第39話 楽しいキャンプ

「違う、これは私の知っているキャンプと違う……」

 呆然として、アマンダは気持ちを吐露する。


 リアルパルクールを経験して、目を回していた。

 だが……


「遅れているな」

「ああ、ここまで使えないとは思わなかった」

 子狸にまで言われてしまう。


 木から木へ飛んでいるときに、足が遅れた。

 当然次の木では、着地が間に合わずぶつかる。

 すると、颯司は空中で引っ張られて、ぐえっとなる。


 無言で戻り、再び走り出す。


 数度それを繰り返すと、今度は地面を走るが、アマンダは転がりまくる。

 きちんといければ、圧倒的に樹上を移動する方が早かった。


 それで今、谷を越えられず落下である。


 適当に魚を捕まえつつ、昼食中。

 天気そして環境。

 火を焚き、焼かれているアマゴ。


 実に爽快である。

 川の側にはアブがいるが、風は涼しくそれは優しい。

 打ち身でボコボコになり、息をするにも死にそうになっていなければ。

 汗で、体中に落ち葉の屑や蜘蛛の巣そんなものが体中にくっ付いていなければ……


 颯司達は、汗もかかず、さっきまで川に入り、手づかみで魚を獲っていた。

 そうそこだけを切り取れば、楽しそうな光景。


 だけど、移動が鬼畜。

 ついていくのは、人間には無理。

 だけど二人は、地図を見ながら、ルートを決めている。


「安全にと思ったけれど、真っ直ぐだな」

「そうだな、直登ちょくとうしかない」

 そう言って二人が、こっちを見る。


 体が、思わずビクッとする。

 なぜか、逆光の二人、顔が鬼のように見えた。

 笑っていないよね……


 その頃、朱莉も全力疾走中。


 その数キロ後ろを、雫も走る。

 親達は、見えない…… いやあそこの屏風岩を、重力に逆らい走っているのが親だ。

 恐ろしい事に、山あり谷あり、都合三十キロの道を、二時間ほどで走破する。


 目的地は、山頂の社。


 そこには、風祭家のご本尊が祀られている。

 祖霊舎それいしゃの裏にあるのは、変わった輝きをする水晶球。

 そこの脇に、コロコロと小さな結晶ができるのだが、それを体に埋め、馴染むことで風と繋がることができる。


 一見無防備だが、家の者以外が近寄ると、風が巻き、その生き物は、土に帰る事になる。


 そう各家、祀る本尊がいくつかあり、その場所は巨大な六芒星となり、町を守っているのかいないのか?

 それのおかげで、竜脈から力噴き出して、たまに混乱を起こすともいえる。


 まあ今日はそれを、お祭りをするのと、アマンダ用の結晶を取りに来たのが目的。

 ご近所さんと挨拶をするのに、夏と冬「キャンプですの」と言っていたからキャンプとなっている。


 アマンダの知っている日本のキャンプは、自然の中でテントを張り、皆がカレーを作りうふふ、きゃははと楽しんだあと、たき火を見ながら友人が告白をしあう。

 そんなどこかの漫画で読んだ情報。


 そう、出かける前の装備は、テントやシュラフ寝袋、炊飯道具などを見た。

 ああキャンプなんだと、テンションマックスだった。


 だが実際は、『いくぞ』そう言った瞬間、木の上にあっという間に駆け上がり空を飛ぶ。

 たしかに、憧れた世界……


 でも、自分は人間なんだと実感をした。


 人は、それを飛べない。

 ああこの空を飛べたら、いつかそんなことを考えたこともあった。

 でもだめよ、人間は、落ちるのよ。

 下半身がぞぞっとして、お尻の穴がきゅっとなる。

 

 短距離の紐無しバンジーを繰り返すのは、無理……


 そして、死の宣告。

 優しい顔で、颯司が手を伸ばしてくる。

 なんてステキなシチュエーション。

 年下だけど、かまわない。


 だけど、手を引かれ、ガシャっと音がする。

 カラビナが、私の腰につけているハーネスにつけられる。

 ロープで結ばれ、大自然の中で引かれるのは嫌いじゃない。


 なんなら、裸で首輪をつけリードで繋がってお散歩とか……


 だけど、今から始まるのは、ミリタリーの訓練よりきっと過激。


 ゆっくりと走り出し、どんどん加速していく。

 視界の中で、景色は溶け出し、見える範囲はどんどん小さくなる。


 颯司が注意をしてくれる、そのすぐ後には、木の枝とかがやって来る。

 必死で避ける。


 だけど、三分もすれば息はできなくなり、足が動かなくなる。

 避けられていた木は、避けられなくなり、パシパシと小気味よい刺激を私に与えてくれる。


 ああ、それは、私に新しい世界を教えてくれる。

 痛みが消える瞬間、少しジーンとした何かを残す。

 そんなものに浸り、酸欠の中。

 気がつけば、私は空中を泳いでいた。


 いつの間に、意識が無くなっていたのか、颯司はお猿さんのようにて足を使い、私をぶら下げたまま、ぐんぐんと壁を登っていく。


 目の前には、二メートルほどせり出したオーバーハング。

 颯司、そこはいけないわ。

 だけど彼は、私が嫌がっても強引にすすんでいく。


 ああっ、そんな所に手を…… 普通使えないような、狭い隙間に指を入れ、強引にこじ開ける。

 だめなはずなのに、無理だと思うのに彼は笑顔で言うの。

「大丈夫だから、俺に任せて」

 

 私はまるで、空を飛んでいるよう。

 ロープで吊るされ、体に食い込むハーネス。

 ああ今日、私は新しい世界を知った。

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