第28話 裏稼業と表稼業

 王都に向かう河船は河の流れを遡るために船外機と帆を併用していた。

そして、流れの激しい場所では、河船は繋がっているロープを岸に放って馬や牛に引かせることで河を上って行く。

農産物を痛まないうちに王都まで届けるとなると、なかなかの経費の掛かる事業だ。

いや、馬車であればもっと時間が掛かり、運べる量も少なくなる。

つまり、河船による輸送が最適解なのだ。

サルガド男爵は、その領地で生産された農産物の王都への輸送で富を築いていた。


「面白いね。

魔導具で保存して、王都に届けるのか。

その時間が短ければ短いほど経費が少なくなるわけだ」


 だから高速船を使いたい、だけど速くし過ぎるとその燃石代が嵩むってわけだ。

サルガド男爵は、どうやって他と差を付けているのだろうか?

そこが商売の肝なのだろうな。


「まさか、そこに犯罪が絡んでないよね?」


 サルガド男爵と対面した時の様子が気がかりだった。

あれは何か裏でしている者だと第六感が告げていた。


 ◇


 河船の修理は終わったが、船頭の手配が終わらなかった。

船頭の爺さんは、やはり脳血管をやっていて、危なかったそうだ。

この世界、病気や怪我は教会の回復魔法やポーションにより内部から治ってしまう。

だけど、脳血管は治っても、そのせいで負った脳のダメージ―—それこそ失った記憶や機能障害などは治らないのだ。

爺さんは引退となり、代わりの船頭が手配されることになったという次第だった。


 王家御用達ともなれば、身元のしっかりした者を宛がう必要がある。

そのようなしがらみで選考が難航しているのだとか。

そのおかげで、この地の滞在日数が伸びて行った。

サルガド男爵が怪しいなどという話を忘れるぐらい長く……。



「エル様、サルガド男爵の所にルディが来ていました」


 サルガド男爵を探っていたメイルが、思ってもいなかった人物の名を告げた。


「なんでルディが?」


 ルディの村は属する国を誤魔化すことで身を守っていたはずだった。

サルガド男爵と繋がるということは、その立場上不利益を被るはず。


「さあ? 本人に訊いてみては?」


 そう言うと、メイルはルディの元へと俺たちを案内した。

それは宿屋の1つだった。


「なんだ、エル様じゃないか。

船は直ったのか?」


 ルディは悪びれもせずに俺たちを部屋へと招き入れた。


「直ったが、船頭が隠居してね。

代わりがまだ来ない」


「ああ、そりゃ悪かったな」


 船頭が倒れた遠因は河賊——ルディの襲撃だったので、多少罪悪感があるようだ。


「それより、どうしてルディがサルガド男爵の所に?」


 隠してもあれなので、俺は単刀直入に訊ねた。

ルディの性格的に嘘はつかないだろうからだ。


「ああ、定期的に仕事をもらってるんだよ。

王都へと荷物を運ぶ仕事だ。

それが俺たちの表稼業さ」


 それはおかしい。

サルガド男爵からしたら、ルディの村は敵対するルーテリアの所属ということになっているはずだ。

そんな連中に大切な荷を預けるか?

そして、サルガド男爵名義の通行許可証を発行して王都に入れ、そこで何かあれば責任を問われるのはサルガド男爵自身だ。

敵対国の国民(だと称する者)を雇うなんて、そんな危険なことをするのか?


「スケズリー、カーク、これは何かあるな?」


「「はい」」


 同じ疑問を2人も持ったようだった。

だが、ルディの今世犯罪歴には強盗以外はついていなかった。

他の犯罪はしていないのか、または知らずにさせられていて犯罪歴がつかないのか。

判断するには……。


「ルディ、その運ぶ荷を見せてもらいたい」


「良いよ。

見られて困るものじゃないし。

今頃船に積み込んでるところさ」


 荷の積み下ろしはサルガド男爵の部下にお任せだったらしい。

嫌な予感しかしない。


 ルディも作業が終わるまで待って宿屋を引き払うところだったらしい。

俺たちはルディと一緒に、その船まで行った。


「これはルディさん、今日は早くないですか?」


 荷を積むサルガド男爵側の責任者が慌てた様子で駆け寄る。

まるで作業を見られたくないようだ。

そこに怪しさを感じた俺は捜査権を発動することにした。


「特殊犯罪独立捜査機関だ。

荷をあらためるぞ」


「しまった、王家の捜査機関だ!」


 責任者が吐いた台詞は、やましい者がするものだった。


「スケさん、カクさん、全員捕縛だ。

抵抗するならばやってよし」


 こうして大捕り物となった。

カレンを連れて来なくて良かった。

カレンが居たならば血の海になっていたぞ。

まだ疑惑の段階だから、限度というものがある。


 荷を検めると、そこからは人体に影響のある禁制品がゴロゴロと出て来た。

植物栽培をしていれば、作れてしまうアレだった。


「これって……」


 ルディもその異常な荷に言葉が詰まる。


「ルディ、どうやら君は、密輸の片棒を担がされていたようだぞ」


 これがサルガド男爵の疚しいところだったようだ。

ルディたちが河賊だと知っていて、利用していたのだろう。

ルディは表稼業と言っていたが、まんまと騙されていたのだ。


「仕事をくれるから、男爵の船からは通行料を取ってなかったのに……」


 そこもサルガド男爵の商売が他よりも有利になる点だったようだ。

同じ能力で運搬していて、通行料分浮くならば、それが積もり積もれば圧倒的優位となる。

さらに、禁制品の密輸がバレても河賊がやったことと、自らの関与を否定しトカゲの尻尾切りも出来る。

最悪だった。


「ルディ、サルガド男爵を捕まえると、君も罪に問われる。

その時に、ルーテリア所属だと称するとマズイことになる」


「そ、それじゃどうすれば……」


「河賊は諦めて、荷受けを商売としていることにしろ。

そしてアレスター王国所属とするのだ」


「でも、所属してないぞ?」


「そこはサルガド男爵が届けを怠ったことにしてやる」


 こうしてルディに司法取引させてサルガド男爵の罪を王都に告発した。

特殊犯罪独立捜査機関の名のもとに行われた捜査により、サルガド男爵の禁制品密輸が摘発されたのだ。

王都では、その禁制品の摂取による人的被害も出ていたという。

その禁制品は麻薬だった。

サルガド男爵の探られたくない裏稼業、それは麻薬の製造販売だった。

表に出れない息子は、製造に関与したことによる中毒患者だったのだ。


「くそ、独立捜査機関など公爵家のお坊ちゃんの遊びだと思っていたのに!」


 俺をなめていたのが、サルガドの敗因だった。

それにしても、俺が司法取引を使うことになるとはな……。

凶悪犯の転生者だからとルディも一緒に処分することも出来たというのにな。

俺の心境に何か変化が訪れているのかもしれない。

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