Episode33 『大地の聖獣グレース』



 フィールドは敵の出現率が上がり、気持ちの悪いデザインのモンスターが荒野を陣取っている。


「あのモンスターと戦うの? いやだなぁ」


 思わず声に出る。

 ここで止まっていても何も解決しないので、陽翔はるとは荒野を駆け出した。


 一緒にダイブしたココアが、陽翔はるとを追い抜く。

 ココアは振り向き「任せろ」とでも言いたそうな顔をしてから、大きく遠吠えをする。

 スキル『威嚇』を発動すると、陽翔はるとたちの前からレベルの低いモンスターが全て消えた。思いの外早く進める。だが、安心したのも束の間だった。


 鈴子とのイネーブルが動作不安定になり、エラーが発生し警告音が鳴る。ノイズで陽翔はるとの姿が揺らいだ。


「うーん。やっぱり保たないか。どうしよう」


 陽翔はるとは立ち止まり、レギュレーションパネルを開く。

 多数のエラーコードが表示されていた。


 ノアと雫月しずくのサポートが無いとプログラミング難しい。

 一度『misora』を抜けてから、変更箇所を見直すしか無いようだ。


 そこに空から人影が降り立つ。

 陽翔はるとは臨戦態勢で身構えた。



「無理しすぎですわ」



 ふわりとスカートの裾が広がった。

 長いグレーの髪を揺らし、ピンクトルマリン色の瞳をした少女が、岩だらけでゴツゴツと荒れた大地に足を下ろす。


「君は? 寺院に居た子? 確か、グレース」


「そうです。見習いではありますが、正式なイピトAIですわ。二人までならイネーブルできます。あなたとわんちゃんをこっちに貰っちゃいます。ね? 鈴子さん」


 この世界で迷子になるのを心配していた鈴子は、少しホッとした顔になる。


「こっちからお願いするわ。危なくないようにしてあげて」


 二人は顔見知りのようだった。

 グレースはレギュレーションパネルを操作し鈴子と情報を共有する。


 砥綿井とわたいが自分の好みにゲームをカスタマイズするのに夢中なため、侵入者をあまり気に掛けていない。そもそも侵入されると思っていないのだ。


「さぁ、ノアを迎えに行きますわよ。あたくしはそのアバターを使うのだ」


 びっしっと指を伸ばした先は、聖獣ラヴィだった。


「いきますわよ! イピトAI、グレース VR Device Enable」


 ザザザっとノイズが耳に走るように聞こえた。

 不快感は一瞬、直ぐに視界がクリアになる。


 ふわりと目の前に浮かんでいるのは、賢そうにメガネをクイッとするラヴィだった。瞳がピンクトルマリンの色になっている。


≪大地の聖獣 グレース。 土属性、NPC 破壊攻撃不可、オートマティック機能搭載、使役者のレベルにより能力が開花する≫



「これなら、トイと遭遇してもバレません。安心ですわ」


 グレースから現状がデータとして共有された。

 砥綿井とわたいはノアの膨大なデータベースを好きに使うため、凍結を解除しアレナ神殿の地下墓地に幽閉した。

 ノアは協力する条件として、人質のイネーブル状態の解除と待遇の改善を要求。

 鈴菜はどこかの家屋に移動されているが、依然として場所が掴めない。



「ああ、そうそう。学術書をお出しください。白龍神からの祝福です。実はアレナを攻略すると貰えるものですが、侵入者のトイが勝手に難易度を上げたので先払いします」



 ラヴィ改め、グレースがレギュレーションパネルを操作すると学術書が光り輝き、装丁そうていが豪華になる。学術書がレベルアップした。



「あたくしは、今のレベルアップで転移陣が組めるようになりました。レベルの高いモンスターにはココアの威嚇も効果が無いので、転移でパッパッと地下墓地に行きますわよ」



 そういうと、グレースは緑の魔法陣を地面に表示させる。

 その魔法陣を踏みつけると、陽翔はるとの体は光の球体に包まれその場からかき消えた。





