第4話 始まり
柔らかな風が頬を通り過ぎる。
背の高い草達が風に揺られているのを眺めた後、目を閉じて深く呼吸をした。
村から帰ってきて何もすることがないと、二階の窓辺に椅子を置いて、こんな風に過ごすのが日課だった。
「この窓からの眺めいいよね~!」
後ろからラフィの明るい声と足音が近づいてきて空気が一変する。思わず盛大なため息をつくと、じとっとした目でラフィを見た。
「……で、あなたはいつ出て行くわけ?」
昨夜、ラフィは屋根の修理を完了し見事元通りにした。まるで、ラフィが落ちてきた出来事すらなかったかのように。
そういうわけで、昨日のうちに出て行ってほしいと頼んだら、疲れているからまた明日と言われ、仕方なくその日は黙っていた。それなのに今日、辺りが夕日色に染まってきても微塵も出て行く素振りを見せない。
私の問いに、ラフィは私から目を逸らしながら口を開く。
「あー……。私、実はここ出たら行くところないんだよね~。家もないし、お金とか魔法学校卒業するときにもらったバッジも途中で落としちゃって」
そこまででなんとなく、この後何を言われるのか予想がついた。
「できれば、このままここに住まわせてもらえないかな~って思うんだけど……ダメ?」
きっと、以前の私なら即刻断っていただろう。
けれど――今日交わしたミーシャさんとの会話を思い出す。
「そういえば……例の、屋根を壊した魔法使いも気に入ったみたいです。アップルパイ美味しかったからそう伝えるようにって言われました」
自分の感想を言った後、また食べたいと言っていたことは省略して伝えた。
「あら、それは良かった。じゃあ、また多めに作るわね」
「あっ……その人の分は、今日出て行ってもらうので大丈夫です」
「えっ、修理が終わったらってことだったけど、もう終わっちゃったの?」
「はい。……今日からはまた、静かに一人でいられるので、せいせいしてます」
少しの間があって、ミーシャさんは穏やかな表情で私を見る。
「本当は、そうは思ってないんじゃない?」
「……そう見えますか?」
「ええ。なんだか少し、寂しそう」
私が何も言葉を返せずにいたら、ミーシャさんは私の肩に優しく手を置いた。
「レリアさんには後悔してほしくないから……もう一度、考え直してみて」
私はとある出来事の後、この先ずっと一人でいると心に決めた。
だけど……何故だろう。ラフィを見ていたら、そんなことどうでもいいと、過去は過去なのだと、そう言われている気がして……心の奥底が疼く。
床に向けていた視線を上げると、猫みたいなくっきりとした瞳がまっすぐ私を見ていた。
「……あなたが他へ住む目処がつくまでは、いいわよ」
「やったー!って、いずれは出て行かなくちゃいけないって事?」
「当たり前でしょ、ずっとなんて嫌」
「えー、いいじゃんこんなに広いし部屋も余ってるんだしー」
「それとこれとは関係ない」
「一人が好きとか言ってたけど、本当は寂しかったくせにー」
「寂しくない」
ラフィの肩まである、もさもさとした淡いピンク色の髪を、オレンジ色の夕日が照らしてグラデーションを作る。それがとても綺麗で、急に自分以外の誰かの存在を大きく感じて、涙腺が緩みそうになった。
「……これからは別に、用があれば話しかけてきていいから」
「うん、用がなくても話すね!」
「ちょっと、人の話聞いてた?」
「聞いてたよ。構ってほしいってことでしょう?」
呆れてため息をつきそうになったけれど、眩しいほどの笑顔を見ていたらそんな気も消え失せた。
「……今日からよろしく」
私から手を出すと、嬉しそうに両手で包み込まれる。
「よろしくね!」
明日からまた、ラフィといたら想像もつかないことが起こるかもしれない。そんな日々もまあ、悪くないかな。そう思える今が、不思議と心地良かった。
一人好き魔女と楽天家魔女、スローライフもどき 星乃 @0817hosihosi
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