第14話 伊勢の海賊②

「ナギよ。表の暖簾のれんを下ろして来てくれ」

「今日はもう早じまいだ。店を閉めるぞ」


 玄爺が気荒な口調で指示を出す。

 心得ている様子でナギが急いで玄関口に駆けていく。


「ちょっと」

「何よ。あんたたちっ!」


 暖簾をしまいにナギが店から出て行った矢先、店の外でナギの大きな声が聞えた。

 ナギの体を店の中に押し戻すように数人の男たちがゾロゾロと店の戸口から入ってくる。

 よく日に焼けた男たちだ。麻布の生地を合わせて縫った丈夫な着物、袖や裾を短めに仕立て、太いねじり帯を腰元で締め上げている男たち。

 肩までまくった着物の袖から見えるごつごつとした腕の筋肉や大きく開いた襟からのぞく胸筋が際立って見える。

 腰帯に合わせているのか、額に巻いたねじり鉢巻きをするのがこの男たちの目印だろうか。


 店に入って来た男たちの群れの割って、一人の男が入って来た。


 茶筅結をした目つきの鋭い男。群れの中でもひと際、偉丈夫そうな男でる。

 その男は我が物顔で手下どもが空けた真ん中の席にドカリッと座る。

 続いて二人の男が座り、取り巻きの男たちが立ったまま回りを囲んだ。


「ミナト、お前は顔を出すな」


 玄爺がミナトに一言いうと男たちの前に進み出ていった。

 

 ナギの険しい顔がそこにあった。


「お前たち、また来たのか」

「何度来ても答えは同じだぞ」


 玄爺が低く圧の効いた声で、目の前に座る男に言い放つ。


「儂はもうここらの自治会長じゃねえ」

「儂の権限では、どうのこうのと決められん」


「それに、この宿場町を仕切る商人組合はそう簡単にお前たちの要求を認めんぞ」


 男は太い腕を組み、玄爺を見返した。


「ふんっ。それは知っている」

「何でも、ここらの商人組合とやらは、未だに織田方にはこびを売らず独自の商売をしているそうだな」


「それにな。組織うちの年寄りどもから、あんたの噂をきだぞ」

「この辺りじゃあ、かなりのらしいじゃねえか」


「前にも言ったが、俺らもこの宿場町で活動したくてな」

「まあ、この町で拠点となる店が欲しい訳よ」


「あんたが協力してくれりゃ話しが早え」

「何もこの店を全部奪おうと言う訳じゃねえ」

「この店が気に入れば、俺らの常連宿にしようってだけだ」


 男は机に片肘をつき、顎に手をやると玄爺の目を見据える。


「あんたっ。何を勝手な事を!」

 思わずナギが大声を出す。


 ふっ。男はナギに目線を流すと口元をニヤリとあげた。


「お前が俺の嫁になれば、こんな古臭い旅籠は潰してもっと稼ぎのいい店にしてやるぞ。そこでお前は店の女将をやればいい」


「お前には贅沢な暮らしをさせてやるぞ」


「姐御っ」「お願いしやすっ」

「にゃはっはっはっ」


 と男の後ろに控えていた男たちから黄色いあざけた笑いが起こる。


「誰がっ。あんたなんかの嫁になるかっ!」

 ナギが眉間にしわを寄せ声を上げる。


「相変わらず、威勢がいい女だ」

「ますます気にいったぞ」


「言っておくがな。俺ら国から認可をもらった鯨突きだ」

「まあ色々と、は聞いているだろが……」


 男はギロリッと目を剥くと拳を握り込んだ。


「こんな小さな旅館なんざぁ。あっという間に瓦礫の山にする事もできるんだぞ」


 その時―――。


「痛ったったたっ!」


 店の隅で悲鳴が響いた。


「痛てえっ放せこの野郎っ!」


 後ろ手を取られた大男がのけぞった姿で甲高い悲鳴をあげる。

 そのまま大男の体がゴロリッと土間に転がった。


「お、お前っ何しやがる!」


 周りに居た男たちが一斉に憤怒の声を上げた。


「くうおっらあああ!」「何するんじゃあ」


 土間に転がった大男は立ち上がり、ミナトめがけて突進する。


 しかし、突進する大男がミナトの横をすり抜けたかと思った瞬間。その巨体が宙に舞い、鈍い音をたてて地面に叩きつけられた―――。

 

 土間に大の字に倒れた大男の前に、背丈半分ほどの青年が無表情で立っている。


「ミナト?!」

 驚いたナギの肩がビクリッと跳ね上がる。


 明らかに考えられぬ状況に男たちは皆、口をつぐんだ。

 

 仰向けになった男のあえぐ微かな声だけが聞こる。

 水を打った様に店は静まりかえった―――。

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