第30話 はたらくおとこ

 商品に傷をつけないよう細心の注意を図り、ホコリをはたきで落としていく。南雲センパイに送られた最初の仕事はそんな店の掃除だった。

「ほら、キリキリ働きな」

「わかったからそうせかすなって」

「このアタシに口答えするってのかい?」

「なんだってしてやるさ。アンタのためならな」

 姉ちゃんは「フン」なんて、なんとなく不機嫌そうに見えた。まあそれはいつものことだが。

「ただし、営業時間中だけだぜ?」

「ほら、そこホコリが! ああもう不器用だねえ自動車修理工が聞いて呆れるよ」

「自動車修理工は漢方屋の掃除はしないと思うんだがな」

「口のへらない従業員だね。コレで外の掃き掃除でもしてきな!」

 姉ちゃんはホウキを渡すと、南雲センパイを外へと追い出す。プリプリしながらカウンターの奥の席へと戻っていった。

 一方で南雲センパイは、高い空を見上げながら、店の前の掃除を始める。

 もうおやつの時間も過ぎたころ、通っていた高校では授業が終わった頃だろうか?

「センパーイ!」

 南雲センパイが声の方を見ると、そこには藤堂と兎塚さんがいた。

「ようお前ら。どうしたい?」

「南雲センパイが何しているか気になって」

 足元では、旧三英傑たちが手を取り合い、にこにこと小躍りらしきものをしていた。

「ブッハー! 可愛すぎる! 写真に撮れないのが残念すぎるわ」

 今の旧三英傑たちは、生命エネルギーが作り出すパワーあるヴィジョンといったところだ。他の人には見えなかったり、色々制約も多い。ではなぜモノを食べられるのか? それに関しては、「きみょうなこともあるもんだ」としか言えないのだが。

「いいさ、立ち話もなんだ。中に入ろうぜ。お茶は出せるかはわからんがな」

 そして、新旧三英傑は漢方屋の中へと入っていった。

「もう掃除は終わったのかい?」

「ま、概ねな」

「いいさ、じゃあ休憩入りな」

 外よりは若干涼しい店内の椅子に南雲センパイは腰掛け、いつもの大柄な感じで座る。藤堂も近くの椅子に腰掛け、兎塚さんは店内をエキャモラとともに物色していた。

「で? そっちの様子はどうなんだ?」

「相変わらずですよ。ピジョンは現れないけど怪人は出るっていうね」

「そうか、怪人が現れたか」

 南雲センパイは額を通った汗を拭う。

「何の怪人だ?」

「わかんないですけど、チック・ベイカーとか名乗っていたような?」

藤堂も首筋の汗を拭う。

「……なんか暑くないですか? 姉さんもねえ?」

「室外機かな? 孝和、様子を見てきな」

 南雲センパイは「はいはい」なんて愚痴りながら、店の扉を開ける。

「おい、お前! 何やって……うっ!」

 外は灼熱だった。それもそのハズ、火炎放射を店に向け続けているヤツがいるのだ。

 藤堂と兎塚さんも外に出る。そこにいたのは……!

「アンタは!」

「お前はチック・ベイカー? まさか、だってさっき倒した!」

 チック・ベイカーは大きく笑う。

「このチック・ベイカー様はあの程度では死なぬわ! ぴよよー!」

「どうでもいいが、そろそろその火を止めてもらおうか! メドア!」

 仮面戦士アルガに変身した南雲センパイを見て、藤堂と兎塚さんはうなずきあう。

「「メドア!」」

 揃い踏みとなった三英傑は、同時に駆けた。

 まず仮面戦士アルガが炎を出している手を蹴り、炎を逸らした。次いで仮面戦士クネスは炎を出している手を氷結魔法で凍り付かせる。最後に仮面戦士ラスター。先ほど同様に天翔十字剣を放つ!

「ぴよよー!」

 三英傑の連携技の前に、チック・ベイカーはなすすべなく倒れたのだった。

「倒した……」

 ラスターは剣を鞘へ戻し、変身を解いた。

「やるな藤堂。新技じゃねえか」

「私が倒すハズだったのにな」

 三英傑は各々変身を解いていった。店は無事だった。何か結界のようなものが張られていたらしい。

 その様子を物陰から見ていた姉ちゃんが表に出てきて、チック・ベイカーをその辺に落ちてた小枝でツンツン突っついた後三英傑に向く。

「まだまだだねえ。まだまだ尻が青いね」

 南雲センパイは「ほう」とうなずきながら、姉ちゃんに近寄っていく。

「どの辺が、青いって?」

「尻と技だよ孝和。アンタら蒙古斑がまだついているんじゃぁないかい?」

「何言って……って、ちょっと見ないでよ!」

 兎塚さんは藤堂に怒鳴る。藤堂はその向こうの南雲センパイを見ていたんだけどなあ。

「え? ああ、ああ。視界に入ってごめんなさい」

「卑屈! その卑屈さレベル高過ぎ!」

 南雲センパイはそんな夫婦漫才を咳払いで制する。

「どこを、直したらいいか。聞けないか?」

「そうだねぇ……ま、ちょっと店の中に入りな」

 姉ちゃんは三英傑の面々を店に入るよう指示する。

「……フン!」

 チック・ベイカーを一瞥すると、姉ちゃんも店の中へ入っていった。

「で、なんだっけ? ああ、連携はそれなりに取れるようになってきたけど、まだ個々が弱いねぇ」

「ド・コ・が弱いって?」

「力と魔力だよ。アルガの攻撃は、相手の腕をへし折れなかったし、クネスの氷結魔法も手のひらだけで止まった。それとアンタ!」

 ビッと姉ちゃんに指さされた藤堂は、ついドキドキしてしまう。兎塚さんが言ったように、姉ちゃんは口は悪いがかなり可愛い。それはもうなかなかのものだ。下手したら国が揺らぐほどの美人かもしれない。しかし、ここでそんなことを言ったら、奥さんである兎塚さんになんとドヤされるかわからない。泣いてしまうかも?

「いいかい? 新しい技に溺れてはいけないよ。心技体その全てを鍛えるんだ。まずは技に耐えるだけの肉体を作るんだよ……って聞いているのかい?」

「ははは、色男にはなりたくねえな」

 次の瞬間姉ちゃんが指でクルクルまわしていたホワイトボード用のペンが、藤堂の眉間に突き刺さる勢いで飛んでくる。

「フギギ……」

 眉間にシワを集めることでガードした藤堂だったが、思わず額を抑える。

「ちゃんとお聞き!」

「希望、与太郎やってないで今はちゃんと聞いた方がいいかも?」

 藤堂は「うえぇい」と気のない返事で返す。

「ヨタロウって何?」

 兎塚さんはヒソヒソと、南雲センパイに聞く。

「落語の登場人物だ」

「ったく、タイミング悪過ぎでしょ!」

「そこもヒソヒソ話さない!」

 と、授業という名の説教が再開される。段々話がイヤになってきた時、外で何か大きな声がした。

 四人は驚き外へ出た。そこにはあるはずのチック・ベイカーの亡骸がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る