Episode35 アレナ神殿の地下墓地






 光学技術を用いた画像表示で、目前に映し出されているソースコードは、カイにしか見えない。最速で読み取りながら思わず呟く。



「AIの支援なしに良くやったほうだが、まだまだイニシャライズ処理などが甘いようだ。私も変更をかけるが、同時進行で樹希いつき君を探そう。―――アルベール」


「任せて」


 カイはアルベールに樹希いつき捜索の指示を出し、その後はもくもくとキーボードをタイプしている。


「とりあえず、砥綿井とわたいというヤツが変更した身体損傷時の感覚の値は元に戻した。それと、アルベールが樹希いつき君を見付けた。子供たちを助けに行く。陽翔はるとの近くに降りていたようだ」


 カイが地面に手をかざすと金色の魔法陣が浮かび上がる。

 転移陣だ。

 アグリに目配せし二人で転移陣を踏む。

 一歩進むとアレナ神殿北の、奇岩きがん地域ちいきが目前に広がった。




***





「あれ? 痛く、――――ない?」


 陽翔はるとはダメージを受けた足の痛みが、急に引いていくのを感じる。

 その現象はかなり不自然だった。

 直感的に『misora』で何かが起こっていると感じる。


 陽翔はるとの放った弓矢を、石化門衛は怒り狂ったように放り投げ、岩石のような拳を振り上げた。足が挟まり逃げることのできない陽翔はるとは、両腕で顔を庇い衝撃に備える。




 備えていたのに、衝撃がこない。

 恐る恐る目を開ける。

 陽翔はるとに向かって振り下ろされたはずの拳は、その勢いのまま地面を叩いた。あまりの衝撃に地面に拳がめり込んでいる。


 門衛は咆哮ほうこうしながら、頭の後ろに突き刺さった何かを抜き去った。

 門衛の兜を貫いていたのは一本の槍だった。

 門衛は怒りに任せて槍を折り曲げる。槍は音を立ててグシャリとひしゃげた。

 隙の生まれた門衛の側面に、樹希いつきが体当たりをする。


 樹希いつきのFPゲージが大きく削られた。

 急なFPの減少に息も乱れている。

 それでも諦めずに、門衛を陽翔はるとの上から動かそうと両手両足で踏ん張っていた。


「ハル、つれえの? 足、外れるか?」


「いっくん。駄目だよ。逃げて。エラーがいっぱい表示されている。僕、ちゃんと直せてなかったから、いっくん、危ないよ。ログアウトして」


 この状態でFPが0になったら、どんな事が起こるか予想ができない。樹希の脳に深刻なダメージが起こるかもしれない。


「んなこといったって、ログアウトできねーし。どのAIと繋がっているか、わかんねーし」



 ココアがスキルを全開にして威嚇を発動した。

 その尋常では無い迫力に門衛が竦み上がる。

 攻撃は止んだ。だが多分長くは維持できない。


 陽翔はるとは必死に挟まった足を抜こうとしたが外れない。

 二人で力を合わせて、門衛を押しのけたが、ビクともしなかった。


 樹希いつきに向かって門衛が睨みを効かせる。

 純粋な恐怖が湧き上がりもう終わりかと思った瞬間、目の前で門衛の胴体に一直線の光る軌道が走った。


 片方だけ残っていた目の光が消え、鋭い切り口から胴体がズレて崩れ落ちる。

 黄色いエフェクトが光り、門衛が消え去った。


「まったく、無茶ばかりする子供たちだ」

「カ、カイ? どうして?」

「助けに来た」

「フローム限定のAIじゃなかったの?」

「まあな。その話は後だ。アルベールが樹希いつき君をいち早く探し出してくれた。間に合ってよかった」




 アルベールが樹希いつきの目の前に降り立つ。

 重さを感じない軽やかさだった。




樹希いつき君よろしく。あいにく見習だから不快感あったらごめんね? イピトAI、アルベール VR Device Enable」




 アルベールが樹希いつきに繋がると、エラー表示が消える。

 イグアスが回復魔法で陽翔はると樹希いつきを治療した。




 レベルの高い人間がパーティに加わったお陰でモンスターにターゲットされ難くなる。やっと一息付けた。






 アルベールは樹希いつきに聖獣の卵と短槍を手渡す。樹希いつきの手に触れると卵はふ化した。真っ白で金色の瞳を持ったミミズクだった。


 左右対称の耳のような冠羽かんうが、風にふわりと揺れる。


「この章を攻略すると手に入るはずだった、ドロップアイテムと聖獣だよ。ストーリーをめちゃくちゃにした、トイという戦士には怒りを感じるね。NPCに扮していた僕が参戦している事に気付かれないように、僕はこのアバターで参加するよ」



