Chapter6 淡く、儚く、脆くて、取り返しが付かないこともある
Episode24 教授の思惑
その日の夕刻、シアンは
研究棟の隣には小さな工房のような研修施設があり、何を隠そうシアンが使っているボディの生まれたところだ。
何度も試験に立ち合い、この機械体が人工皮膚に覆われる前からイネーブル実験に付き合った。
勝手知ったる他人の家のように目的地のある研究棟に進んでいく。
学校の校舎のような飾り気の無い研究棟の玄関を入りすぐ階段を上った。
二階には視聴覚室のような教室が並んでいる。
廊下にちらほらと生徒が居るが、この年頃の男子は堂々としていれば学生だとしか思われない。
すれ違う者たちも何の疑問も抱いていない風だった。
目的の林班と書かれた教室が見えてくる。
その隣の準備室の扉の前にある在室のプレートを確認し、シアンはドアを開けた。
「やぁ、こんにちは。来たね、シアン君。『ヨウショウ』の乗り心地はどうだい?」
『AIHH(Artificial intelligence hijacking humanoid ※AI乗っ取り型ヒューマノイド)TypeⅢ ヨウショウ』というのが、このヒューマノイドの正式名称である。林教授は親愛を込めた響きで『ヨウショウ』と呼んでいた。
机に寄りかかり試作体をチェックする仕草は朗らかだ。
だが、研究者らしく洞察力の優れた瞳をしている。
「操作は問題ありませんが、人間にしては運動能力が高すぎます。本気で走ると世界新記録が出ますね。
林教授は、ふむ、と顎に手を当てた。
考察のためハードがフリーズしているな、とシアンは思った。
無精ひげで
歳よりは若さを感じる容姿だ。
「血液として循環させている冷却液の層を厚くしてみよう。それと、運動能力の低下だね。
「
これだから、能力の高い人間は摩擦を生みやすい。
そんな事を考えながら、シアンは林教授を観察する。
不思議な男だ。助教をしていても教授になっても態度自体は変わらない。
能力の高さを感じる容姿だが、傲慢さのようなものは感じさせず、だが、どこまでもわがままだ。
いつの間にか本人の望む方向にシフトさせるような雰囲気を持っている。
「しかし、いざという時は逃げ足も早くなくてはならないだろう? 安全装置は外れるようにしなきゃね。今日は金曜だからボディを置いて帰れるかい?」
「週末には予定が無いので大丈夫です。
林教授の雰囲気が少し変わった。
目付きが鋭くなる。
実の子供と育ての子供。二人を欺くような事をしている自覚がそうさせるのだろう。
だが、次の瞬間、
「来たよ。『知らないよ』って答えたら、僕の顔をじっと見つめて、納得したようだよ。このままだと
頭を掻いて後ろを向く。
よれよれの白衣のポケットからマーカーを取り出し、ホワイドボードに週末の予定を書き入れた。
『AIHH TypeⅢ ヨウショウ メンテナンス』
「後はね、冷却用のファンが使えないから、呼吸量を増やして代わりにするしかないね。不自然じゃないように調整しなくてはならないから、日曜の夜はイネーブル実験をするよ。時間を空けといてね」
明らかにがっかりしたような様子の助手がパソコンのメールアプリを開き、なにやら入力し送信したようだ。
週末の予定は台無しだが、金に糸目がない研究は魅力的だろう。
「今日は書類仕事での訪問だよね。別室に弁護士を呼んである。とっとと済ませてボディを回収しよう」
✽✽✽
前回は時間切れで『氷の塔』には行けなかった。
今日こそ攻略をしたい。
途端に全身が凍り付くように冷たくなり、すぐに浮上するように暖かくなった。
そこはもう氷の塔の回廊に変化している。
ブロック氷を積み上げたようなゴーレムが群れで道を塞いでいた。
「雲切れ−付与」
学術書と水平に魔法陣が浮かび、パーティ全員の攻撃力が上がる。
続いて
「神渡し」
気合を入れて、槍を回転させるとゴーレムの群れに突撃した。竜巻が巻き起こり、ゴーレムを飲み込む。
「
瞬間移動したように敵の中心を駆け抜け、ゴーレムを切り裂く。
鈴菜が頭の横に手を振り上げ敵を指すと、聖火の聖獣ミュウは清浄な炎の塊を空中に展開しゴーレムに放つ。
ゴーレムが仲間を呼ぶ。
デスデビルの群れが敵に加わった。
鈴菜は浄化の炎でデスデビルを焼く。
それぞれの役割をこなし、回廊のモンスターを突破する。
ボス部屋の扉が開くと、そこには
「ハルトよ。良くここまで来た。次世代のキャンディデイト(候補者)も一緒か、みんなよく頑張ったな」
キャンディデイト ー候補者ー。
一同は顔を見合わせる。まだ、状況がうまく理解できない。
「僕達は何も聞いてない」
「そうか、シアンはこのシステムの継続自体に反対だからな。それにこれは
誰しも『これは遊びだ』という事には納得できていない。
しかし、紅色の龍はさらに言葉を続ける。
「私は倫理監査AI
このシステムに関して、今後どうすればいいのだろうかと。
両親の創ったシステムは決して悪用するためのものではない。両親の思いを無駄にしたくない。
「まず、イピトAIの被験用に集めたデータを精査し、受け取るべき相手に渡します。そして、イピトAIは本来の目的通り医療用に転用します。次にUbfOSはPCゲーム用のプラットフォームに改良します。フルダイブシステムは廃止し、機能制限した汎用型のイピトAIと感覚共有し、イピトAIが体験したゲーム世界を脳に転用させる覚醒型のゲームを目指したいと思います」
倫理監査AI紅が
「ハルトよ。まだまだ粗削りではあるが良い判断だ。被験者でイピトAIが構成できる段階までデータ採取ができているのは、そこにいる鈴菜の母親の鈴子だけだ。倫理監査連としてハルトに条件提示がある」
倫理監査連から
医療転用する場合、イピトAI運用の具体例を挙げる事。
これは、実質上無期限での課題で、具体例が倫理監査プラグラムの承認を得るまで、例外を除くイピトAIの新規作成を禁じられる。
次に、前述の例外処置である鈴菜の母親のイピトAI生成は
この技術はまだ世間に公表できる段階ではないため、閉鎖的領域での展開とAI学習の制限を設ける事だった。
詳しい倫理指示書は、追って
「倫理監査は、後はいくつあるの?」
「二つだ。今回の監査の結果、次の段階に進めることになった。次の挑戦を待っている」
---続く---
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