ダンジョンライブ運営で暴利を貪る
夏冬
その日、世界は一変した
その日、世界は一変した――
伊勢神宮の最奥では、そろりそろりと扉が開かれ、和装の少女が顔を覗かせる。
イギリスのストーンヘンジでは、空間が切り裂かれ、そこから甲冑姿の集団が現れた。
ヨーロッパのオリンポス山では、遥か天空へと続く階段が雷鳴と共に出現し。
中国の山奥にある秘境では、雲に乗った老人を見たとの証言が多数、寄せられ。
アメリカのマサチューセッツ州では、誰も知らぬ都市が出来た。あたかも昔から存在していたかのように。
――そして、その時。俺はというと近所の神社にて神頼みをしていた。
「神様ぁ! これが最後、最後の課金なんだ……今月のバイト代は全部、ぜぇーんぶっ、注ぎ込んだってのに。な、ん、で、当たらないんだよぉぉおお、ふぐぅ、ぐずっ」
ま、まだだ。冷静になれ。最後の一万円分のギフトカードに全てを賭けるんだ。
震える指でコードを入力していく。
深夜、もはや不審者と化した俺に怖いものはない。いや、嘘。すり抜けだけは止めてくれ……
「頼む! うおおおおお!」
近所迷惑? いいんだよ。田舎の神社で、周りは田んぼだらけ。課金によるドーパミンは魂の叫びとなり神の社を震わせる。
そんな幻覚が見えるくらいに、俺はハイになっていた。
「お、おっと」
興奮しすぎたか、ちょっとクラっと来た。
そのまま姿勢を崩して尻もちを着いてしまった。
「あれ、もしかして地震か?」
地面への接地箇所が増えたからか振動がよく伝わってくる。
「て、やば。めちゃくちゃ揺れてるじゃん」
どうにか立ち上がるも、あれよあれよと振動に足をとられ、辿り着いたのは小さな社。
「おっととと、うおっ!」
危ない、と咄嗟に近くにあった御本尊らしき石像に手を伸ばしてしまう。
「あ」
視界がスローになった気がする。やばい、と思ったものの勢いは止まらず、石像はゴロンと台座から転げ落ち、重たい音を立てて綺麗に砕けてしまった。
そして、揺れが収まると同時に――視界は光に覆われた。
「眩しっ。あっ……目、目があああ」
とりあえず、人生で一度は言ってみたかったセリフを一つ消化し、落ち着こうと試みる。
『ダンジョンボス:名も無き荒御魂を倒しました』
『レベルアップしました』
『レベルが上限に到達しました。進化先を選択できます』
『ランクアップしました』
『ランクが上限に到達しました。より上位のジョブを選択できます』
『スキルを獲得しました』
『称号を獲得しました』
『ダンジョンが現れました』
『対抗措置としてシステムが更新されます』
『ステータスが実装されました』
『これにより名称:地球は次のステージへと進みました。魔力が利用可能になりました』
「ス、ステータス?」
日比野大和
人族 進化先選択可能
レベル 一〇〇
ジョブ 無職X 進化先選択可能
スキル
ダイスの女神の嘲笑
称号
神殺し 背神者 最速到達者
目の網膜に焼き付けられたかのように、浮かんできた文字列に頬を抓る。痛い、多分夢じゃない。
冷静に、冷静に、そうクールになれ。
上から確認していこう。
人族、これは分かる。俺は人間だ。進化先ってなんだよ。
→超人族
獣人族
森人族
魔人族
山人族
神人族
意識すると画面が切り替わった。
なるほど。試しに超人族はどんなもんだ?
超人族
人族の進化先。能力全般に大補正。
レベル上限が一〇〇〇まで開放される。
ええと、人族の進化先でレベルの上限がアップ?
