第15話 伊勢の海賊③
「おい、おい、おいっ」
「面白れぇ。他にも生きのいい奴がいるじゃあねえかあ」
「お前。初めて見る顔だな」
「団長っ」
玄爺と話してした男は立ち上がると、手下たちを押し退けミナトの前に立ちはだかった。
偉丈夫な男だ。団長と呼ばれた男は、頭一つほど低いミナトの前に立つと上から見下ろす。その鋭い目でミナトの風貌を吟味するように視線をはわした。
目を細めニヤリと笑うと獲物を発見した表情で舌をなめた。
「あぁぁぁ」と小さく声を漏らすと首や肩関節を鳴らす。
瞬間。
男の拳がミナトの顔をかすめる。
―――パンッッッ。
何かが弾ける。
「くりゃあぁぁぁぁぁぁ」
振り上げた拳がミナトの頭上から、覆いかぶさる様に襲う。
右の拳。左の拳―――。
―――拳を放ったはずの団長の片膝がガクリッと地面に落ちた。
「な、何いっ?」「だ、団長っ」
周りの男たちが一斉に声をあげた。
片膝をついた団長の体が跳ねた―――。
懐から突き出された右の拳がミナトを壁際まで吹き飛ばす。
今度はミナトが腹を押さえてうずくまる。
「面白れぇ」
「この旅籠っやっぱ面白れぇ」
団長と呼ばれた男は、高笑いすると背筋を広げ、大きく腕を広げると手を打った。
「俺ぁ退屈してたんだっ」
「ちったあ楽しませてくれよおぉぉぉぉぉ」
立ち上がろうとするミナトに拳を浴びせる。
続けざま容赦無く放つ拳や蹴りがミナトの体を左右上下に揺さぶる。
と、団長の体が大きく後ろに飛び退いた―――。
「お前っ何者だっ!」
と吐き捨てると団長は大きく目を
◇◇◇
「おいっ。俺の
団長が右手を広げ大きな声で命令した。
張りつめた空気と緊張感が、どよめきに変わる。
「は、はいっ」
後ろに控えていた男が慌てた声をあげ、外へすっ飛んでいく。
「お前。表に出ろやっ」
「ここじゃ面白くねえ。もっと広い所でやろうや」
団長がミナトを見降ろすように目を剥いた。
構えを解いたミナトは立てかけてあった天秤棒を握った。
団長はそれを見てニヤリと不敵に笑う。
店の外に出ると団長の後ろをミナトが無言で歩いていく。
◇◇◇ 対決
対峙する二人。
太陽は西に傾こうとしていた。
海辺の濃い潮風と乾いた日差しが肌を刺す。
駆け戻った男が、腕に抱えた長柄の
見るからに人の背丈の二倍はある長さで、手首ほどもあろう太さの柄だ。
柄の先には黒光りする鋭角な
―――鯨突きの銛。
それは一度でも鯨の巨体に打ち込めば、その分厚い身にも喰いつき、あがいても抜ける事がない片刃の鉤が付いている。
この恐ろし気な
「こりゃあ大物だわぁ」と声を弾ます。
団長は銛の柄を片手で掴むと銛先をミナトに突きつけた。
目を細めるとミナトの風貌を舐めるように凝視する。
フンッと長柄の銛を一振り。風を斬る。
銛の鋭利な刃先がミナトの胸元を横一閃かすめた。
そのままの勢いで長柄を両手で握ると一歩踏み込んだ。
突き放った銛が、ミナトの喉元でピタリッと止まる―――。
「お前、目が良いな……それとも只、動けなかっただけか?」
周りの男たちは、この二人の動きに息を飲み、声を殺した。
◇◇◇
「もうっやめて!」
今にも飛び出しそうになるナギの腕を玄爺が掴む。
「玄爺やめさせて」
「ナギ。お前のその眼力で見ておけ」
「あいつが何者なのか……」
「ミナトの本当の技量をな」
団長が上着を脱ぎ捨てる。
「うおおおおおっ」と、男たちの黄色い歓声が上がった。
日に焼けた、仁王像のような
荒海で鍛えた闘う男のそれだ。
団長は銛で狙いを定めつつ軽快な所作で後ろに後退し、突きの構えをとった。
「俺も伊勢や鳥羽の海じゃあ、ちっとは知られた顔だ」
「伊勢の海賊をっなめっと怪我ぁするぞ」
対する無言のミナト。
握った天秤棒を地面に突き立てた。
首に巻いた
騒いでいた男たちの声が、いつの間にか静かになっていた。
「毘沙門天だ……」
目の前に立つのは、高野山に祀られる毘沙門天の像を思わせる青年。
「俺は団長に
「お、俺もだっ」「団長だっ」
と男たちの声が上がる。
「誰かっあの小僧に
「俺は小僧だ」
「副団っ」
「面白れぇ。奴ならやるかも知れん。団長の連勝を止めるヤツ」
ミナトが天秤棒を構えた。
「何だぁあの構えはっ?」
天秤棒を両手で握ってはいるが、胸元で天秤棒を抱きかかえる。
剣技でいう逆正眼に近い構えを見せる。
「ふっ。熱くさせる奴だ」
「さっそく
団長は銛先を平にねかせ両手で柄を握って構えた。
刃先を地面すれすれで構える下段の構え。
右に回りながら、じわりじわりと間合いをつめる。
石突を中心に大きく片手で回しながら相手を威嚇する。
柄を両手で握った瞬間。突きが繰り出された。
カツンッ。カツンッ。カツン。
胸元で構えたミナトの天秤棒が左右に振れ、正確に刃先を打ち払う。
「おおおおおっ」歓声がもれる。
銛の一突き―――。
繰り出された刃先は同じ速度で引かれ、団長の手に戻る。
ミナトの腹を銛が突き通すように見えた。
ミナトが大きく後ろに跳ねる。
着物の腹辺りが裂け血が滲む。
「ふっ。かわすか」団長が目を細める。
「突くも引くも攻撃」
「あの団長という男。十文字槍、宝蔵院槍術の使い手か?」
「海賊の頭にしては大層なものを身に付けておるの……」
玄爺が口にする。
玄爺は対峙するミナトを目で追い、眉間を寄せる。
「
「自身の過去の記憶は無く、その身に
「古武術の類か……護身術の為に鍛錬する武士は多いが、一線を画して少し異術だな」
◇◇◇
団長が気合の突きを放つ―――。
ミナトが前に出る―――。
銛先を紙一重でかわすと一気に間合いを詰め組ついた。
天秤棒を巧みに操り、そのまま首と肩を決めて投げを打つ。
さらに棒先で腕や肩を絡め捕った。
「ぬおおおおおおりゃあああああっ」
絡め捕られた態勢でなお、ミナトを持ち上げると力まかせに投げ飛ばす。
離れたミナトは体を一回転させ地面に着地した。
「くおおおりゃあああ」
頭上から銛を振り下ろした。
ミナトが天秤棒で一撃を受け止める。
と同時に膝蹴りを喰らわす。
団長は正面から腹筋で受けた。
「全然、効かねえ」
「鯨に比べりゃあ、お前の蹴りなんざあ……」
死角からのミナトの跳び
反射的に身をよじり蹴りをかわす。
そのまま両腕で組みついて投げようとしたが二人は勢い余って勢いよく転んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます