4 もぐらテクニック
第13話 屋上ランチをご一緒に
ピジョンが去った屋上遊園地に、三人は取り残されていた。
「さて、そろそろおいとまするかね」
そう言って歩き始めたのは、藤堂や兎塚さんを「俺の後輩」と言ったいい男。こちらに目もくれず立ち去ろうとする。
「ちょっと、アンタ待ちなさいよ!」
自称先輩はその場で止まり、兎塚さんに振り向く。
「どうした? そんなに怒ってちゃ、可愛らしい顔が台無しだぜ?」
兎塚さんは拳を震わせながら、自称先輩の前で止まる。
「アンタがラモッグなのよね! どこで私たちを知ったのよ! いつから見てたの! 大体本当に味方なの! ことと次第によっちゃ……!」
自称先輩にくってかかるその顔は、獣の顔だった。
「まず一つ」
自称先輩は人差し指を立てる。中指でなくホッとした。
「質問は一つずつだ。それと」
自称先輩はそのまま中指も立てる。
「二つ目、相棒がさっき寝たばかりなんだ。だから今日はこのまま帰る」
指を立てた手をポケットに戻す。自称先輩は、一瞬手を振ると、「アリーヴェデルチ(さよならだ)」なんて言いそうな華麗な雰囲気を醸し出しつつ、無言でその場を立ち去った。
そのエレガントな立ち振る舞いを二人は結局、ポカンと見送るだけだった。
「あ、あの……」
「なによ!」
兎塚さんの怒りの矛先がこっちに向き切る前に、藤堂は次の言葉を紡ぐ。
「追わなくて、いいんスカ?」
「……ハッ!」
そして二人は自称先輩をエレベーターホールまで追ってみる。だが、そこにはもう先ほどのいい男はいなかった。
『希望』
「どうなすったグラム」
『今日は帰ろう。眠いし』
「……わかった。兎塚さん、今日のところは帰ろう。夜も遅いし」
振り向く兎塚さんはまだ言い足りなさそうな顔をしている。
「兎塚さんの言いたいこともわかるよ? でも、今日は体力を使いすぎだ」
蜘蛛男戦に、ピジョン・ド・サブレ戦。藤堂だけとはいえ、連戦だったのだ。
「でも今逃したら!」
「大丈夫、彼はぼくらの学校にいるハズだよ」
兎塚さんの勢いに一瞬言うのをためらったが、藤堂は口を開いた。
「彼の着ていた学ランの校章、確認したから」
自称先輩は、薄いブルーのツナギの上に学ランという、ちょっとした不良のような格好だった。そんな一見不良に対し、堂々と突っかかっていく。「兎塚さんはすごいな」なんて藤堂はのんびりしたことを思いつつ、なんとか兎塚さんをなだめすかし、階下へ向かうエスカレーターに乗った。
「いい! 居なかったらアンタに責任取ってもらうんだからね!」
そんなイキのいいエビのごとくプリプリした兎塚さんが乗ったバスは、定刻過ぎに発車していった。結婚の二文字が脳裏によぎったが、その辺が体力的にも限界だった。
「じゃあ帰ろうグラム」
そして、藤堂も帰宅の途に着くため、電車に乗ったのだった。
電車に乗って、シートに座ったら藤堂はすぐに寝落ちした。二連戦はなかなかにヘヴィだったことを痛感するヒマもなかったのだった。
そもそもが命のやり取りなのだ。そう簡単にいくハズもなかった。
結果、藤堂は三駅ほど乗り過ごした。
藤堂は緊張していた。上級生のフロアに単身入るのは、やはりちょっとした背徳感だった。
「あのね、“後輩”なんて呼ぶくらいだから、三年生のクラスに居るとは思うんだ」
藤堂はグラムと一緒に自称先輩を探していた。兎塚さんは? というと、お友だちに捕まり、ランチを食していた。
『女の子は大変だからね。ボッチの希望と違って』
「ほっとけよ。それにしても、ホントキミよく笑うよね」
ゲロゲロ笑っているグラムから返ってきた言葉は意外だった。
『場が和むだろ?』
藤堂は黙って顎に手を当てる。
「たしかに」
その一言しか言えなかった。「コイツ時々エラい『がんちく』のありそうなこと言う風なんだよな」藤堂は階段を登りながら心の中にグラムを感じていた。
『どこへ行くんだい?』
「……屋上」
『ボッチの溜まり場か』
「そうとも言う」
ゲロゲロ笑った後、グラムは続ける。
『まあ、おなかすいたもんね。探すのは後でもいいか』
手には食べそびれていた購買で買ったパン、を握り、藤堂は階段を駆け上がる。購買で売っているフィッシュバーガーは藤堂のお気に入りだった。売り切れ必死なので、三限目の五分休み中にフライングで買うのが藤堂の通例となっていた。
重い金属扉の向こうでは、学校内の雑踏から免れた面々がお弁当を食していた。
そんな中、一際目立つ存在があった。三人がけのベンチに一人で座っている。薄いブルーのつなぎに学ランというあの印象的な格好だった。
一見横柄な態度に見えるが、ほとばしるイケメンオーラでそれも感じられなかった。
『ギャッ! ま、眩しい! イケメンオーラだ!』
「あの人だ……」
イケメンオーラにあてられた藤堂が自称先輩に近づいていくと、藤堂に気付いたようだった。
「よう」
「ど、どうも」
自称先輩は焼きそばパンをかじりながらだったが、イケメンすぎてそれすらもサマになっている。
「どうした?」
「いえ、でも……」
自称先輩は藤堂の言葉をじっと待つ。
「ここ、けっこう気持ちいいところなんですね」
自称先輩はニヒルに笑い「あぁ」とだけ、漏らすようにしゃべった。
風に吹かれる先輩は、とても気分良さげに目を細める。
「お気に入りなんだ。ラモッグもそう言っている」
「やっぱりセンパイがラモッグだったんですね」
「そんなことよりさ、お前もこっちに座れよ」
一瞬、この間グラムと見たヤクザ映画を思い出す。座ると言っても「椅子に」ではなく、「地べたに正座」だった。
「それじゃあ、俺が立たせてるみたいだろ?」
藤堂は「それじゃあ失礼して」と、センパイの隣にひっそりと座る。正座した方が絵面的には面白そうだが、センパイが困ってしまうかもしれない。怒らせてしまう可能性もある。「それをしない自分はエライ!」そう言い聞かせた。
「なんだお前、緊張しているのか?」
「は、はぁ。まあ」
手汗でしめっている藤堂をチラリ見て、センパイは「そうかそうか」と言うだけで、それ以上はそれを追求することはなかった。
「言いたいことがあったら、言えるタイミングで言うといい。それまでまっててやるから」
センパイは「ただし」と人差し指を立てて追加する。
「昼休みが終わるまで、だがな」
「じゃ、じゃあとりあえずひとつ教えてください」
「なんだ?」
「センパイの名前は?」
センパイは大きく笑う。
「俺はな」
センパイが言いかけた瞬間、何かが空から急降下してきた。こんな時にもあるのだ。モンスターの襲撃だった。
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