う。

「さ、行くわよ」

「『ザ・ビースト』」

 そして仮面戦士クネスは、姿を変えた。

 クネスの鎧は、あくまで西洋風の甲冑といった感じの鎧だった。だが、今の姿はどちらかといえば、宇宙的な素材。そう、パワードスーツといった方が適切かもしれない。見た目は、だ。

 クロウサギ型の宇宙生物。ソレが一番しっくりくる言い方だ。

 変身を完了させたクネスは巨大化した四肢を、特に前腕部をダラリとたらす。

 長い耳があるのでウサギとはわかるが、前腕や脚部にから生えている「爪」に当たる部分を見ると、それは獅子のようにも見えた。

 獣の力を解放したクネスは吠えた。それは、次元の壁を通り越して、向こうまで聞こえたかもしれない。

「なんだ!」

『希望! マズイ! エキャモラがケモノの力を使ったんだ! オーゾから離れて! 逃げて!』

 グラムの尋常じゃない様子、ここは言うこと聞き、全力で南雲センパイのいる方へと百メートルは後退した。

「この辺まで来れば……」

『希望! まだ近いかも、ラモッグを抱えてもう少し離れた方がいい!』

「またまた、ご冗談を……わかった」

 グラムは南雲センパイを抱え、もう五十メートルは後退した。


「ケモノか。それで? その程度でこのオーゾにかかってくるか? ウサギ風情が」

 すると、クネスは……いや、クネスだったケモノは、口を開いた。その様子は、嫌悪感を湧き立たせるようなものだった。

「エ……」

「?」

「エモノ……!」

 ケモノはオーゾに飛び掛かる。距離にして四十メートルを、ひとっ飛びだった。

「ほう」

 オーゾはケモノに向かって手の平を向ける。そして魔力障壁を十枚分発生させた。

 それはオーゾ自身も意外だった。こんなウサギごときへの第一手が防御だとは。だが、本能的な何かが告げていた。

 ケモノは壁にぶち当たる。だが、ケモノの左腕の爪はいとも簡単に壁を七枚まで貫いた。

「!」

 流石のオーゾもこれには驚き、防御に意識を集中する。コイツはこのまま通したらマズイかもしれない。

 オーゾは残る三枚の魔力障壁に魔力を込める。だが、

「ーーーーー!」

 ケモノは右腕の爪でオーゾごと壁をブチ破った。

 オーゾは剣を手にしていた腕を切り離された。剣を再び拾うには絶望的な距離。

 オーゾはすぐさま戦法を変える。可能な限りの本数のブラッドダガーを生み出した。

「コレでどうだ」

 その数は百五十四本。ブラッドダガーは驟雨のごとくケモノを襲う。

 だがそれも、「当たらなければどうと言うことはない」だった。

 ケモノはブラッドダガーの初弾が着弾する前にオーゾの目の前に到達する。

 ブラッドダガーは全て飛んでいった。オーゾを守るものはもうない。

「ひっ」

 オーゾはこの時、はっきりと恐怖を感じていた。もうこの命はないかもしれない。そう、考える前に、オーゾは喉輪を噛みちぎられた。

 オーゾだった欠片は、「もっと早くにクロウサギを始末しておけば」と、後悔した。

 その考えが終わる頃には、オーゾは既にその原型を留めていなかった。

 自分がむさぼり食われてる。そう認識したときに、既に命はなかった。


「なんだ……アレは」

『アレが、エキャモラの真の姿だよ……』

「エキャモラの……?」

 グラムは、兎塚さんの名前を呟いた。

『今、兎塚さんとエキャモラは、本能だけで動いている。理性とか、そういうのをぜんぶ含めて力に変えているからね』

「そんなので、元に戻れるの?」

 心の中で、グラムは首を横に振る。

『わからないんだ。元に戻る条件が』

「そんな……」

 ラスターは南雲センパイを静かに地面に横たえる。

『希望、どうする気だい?』

「決まっている。兎塚さんを元に戻す」

『このカエルめも、全力を尽くすと誓おう』

「『この剣にかけて!』」

 ラスターは駆けた。仲間を救うために。

『希望! 今のエキャモラは硬い! その剣でひっぱたいて正気に戻してやれ!』

 ラスターは剣を大きく振りかぶり、クネスに向かっていく。

 世界の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。

 勇者がただ一人挑むは、魔王を屠り去った仲間。力の差は火を見るより明らか。だが仲間のため、藤堂は疲れで震える手にカツを入れ剣を握った。

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