獣人族
元となる種族により補正が異なる。得意とする能力に中補正。
森人族
主に自然系魔法に秀でる。魔法関係の能力に中補正。
魔人族
元になる種族により補正が異なる。得意とする能力に中補正。
山人族
生産技能、身体能力に秀でる。器用さ、体力に中補正。
神人族
称号<神殺し>により選択可能。
神を殺せる者は、もはや神に変わりない。
神力の解放。権能を一つ獲得。レベル上限が一〇〇〇まで開放させる。
これはどれを選べばいいか一目で分かるな。
次はジョブ。
→ニート
戦士
魔法使い
学生
背神者
ニート
ニートの本分とは働かないことである。
経験値を得る行動全般にマイナス中補正。
動かないでいると経験値を極小量獲得できる。
戦士
戦闘系技能に小補正。
魔法使い
魔法系技能に小補正。
学生
獲得経験値に極小補正。
背神者
汝、信ずる神の意に背く者。
信仰系技能に中補正。
信仰系技能の耐性にマイナス大補正。
なんとも困る選択肢だ。おそらく最初から選べるであろうものが三つ。戦士、魔法使い、学生。
デメリットがないがメリットが薄い。
行動によって現れたのが二つ。ニート、背神者。メリットが大きいがデメリットがそれ以上に大きい。
これはしばらく置いておくのが無難かな。別の選択肢が出てくるかもしれない。
次はスキル。
これは一つだけだ。
ダイスの女神の嘲笑
決定的成功、または致命的失敗に該当する行動を起こした時、次の行動が決定的成功、または致命的失敗のどちらかになる。この効果はこの効果によって発動した決定的成功、致命的失敗をトリガーに発動しない。
ふーむ。ややこしいテキストだ。どっかのインフレしたソシャゲとかTCGみたいな効果だな。
単純に言えばクリティカルかファンブルを起こした次の行動がクリティカルかファンブルで確定すると。
で、スキルの効果で起きたクリティカルかファンブルではスキルが発動しないってことだな。
なーるほど。大分、状況が読めてきた。
さて、残すは称号の確認だ。
神殺し
神に属するものを殺した証。
神に属するものへの攻撃に大補正。
神に属するもの、信仰系に属するジョブを持つ者からの初期好感度にマイナス大補正。
背神者
信仰していた神を裏切った証。
神に属するものからの初期好感度にマイナス極大補正。
最速到達者
人類の先駆者。
敏捷に大補正。
オーケー、だいたい理解した。
経緯はこんな感じだ。
まず、地震と光はこのステータスとダンジョンが地球に実装される余波だった。
俺のガチャの引きが致命的失敗と判定されたのでスキル<ダイスの女神の嘲笑>が発動。それによってダンジョンボスになるはずだったここの社の御本尊を落として割ってしまう。丁度、そのタイミングでダンジョンボスとして実体化した神様はバラバラに砕けていて討伐扱い。
本来、格上の相手に決定的成功を引いて討伐したので爆発的にレベルアップした。
俺TUEEEE系ラノベの導入かな?
うーん、よくよく考えると、これって割と不味い状況だよな。
多分さぁ、地上にはモンスターが溢れ出してくるだろ。そしたらソシャゲはサービス終了するし、俺はガチャが引けなくなるわけだ。
それを解決するために俺がダンジョンに潜りまくるにしても、世界中にダンジョンが存在するわけで。高校生である俺にできるのは、せいぜい市内を回るくらいだろ。
あとは、異常な強さがバレて政府から監視対象になったり、家族を人質にとられて悪いやつの言いなりにされたり、口だけは大きい民衆に詰め寄られて奉仕活動を強制されたり……うーん、考えるだけでも嫌になってくる。
「ま、情報もないのに考えても仕方ねえな!」
俺の長所は行動が早いところだって、よく言われる。
下手な考え休むに似たり。
「ポチっと」
まずは進化をしてみよう。
『神人族に進化しました』
『神力が解放されました』
『神の干渉が排除されます』
『スキル【ダイスの女神の嘲笑】は神力に還元されます』
『権能を獲得します』
『現在、空位の権能は【ステータス】のみです。自動的に選択されます』
日比野大和
神人族
レベル 一
ジョブ 無職X 進化先選択可能
スキル
権能 ステータス
称号
神殺し 背神者 最速到達者
ほーん。
権能なんて言っているけど自由に何でも出来るわけではなさそうだ。
どうやら神力なるエネルギーを利用して権能に関係する現象に干渉することが出来るみたい。
次はジョブの進化なんだが、進化先がいまいちパッとしないんだよな。
選択肢的には【背神者】一択だけどもデメリットが痛いし、何より人聞きが悪すぎる。
「あ、こういう時の神頼みだったな」
早速、手に入れた権能【ステータス】を使ってみる。
「ほー、結構コストが重いのか?」
感覚で何が出来て、出来ないのかが理解できた。
この感じだと、新しい進化先を創造することは無理っぽい。が、今ある進化先に干渉してどうにかすることはできそうだ。
