3 タイニーランドドラゴン

第9話 デートじゃん

「なあ、グラム。どうしちゃったんだよ?」

 藤堂が声をかけても声をかけても、グラムは答えない。それは兎塚さんのエキャモラも同様のようだった。

「エキャモラが話さないなんて……」

 寝ている時以外は話しているイメージの強いエキャモラさえも答えない。なにかある。何かあるとしか考えられなかった。それはさっきミッピーマウスが口走った「ピジョン」とやらに関係があるのだろうか? だがそれを直接聞いてしまうほど藤堂は子どもではなかった。

「あのさ、グラム。エキャモラも聞こえていたら聞いてね」

 藤堂は大きく息を吸い、大きく吐いた。

「ソイツに関しては、言いたくなかったら言わなくていいからね?」

『希望……』

「大丈夫だよ、僕たち友だちだろ?」

「そうね。エキャモラ、ムリして話すことないからね」

 無理強いはしない。ということで皆は合意した。

「なんか腹減ったなあ……グラム、早弁でもするかい?」

 藤堂は「ガハハ」なんて笑いながら落とした教材を拾い、生物室へ向かった。

「藤堂か、いいとこあるね」

『美奈、気になる?』

「まさか。でもまあ、害虫から虫に格上げかな?」

 格上げという言葉を聞いたエキャモラは『ウヒョオオオオオオオオ!』と、奇声を上げながら兎塚さんの心の中を走り回っている。

「まあ、虫は虫だけどね」

『エキャモラ虫好きよ? チョウチョはキレイだし、トンボは速いし』

 でも、虫は虫なのだった。


「あ、いたいた」

 放課後になって、「さて帰るか」と、帰り支度をしていた藤堂のところへ来たのは、兎塚さんだった。

「えっと、虫……じゃなかった藤堂君」

「今、虫って声かけなかった?」

 兎塚さんは「そんなことないよ」と、否定もせずに話を続ける。

「ふふふ」

「めちゃくちゃ笑顔で誤魔化されている気が」

「それよりさ、明日なんだけどヒマ?」

 藤堂は頭に「?」を浮かべる。

「明日は朝に演芸番組見るからヒマではないよ」

「演芸? 何それ? 落語的な?」

「そう。グラムが好きでさ。それより明日どうしたの?」

「もう一人を一緒に探そうと思って」

 藤堂は小首をかしげる。もう一人とはなんだろうか?

「もしかしてラモッグ?」

 兎塚さんは首肯する。

「いいよ。一人より二人の方が探しやすいしね」

「明日朝十時に繁華街駅の改札で待っているから」

 兎塚さんは言うだけ言って帰って行った。

「なんだったんだろ?」

『デートじゃん』

「は?」

『デートのお誘いじゃん』

「誰と誰が?」

『兎塚さんと希望』

 その言葉を聞いて、藤堂は考えを巡らせる。

 考えに考え、考え抜いたあとたった一つの結論に辿り着いた。

「よし、住宅ローンを申し込もう」

『賃貸ではなくマイホームを買うことにしたか』

 グラムは心底思った。

『やはり結婚した後のことを考えたか……それでこそ妄想番長、英語で言うとイメージリーダー!』

 その日のその後、藤堂がワクワクによる興奮で一睡もできなかったのは言うまでもない。


 土曜日の朝、少しオシャレをした藤堂は繁華街に面した駅の改札で待っていた。

『兎塚さん遅いね』

「フッ、グラム君。キミは甘いね」

『どの辺が?』

「全体的に生クリーム、言うなればキミはスイーツさ」

 藤堂の言う「カロリー高めさ」という追加の言葉の真意が正直グラムにはわからなかったが『そうかそうか』と、納得する。

「今ね僕の彼女、すなわち兎塚さんは、支度で大忙しなんだよ」

『ほほう、珍しくピントがあってそうな……ん? 僕の彼女?』

「グラムわかるか?」

『わかるけど僕の? か〜の〜じょ〜?』

 ニヤつきながら話すグラムに、藤堂は「違うの?」と、自信満々の一言だった。

「とにかくね、その時言ったワケさ。兎塚さんなら僕の隣にずっと居たよ? ってね」

『いつの間にかウィットに富んだアメリカンジョークになっているよ!』

 グラムはゲロゲロ笑いながらの答えだった。

「グヘヘ。にしても、ちょっと遅いね。兎塚さん何してんだろ?」

『別の男にからまれてるとか?』

「ないないそれはない」

 大袈裟なジェスチャーをまじえての否定だった。流石のグラムも頷く。

『お! 信じるねえ』

「だって、兎塚さんだよ? 僕の……」

「私が何だって?」

 息を切らせながらやって来た兎塚さんは「ゴメーン」と両手を合わせながらの登場だった。

「ゴメンゴメン。十五分も遅れちゃった。待った?」

「いやいや、僕らも今来たところ」

「え? 遅刻してきたの? それってどうなの?」

 その言葉を聞いて藤堂は「え?」としか返せなかった。意味が、理解できなかった。

「女の子待たせるなんてやっぱ虫ね」

 藤堂は考えを巡らす。この間わずかコンマ五秒である。だが、兎塚さんの言っていることを理解できるほどの高い能力は藤堂にはなかった。

「ウソウソ冗談よ」

 兎塚さんは「行こう」なんて言い放ったが、そのコロコロ変わる言動や表情は、やはり藤堂の想像を軽く超えてくるものだった。流石に女の子だった。

『彼女、なかなかハードモードみたいだね。希望どうする?』

 藤堂はニヤリと笑う。苦しい時こそニヤリと笑うものだ。そう何かにあった。

「突き進む!」

『当たって砕けるか、いいね!』

「いやいや、砕けない砕けない。これは確定した未来ビジョン。狂うことは、無いッ!!」

ジェスチャーを交えて否定する。藤堂を見て、兎塚さんは呆れ顔で声をかける。

「なにやってんのよ、ほら行くぞ!」

「はいはーい」

 そそくさと藤堂は兎塚さんについていく。そう、今日やらなくてはならないのは、兎塚さんと住宅ローンを組むということ。

 なあに問題はない。藤堂は幸せな家庭のため、一生懸命働くと決めた。そこにウソ偽りはなかった。

 問題があるとしたら、今日が土曜日だと言うこと。

「なっ!」

 住宅ローンを組んでくれるような銀行はお休みだった。

 藤堂は銀行の前で唖然茫然立ちすくんだが、「また来よう」心からそう誓った。

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