 ≪光風の聖獣 アルベール。 風属性、NPC 破壊攻撃不可、オートマティック機能搭載、使役者のレベルにより能力が開花する≫



 大きなキリリとした瞳の、真っ白なミミズクが樹希いつきの肩に乗る。


 防御が薄くなる槍使いを風の盾で守る聖獣は、動きの速い樹希いつきのベストパートナーのように思えた。


 短槍は『暁風きょうふう』と鑑定され、樹希いつきの動きに風の力をプラスし、素早さを向上させるものだった。

 スキルとしては槍を振ると、軌道上に鋭い風の刃が発生し、広範囲の敵を薙ぎ倒す。



「時間が無い。ノアを助け出そう。陽翔はるとがリーダーだろう?」



 カイはウインクをする。

 陽翔はるとはレギュレーションパネルを操作し隊列を設定した。


 ノアを開放し、砥綿井とわたいからこの世界を取り戻す。

 現在行方が知れないシアンと連絡が取れれば、鈴菜の監禁場所を付き止められるかもしれない。


 そして、雫月しずくの行方を知りたい。

 もう一度、逢いたい。


 陽翔はるとは前を向く。

 頼りになるメンツは揃っている。

 男ばかりでむさ苦しいのが難点だ。


「隊列入れ替え、タンクに樹希いつき、アタッカーにカイとアグリ、ヒーラーに陽翔はると。目指すのはアレナ神殿の地下墓地の攻略とイピトAIの救出。各自、FPの残量に気を付けて! 攻略開始」




 アレナ神殿の地下墓地に砥綿井とわたいは興味が無いらしく、あまり変更されず元のデザインのままだった。

 死者を敬う清浄な空気が流れ、白龍神のエンブレムが壁に刻まれている。

 生前の面影を残す死者たちが、瞳をつむって水晶に封印されていた。

 魂が抜けている肉体は、神々しいまでに美しいものだった。




 門衛、墓守婆、砂竜などのモンスターにターゲットされ、戦闘にはなるが大きなダメージも無く、地下墓地の最深部まで移動する。


 洞窟の行き止まりにファンタジー世界には存在しないようなコードの束が見えた。

 ひと昔前のLANケーブルのように、安っぽいビニールに包まれた赤や青のコードだった。


 陽翔はるとは明らかに不自然なケーブルの束に近付く。壁の窪みに水晶の塊が置かれ、レトロなブラウン管のシステムモニターが置かれていた。


 システム稼働率のグラフが、MAXに近い値で振れている。擦りガラスのような曇った水晶の中に人影が見えた。



 中には瞳の光が消えたノアが固定されていた。

 陽翔はるとは水晶の中が、少しでも見やすくなるようにローブのそでで表面を拭いた。


「ノア、―――ノア。ノア」


 陽翔はると砥綿井とわたいへの怒りが腹の底から湧いてくるのを感じる。ノアの意志とは関係なく好き勝手にデータを貪っているのだ。


「許せないな」


 カイが呟く。

 無駄な動きも無く自然にレギュレーションパネルを広げる。そのレギュレーションパネルの操作盤は、見たことも無いくらい緻密な設計だった。



(この人は何者だろう。少なくともAIでは無い)



 陽翔はると雫月しずくの言葉を思い出していた。

 陽翔はるとの父親の蒼井博士は体が大きい。

 そして瞳が陽翔はるとに似ている。

 まじまじと顔を見ると、二重の幅、眼球の色合いと大きさ。その特徴は陽翔はるとと似通っていた。



 陽翔はるとというよりは、ノアを大人にしたような雰囲気である。

 予測が正しければカイは蒼井祐輔、父親だ。



 陽翔はるとはカイに父親であるのか真実を聞こうとしたが、その声はモンスターの咆哮ほうこうに掻き消された。



「すまない。少し時間を稼いでほしい。ここから助け出すだけでは意味が無い。ノアが抜け出したことを悟らせないように疑似AIを残しておきたい」



 陽翔はるとは頷き、カイを除いた三人で陣営を組みモンスターに挑む。

 短槍を『暁風きょうふう』に持ち替えた樹希いつきは、驚異的な強さを見せた。

 聖獣アルベールが樹希いつきの頭上を飛ぶと、風の流れが変わる。


 渦巻く風はバリアーのように樹希いつきの体を包み体重を軽くした。


 舞い上がる木の葉のように空中を駆け、槍で攻撃する。

 敵を斬った槍の残像は、風の刃となり再び敵を切り裂く。




 カイがケーブルに触れた途端、トラップが発動した。

 モンスターの群れが次々と湧き出し、フロアー全体を埋め尽くす。


 ノアの笑顔。

 家族だと言ってくれた事。

 そのひとつひとつを鮮明に覚えている。


「オレが傷付くと陽翔はるとが痛がるだろう?」ノアがいつか言ってくれた言葉だ。


 そうだ痛いのだ。

 胸が痛くてしんどい。

 絶対に守ってみせる。


 神殿の地下墓地に閉じ込め、理不尽にデータを搾取した砥綿井とわたいを赦さない。


 陽翔はるとは、モンスターの群れに向かって金色の烏を放つ。




 ---続く---




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