唐突な自分語りで申し訳ないが、俺は雑食気味のオタクでラノベももちろん嗜んでいる。
で、地球にダンジョンが現れるタイプのラノベにダンジョン配信はあった方がいいと思うタイプなわけで。
実はジョブの進化先を見たときから、どうせなら【背神者】じゃなくて【配信者】にしてくれよなー、なんて心の片隅で思っていたのだ。
しかし、ここにきて権能なんてものが手に入り、【背神者】と【配信者】は同音異語だからか低コストで干渉できそうなのだ。
『権能【ステータス】を行使します』
『称号【背神者】は【配信者】に変更されました』
『【配信者】は権能【ステータス】による干渉を受け能力が変更されました』
『ステータスに配信機能【ダンジョンライブ】が追加されました』
「ダンジョンライブ?」
どうやら【ダンジョンライブ】には自分が配信する機能とそれを視聴することが出来る機能があるようだ。もちろん今配信している人はいないので何も見ることはできないのだが。
ダンジョンライブ
配信
解放コスト スキル一つの消費
配信コスト 獲得経験値の一%
視聴
自然回復分の魔力を消費
管理者コマンド
徴収スキル一覧
なし
徴収魔力配分比率
システム消費二:管理者三:配信者五
「もしや、これって不労所得では……?」
配信者は視聴者から魔力を貰って継戦能力を上げる。視聴者はそれを見て楽しむ。そして俺は寝ながらにレベルアップする。三方良しの完璧な能力だな。
なんて思っていたところで、次々とライブが始まりだした。
ステータス画面をスライドするとライブ画面に変わるお手軽な仕様だ。
画面上には様々なライブが同時に再生されていた。
悲鳴、血飛沫、何かの咀嚼音。音声は再生されていないのに、見ているだけで聞こえてきそうだ。
運悪くダンジョンの誕生に巻き込まれた人たち。
彼らは現状を打破しようと一縷の望みにかけて配信スキルを取得したのだろう。
しかし現実は非情。おそらく命を落とした配信者のアカウントは消えるのだろう。ダンジョンライブのトップ画面からは新たなライブが始まりは消えを繰り返していた。
その中にひときわ目を引く配信がひとつ。
高校生らしき制服のポニーテールの少女が鬼のような怪物を前に竹刀を構えていた。
背後にはランドセルの子供が二人。
どういう原理か分からないが、マイクもないのにライブは少女の声を拾っている。
「あーあ、最悪。せっかく大会で優勝したのに……これが人生最後の一振か」
ぶつくさと呟きながら、少女は鬼に対して正眼の構えをとった。
「ぐがっ」
侮っているのだろう。鬼は少女の構えを嘲笑う。
「まさかアイツのオタク趣味が役に立つなんてねぇ。ステータスにスキルだなんて馬鹿げてるけど……私が勝つには、これしか無い!」
一歩、また一歩と鬼は少女へ近づいて。
異様なほどに発達した腕。鬼は少女を押しつぶさんとその凶器を振りかぶり。
「【一刀……両断】! やぁあああああ!」
鍔迫り合い。鬼の腕と竹刀によるそれは数秒、拮抗していた。
名無しの戦士――頑張ってくれ!
名無しの魔法使い――いけえーー!
名無しの無職――お前が人類の希望だ
名無しの斥候――負けるな
そんなコメント欄の応援も虚しく。
スキルの効果なのだろう。竹刀と少女は薄紅色のオーラを纏っている。だが、そのオーラは時間とともに薄らいで、竹刀は徐々に押されていった。
「負け、られるかあ……ァ、ぁぁあああ」
押しつぶされる。そう思った時、コメント欄に一つの希望が現れた。
☆ギフト一〇〇MP☆――名無しの無職さんがギフトを送りました。
名無しの無職―― ギフトで魔力を送くれ!!
名無しの無職――魔力があればきっと、
名無しの無職――彼女は勝てる!
☆ギフト一〇〇MP☆――名無しの剣士さんがギフトを送りました。
☆ギフト二〇〇MP☆――名無しの魔法使いさんがギフトを送りました。
それを見て俺は思う。こいつら、運営者の俺より詳しいな。
「まあ、それよりも俺のラッキーのおすそ分けだ。 」
視聴料の魔力が貯蓄されてるのだろう。俺が送れるギフトは既に上限の五万を超えている。
☆ギフト五〇〇〇〇MP☆――名無しの【閲覧権限が不足しています】さんがギフトを送りました。
「ま、け、る、か!」
纏うオーラは薄紅色から深い紅へと移り変わる。
スキルの出力は上昇し、力関係も少女有利へ移り変わった。
「これで……終わりっ!」
掛け声とともに、振り切った竹刀は鬼へぶつかる。
その衝撃は鬼を吹き飛ばした。
そんな鬼の末路を確認する間もなく、少女は後ろへ振り向き竹刀を投げ捨てる。
「ほらっ、逃げよ!」
呆気に取られる二人の小学生を両脇に抱え、少女は出口を探しに駆け出したのだった。
ダンジョンライブ運営で暴利を貪る 夏冬 @sarako
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