第26話 天下の安土城

「今夜は、天下の安土城を肴に一杯。どうだ?」


 目の前で赤ら顔をした、飛脚の伝助が盃を片手に夜空に浮かぶ城を見上げた。


 一刻ほど前の事。

 ミナトが近江国・安土城下に到着し、街を歩いていると聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

「おまえ。ミナトやなぃかあ?」

「こないな所で何をしとるのやあ」

 

 その聞き慣れた声に振り向くと、飛脚姿の伝助が手を上げた。


 俺は甲賀の里でナギと別れ、まずは予定していた近江国へと向かった。

 ここで数日滞在し、用事を済ませたナギと待ち合わせの予定だ。

 伝助に理由を説明すると「そうか。そりゃあ、お嬢もお前も難儀なことだなぁ」と意味深な言い回しで大笑いしながら背を叩く。

 そして安土城下にある伝助の知る旅籠を紹介してくれ、夕刻から二人して居酒屋で杯を合わせている。


「がはっ。たまげたかぁ小僧っ」

「どうだぁ。このどえりゃぁ安土城はぁ」


 酒が入ったせいか、伝助は尾張なまりにもどっている。

 まるで自分事のように自慢気に鼻を摩り、酒を満たした盃を一気に飲み干した。


 居酒屋の窓から見える巨大な城。

 開け放たれた窓から、安土城の天守閣を望む風景が一望できる。

 

 それは琵琶湖の湖畔に浮かぶ巨大な安土城。


 大手門から城壁、天守閣にかけて無数の灯りが照らされた光の城。

 夜空に輝く月もかすんで見えるほどに、噂どおりの存在感だ。

 なにせ琵琶湖の湖畔に突き出た半島を丸ごと改築し、その半島全体が城となっている規模だ。それはまさに琵琶湖に浮かぶ巨城。そんな城であった。

 

 以前、旅籠に訪れた近江商人が自慢気に話していたとおりだ。

 安土城下には全国から物や人が集まり市や座が解禁され自由商売ができる。今や京や大阪をしのぐ商業交易都市となる繁栄ぶりである。


 天下布武をかかげた織田信長。今まさに天下の覇者としての繁栄をこの近江の地に築いてた。


 酒を満たした杯に映る安土城。杯をあげると感嘆のため息をもらした。


 ◇◇◇


「伝助さんに会えて良かったよ」


 ミナトが伝助の空いた盃に酌をする。 


「俺もな、こんな所でお前と出会うとはびっくりしたぜぇ」


「おおそうだっ。旅人よ」

「旅の道中に何か伝言があれば、飛脚問屋に言付けを渡すといい。街道の宿場ごとに飛脚問屋があってな、俺は仕事で必ず飛脚問屋に立ち寄るからよぉ」

「こいつで俺が何でも届けてやるよ」


 まくし上げた着物の裾から見せる鍛えあげた自分の太ももをピシャリっと打ち、自慢気に鼻をならす。 


「そうだっ」伝助が思い立ったように膝を打つ。

「お前ら京都や大坂にも行くんだろ?」

「今ちょうどな、京都では織田の殿さんが大名たちを呼んで戦勝祝いの行事を盛大にやってるからな、街もえらくにぎわってるぞ」

「ここからそう遠い距離じゃねぇから、足を延ばして行ってみな」


「へえー。じゃあナギと合流するまで一度、京都まで行ってみようかな」


「おうっ。京都の街もこことは違ってなぁ。また、たいそう良いところだぞぅ」


 伝助がニヤリッと口元をあげた。


「俺の馴染みの店を紹介してやるよ」

「お嬢と合流する前に楽しんでおけよ」


「若い旅人よ……」


 上機嫌な伝助が、酒を満たした盃とグイっと一気に空けた。

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