10 あったかいね!
それから数日が経ち――またスカイが学校を休んだ。
放課後、私はロボくんと二人で、スカイの家に向かっている。
私のスマホに、スカイからメールが届いたのだ。
『春世。ちょっとヤバいことが起きた。力を貸せ。ロボも連れてこい』
「ねぇ、ロボくん」
歩きながら、私はロボくんに言う。
「はい。何でしょう、鈴木春世さん?」
「スカイって、何様なの? なんでいつも命令口調? 裏山の神様って、そんなに偉い?」
「まぁ、許してやってくださいよ。スカイにはスカイのプライドがあるんです。その、神様としての」
「スカイのプライド? 必要ないでしょ、そんなの」
わりとキレ気味で、私はスカイの家までの山道を登る。
山小屋に到着し、中に入ると、スカイの姿はなかった。
「ちょっと、どういうこと? 何なの、あいつ? 私たちを呼びつけておいて、本人がいないとか!」
「おかしいですね。何かあったんでしょうか?」
「きっとアレだよ。もっと偉い神様に呼びつけられて、説教されてるんだ。『スカイ! お前は大したことないのに威張りすぎだ!』みたいな」
「ふざけたこと言ってんじぇねぇぞ、お前ら! こっちだ、こっち!」
突然、私たちの足もとから、そんな声が聞こえてくる。
わずかに持ち上げられた床のすき間から、スカイの顔が見えた。
えっと、スカイ、何?
どうしたの?
顔から血が出てない?
ひょっとして、ケガしてる?
「そんなとこで何してるの、スカイ? って言うか、この山小屋、地下室まであるわけ?」
「すごいな、お前! オレのこの顔を見て、第一声がそれか? 違うだろ! 『ヤだ、スカイ、大丈夫? 痛くない? こっちに来て。私のヒザに頭を乗っけて。治療してあげちゃう』。これだろ、フツー、おい!」
「なんで私があなたにヒザまくらしなきゃなんないの……」
「ところで、スカイ。どうして地下室なんかに隠れてるんですか? ヤバいことが起きたって、一体何が?」
ロボくんが聞くと、地下室の扉を開け、ようやくスカイが上に出てくる。
キョロキョロと、左右を見回した。
彼の顔、腕、マジで血だらけ。
「敵の襲撃だ」
「敵の、襲撃?」
私は、首をかしげる。
だけどスカイは、真顔でうなづいた。
「ヤツは今朝、突然現れた! そしてなぜか家の中をめちゃくちゃにし、オレを攻撃してきたんだ!」
「敵って……そんなの、一体どこにいるの?」
スカイんちの囲炉裏の部屋を、私とロボくんは確認してみる。
しーーーーーーーん。
えっと……誰もいませんが?
その時、どこからかガリガリガリという音が聞こえてきた。
そちらに目をやると、少しだけ開いた窓のすき間から、何かがひょっこりと顔を出してくる。
その子と私の、目が合った。
数秒間、私たちはジッと見つめ合う。
「ね、猫ちゃん?」
「にゃあ!」
私の声を聞くと、その子猫はものすごい勢いで家の中に入り込み、私の足にしがみついてくる。
しゃがんで手を広げると、私の腕の中に全力でジャンプしてきた。
な、何、この猫?
真っ黒な子猫。
って言うか、なんでこんな、いきなり私になついちゃってんの?
黒い子猫は、なぜかものすごく気持ち良さそうに、私の胸に頬ずりしてくる。
「ロ、ロボくん。この子猫、なんでこんな、いきなり私になついてるんだろ?」
「あぁ。なるほど」
「何が? なるほど?」
「鈴木春世さんは、その子猫に見覚えはありませんか?」
「見覚え?」
子猫を床に下ろし、私はその子の顔を見つめてみる。
うれしそうに、ワクワクした表情でこちらを見上げる、黒猫の瞳。
尻尾がクネクネとしてて、まるで書きかけのト音記号みたい。
って……ト、ト音記号?
「こ、この子……もしかして、あの時の……」
「生まれ変わりが早いですね。おそらくあの黒猫は、死後数十年経っていたのでしょう。ずっと空の向こうに行くことができず、あの駄菓子屋のあたりをさまよっていた。そして今回、空からこちらに戻ってきた。まるで雨のように」
「黒猫ちゃん。あなた、ホントにあの時の黒猫ちゃん?」
私は、そう声をかけてみる。
すると目の前の黒い子猫は、「にゃあ」とうれしそうに鳴いた。
「す、すごいよ、ロボくん! 世界ってマジですごい! こんなことって、ホントにあるんだね!」
「良かったですね、鈴木春世さん。この子がまた会いに来てくれて。これからはいつだって会えますよ」
私とロボくんは、ほほ笑み合う。
だけどスカイは、一人だけシラケた顔で私たちに言った。
「いや、なんか、実に感動的なシーンのようだが……この子猫がこないだのヤツの生まれ変わりなら、なぜオレのとこに来る? フツー、春世んちの前に置かれたダンボール箱の中から『にゃあにゃあ』じゃないのか?」
「ごめん、スカイ。ウチ、パパもママも猫アレルギーなんだ」
「計算ずくでオレんちに来たかよ! 何だ、この黒猫! ムダに利口だな、おい!」
スカイのボヤキに、私とロボくんは笑う。
猫のひっかき傷だらけの顔で、彼はロボくんに続けた。
「おい、ロボ。まぁ、このキャッツのことは、ひとまず置いておこう」
「キャッツ……なぜ、複数形なのですか?」
「そんなことはどうだっていい。とりあえず、オレのこの傷を魔法陣で治してくれ。傷は浅いが、地味に痛い」
「わかりました」
もう一度子猫を抱き上げ、私は思いっきり抱きしめてあげる。
黒猫ちゃんは、気持ち良さそうに目を閉じていた。
黒猫ちゃんの体、とってもあたたかい。
この子、生きてるよ!
今度こそ間違いなく、この子、生きてる!
あなた、私に会うために、この世界にまた降ってきてくれたんだね!
「ところで、鈴木春世さん」
部屋の隅っこで魔法陣を描きながら、ロボくんが言う。
私は「ん?」と、黒猫といっしょに顔を向けた。
「その黒猫さん、たぶんこれからスカイが面倒を見てくれると思うのですが……名前は何にするのですか?」
ロボくんの言葉に、スカイが「はぁ?」と傷だらけの顔をゆがめる。
「おい、ちょっと待って、ロボ! なんでオレが、こんな猛獣といっしょに暮らさなきゃなんない? そこらへんに放っとけばいいだろ!」
「そうだね。名前を決めなきゃだ」
「春世も! なんでそんな、フツーに、サラッと、当たり前のように――」
グダグダ言ってるスカイをシカトし、私は考える。
生まれ変わったこの子。
私のそばに雨のように降ってきてくれたこの子。
この子のカラダから伝わってくる、とても素敵なぬくもり……。
「この子の名前は――ポカポカだよ! 今日から、ポカポカ! だってこの子のカラダ、めちゃくちゃポカポカしてるんだもん! あったかいね! 生きてるね!」
その言葉にほほ笑み、ロボくんが「良い名前ですね」とうなづいてくれる。
スカイはあきらめたようにそこに座り、「ったく……」と深いため息をついていた。
ロボくん、世界は素晴らしいね! 一二三ケルプ @Hiromi_Kibune
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