***





 アグリ・ベルトランは林教授を訪ねていた。

 ちらちらと舞っていた雪はいつの間にか降り止み、外は暗闇が広がっている。

 応対した妻のカエデ医師にリビングへ案内された。

 窓の外の雪を眺めていると林教授が二階から下りてくる。


「戦況が見えませんね。陽翔はると君が『misora』に旅立ってしまった。ご子息なら何かご存じかと伺ったのですが」



 林教授はどこかあきらめに似た表情をしていた。

 協力を求めていることが家族間に誤解を生んでいるのかも知れない。

 アグリは申し訳なく思う。


「部屋に籠ってしまったな。あの時期の男の子は気難しい。君と話した方がいいだろう。部屋に案内するよ」


 二人は連れ立って二階の子供部屋に向かう。

 かつては陽翔はると樹希いつきで使っていた部屋だ。

 部屋は二つ用意したのに片方を寝室、片方を勉強部屋として使っていた。


 喧嘩もするが仲も良い。

 常に一緒に居て息苦しくないのだろうかと不思議に思ったものだ。


樹希いつき。お客様だよ」


 中から返事は無かった。

 いつまで不貞腐れているのだと呆れながらドアノブを回す。

 ドアは何の抵抗も無く、かしゃりと音を立てて開いた。


 鍵が掛けられていない?

 部屋は薄暗く、ベッドサイドのランプだけ灯されていた。


 樹希いつき陽翔はるとが小学生の頃に制作したロボット型のライトである。樹希いつきが創ったものと陽翔はるとが創ったものと並んでいた。


 明暗センサーガジェットが付いていて、部屋が暗くなると自動でライトが点灯する。

 なんともコミカルで可愛らしいロボット達だった。



 ぐっすりと眠る樹希いつきの横顔を、仄かな光で照らしている。

 昨日は良く眠れていなかったようだから、疲れが出たのかもしれない。

 小さなの頃の面影を残す横顔は親としては愛おしい。

 しばらく目が離せなかった。


 不意にその横顔が苦痛に歪む。

 驚くよりも早く、頭に装着しているヘッドセットの赤いエラーランプが、激しく点滅しているのが目に入った。


 ENABMDイネーブミッドを装着している?

 林教授は言葉を無くして立ち尽す。


「林教授。しっかりしてください」


 アグリが照明スイッチを押した。

 部屋が明るくなる。


樹希いつき君もフルダイブか。シアンもノアも今は機能していないはず。ブラウは砥綿井とわたいにつかまっている。後は、―――七瀬鈴子だ。イピトAIが一人残っていた」


 林教授は拳を握る。

 子供たちに危険は及ばないはずだった。

 二人を離せば無茶もしないと思っていた。

 すべて己の目論見もくろみが甘かったのだ。


 しばらくすると苦痛の表情は消えたが、エラーランプは依然として点滅している。

 何が起こっているかわからない。


「アグリ君。君は七瀬鈴子とARリンクは可能かな? 私は『misora』のアカウントを持っていない」


 ICSPO本部の指示は待機だが、このまま子供たちを放置できない。


 アグリは、ENABMDイネーブミッドを装着し鈴子を呼び出す。

 反応は無かった。しかし、VRリンク可能のインジケーターは点灯している。


「私が潜ります。本部に蒼井博士の協力も要請してあります。林教授も捜査協力をお願いします」


「アグリ君、あちらにダイブしたら、アルベールかグレースを探しなさい。あの子たちは、私と家内が協力して生まれたイピトAIだよ。もう、二年以上育てているから、イネーブルできるはずだ」


 アグリは本部に必要な連絡を済ませ基地ベースに向かう。

 安全な場所を探す時間が惜しいし、少しでも事故を防ぐにはFull Diveフルダイブ Spheriumスペハリウム(フルダイブ球体空間)からのダイブが好ましいと判断したからだ。








 ---続く---





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