劇しかりし者

真花

第1話

「あなたの言っていること、セリフにしか聞こえない」

 ベランダの欄干に真実子まみこは座って、足を外に投げ出している。上半身を捻って僕を睨み付ける。真実子の後ろの空が薄くどこまでも続いていて、今にも真実子を吸い込んでしまいそうだ。

「本当の声なんてない。そんなんじゃ、私、嫌だよ」

 どうしてそんなところにいるんだ。思うのに声にならない。近付こうと足に力を入れるのに微動だにしない。鼓動が駆けて、汗がじっとりと噴き出す。どうにかしなくてはならない。真実子を欄干から下ろさなくてはならない。それなのに、真実子の声を聞くことしか出来ない。

雪太ゆきた、役者やめて。そう約束してくれないなら、私、飛ぶ」

 僕は強烈な光を照射されたみたいに固まる。

 嘘でもそうすると、役者らしく演じるべきなのか。約束をして破ったらきっとまたこの状況になる。役者をやめろと言うのは僕に死ねと言うのに等しい。考えが同時に頭の中を走って、応えることが出来ないで、沈黙と、困惑した視線だけを真実子に返した。真実子は正しい答えを待って、すんなりと待ちくたびれて目の輝きを失う。

「それが答えなのね。……じゃあ、さよなら」

 真実子はすべり台を滑るみたいに自然に欄干から身を投げた。同時に僕は駆け出して捕まえようとしたが間に合わず、欄干に両手を突いて真実子が落ちて行くのを最後まで追い続けた。想像していたより長時間真実子は空中に滞在していた。地面に真実子が当たったとき、カーン、と高い音がした。僕はその音で我に返り、全速力で真実子のところに向かった。

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