第51話 その世界、とても複雑につき危険



「あら、ルイーズちゃんなら飛竜くらい倒せるわよ。兵を出す事は難しいけど貴女が友達を助けに行く為の準備なら手伝う事が出来るわ。どうする?」


お姉さまの答えはとてもあっさりしたものだった。拍子抜けしながらも返事をする。


「お願いします。」


「2つだけ必ず約束してちょうだい。エリクサーを4本あげるから、どんな状況でも最後の1本を使う前に帰ってくる事、人前と寝ている時は胸当てを外さない事。出来る?」


「もちろんですわ」


「バトラー家にも伝えておくわね。茶色の髪の染め粉を用意するから使ってバトラー家の親戚として行きなさい。あと袖無しの服を用意しておくから胸当ての上に着てこれもなるべく脱がないようにしなさい」


「わかりました」


私の返事を満足気に聞くとお姉さまは微笑んで言った。


「そうそう来週の合同交流会、筆頭公爵として生徒たちを激励する役割を賜ったの。ファーストダンスはルイーズちゃんと踊る予定だからそのつもりでね」


そして私のダンスの猛特訓が確定した。



怒涛の1週間を終えて合同交流会の為に式典用の制服を着てお姉さまと会場のある魔法科学専門校に向かっていた。今日のお姉さまは紫の地に黒と金と黄緑の総刺繍のドレス、金の肩章が着き、襟に家紋の入った黒のインペリアルマントを羽織り、肩から勲章を掛けていた。公爵としての格好をして私の参加する会に出てくれるのは嬉しくも誇らしくもあり、同時に10年でこんな素敵な人物になれるのかという焦りを感じた。


陛下、各学園長、お姉さまの御言葉が終わり、会場の中心でお姉さまと向かい合う。お姉さまの手を取り、曲が始まって脚が動いて…。


そしてお姉さまと目が合った。


「成長したわね、ルイーズ」


「そうなのでしょうか……?」


「ええ、もちろん。何か不安かしら?」


「………わたくし、この学園に通うまで家の外の世界の人の事、見下していたんですの。なぜ、手順も踏まず喚き散らす事しか出来ないのかと。でも外の世界に出てみるとそんな事ほんの小さな出来事に過ぎなくて、正しいか正しくないかは後から自分で判断するしかないと……」


お姉さまは言い淀む私に穏やかな表情で続きを促す。


「それで、わたくしは家の中の事しか知らなかったんですの。自分の感情の事も知った気になっていたんですの。本当はもっと沢山の事を知らなければならないのに。そうで無ければ、約束を果たせない」


「ねえ、ルイーズ頑張りすぎじゃない?とっても心配だわ」


「でも、お姉さまは出来ています」


「貴女とわたくし、10も歳が違うのよ?あと、わたくしが寂しいからもっとゆっくり大人になってちょうだい?」


10年後に私がお姉さまと同じくらいに配慮が出来る人物になっている想像はつかなかった。


お姉さまはスルリと私をたてるリードのステップをする。曲は穏やかに進みお姉さまの技術は巧妙に音楽の陰に隠れていった。


「…お姉さまは、」


お姉さまは全部、経験したのだろうか?抱えているくだらない感情の処理について悩むだなんて。弱くなったと感じる自分の意志を見下すしかないだなんて。


私が家の中しか知らなかったときには考えなかったこの感情はお姉さまも経験したのだろうか。


会場を彩るシャンデリアに照らされて声に出せない私の疑問を知っているかのようにお姉さまは微笑む。


「ねえ、ルイーズ。この3ヶ月で貴女が見る世界はいきなりとっても広がったわ。確かに貴女の目指している場所はもっと広い場所だろうけどお父さまもお母さまもわたくしも味方だから大丈夫。それに、貴女が手を差し伸べた人もきっと貴女の力になってくれるわ」


曲の終盤、お姉さまが私に重心を預けるように、少しいじわるなターンをする。私が咄嗟に力を入れて支えるとお姉さまはイタズラっぽく微笑んだ。


周囲から感嘆のざわめきが起こる。


「ほら、わたくしの後ろを付いてまわるだけだったルイーズがいつの間にか、わたくしを支える事が出来るようになってる」


「お姉さま…」


「ふふ、声の高さ戻ってるわよ」



曲が終わる。


無遠慮に突き刺さる、羨望や崇拝そして嫉妬の感情。一度は家の中とのあまりの違いに驚いて逃げてしまった。でも実際の外の世界はそれだけじゃ無かった。この世界と私は向き合っていく事になるんだ。


お姉さまが押し寄せた人混みに笑顔で対応していく。私はいつの間にか近くにいたアイザックによって会場の隅に救出された。


アイザックに連れられていくとベンがリズリー派のクラスメイト達と談笑していた。そう言えばあの騒動の後から私達3人に話しかけてくる人は増えたように思う。


「ルイーズ、お疲れ様。」

「ありがとう。」


この3ヶ月間で大した事が起こらなかったような、とても大きな変化があったような相反する2つが両方とも頷けるような不思議な感覚がした。


会場の中央を見れば人混みに紛れて頬のガーゼがとれたセン殿がロゼッタ嬢と踊っている。


感傷に浸りながら私は2人に取り止めもない事を言った。

「2人とも、これからもよろしく」

「もちろん。」

「…ああ。」


さあ、明日からは飛竜討伐だ。


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