第11話 沸き立つ観衆、呆然とするアロン

「……は?」

 突然の勇者の発表に、ここに集まった人全員がしんと静まり返った。

 勇者と……リリが……けっこん?

 けっこんって……愛し合う男女が、家族になり、添い遂げる……あの?

 リリ……が?

「ぐっ!」

 俺がふたりの結婚宣言を頭で理解したのと同時に、心臓になんとも言いがたい痛みが……!

 そして同時に、ここに集まった人たちの大歓声が起こった。

「レスター様とリリが結婚!?」

「世界を救った勇者様と紅蓮の大魔導師様が!?」

「これ以上のビッグカップルは存在しない!」

「これは世界が喜びで震撼するぞ!」

「大スクープだ!」

 俺の耳にはそんなみんなの言葉は届いていない。

 ただただ何も考えられずに放心し、宙に浮いたような感覚になる。

 なのに、心臓の痛みは増すばかりだ。

 父さんと母さんからは何も聞こえないけど、一体何を考えているんだろう?

「あー……うぉっほん! 皆、静粛に。まだレスター殿の話は終わっておらぬぞ」

 村長がそう声をかけたが、みんなはまだこのビッグニュースに浮かれているようで場は盛り上がったままだ。

 というか、まだ勇者から話があるのかよ。リリと結婚するヤツが、まだ俺の傷に塩をぬるつもりか……?

「みなさん、すみません。もう少しだけお静かに願います!」

 なかなか落ち着きを取り戻さない村人たちを見て、勇者がそう声をかけた。

 すると、さっきまでの大盛り上がりが嘘のようにしんと静まり返った。

 わかってはいたけど、勇者って本当にすごいんだな……。

「みなさん、僕とリリの結婚を祝福して下さり、本当にありがとうございます」

 勇者は、ここに集まったみんなにお礼を言い、そして深く頭を下げた。

 世界を救った大英雄なんだから、もっと横柄にふんぞり返っていてもいいものを……。

 ああいう腰が低くて柔らかいのも、アイツの魅力……なんだろうな。

 リリも、ああいうところが好きになったんだ……。

 俺がいるところはリリから離れているから、表情ははっきりとはわからないが、笑顔で勇者を見てるっぽい……?

「ここにお集まりのみなさんに重ねてお願いがあります! 先ほど、村長殿からありました通り、この話……今はこの場のみに留めておいてほしいのです」

 この勇者の発言に、今度はみんなザワザワとしはじめた。

「今発表したら、きっと世界中が歓喜に満ち溢れるのに……」

「一体なぜ……?」

 周りの人がそう言いたくなる気持ちもわかる。

 俺にはこれ以上ない悲報だから、アイツらが世界に向けて声明を出すのが今だろうが後だろうが大した問題じゃないが。

「僕はこのあと、王都に戻ります。そして───」

「王様に結婚の報告をするんですかー?」

 前の方から女の人の声が聞こえてきた。勇者の言葉を遮って、みんなが知りたがっていることを聞いている。

 このあと勇者が話すだろうに……テンションが上がりすぎて先走ってる。

「いえ、王都には戻りますがすぐに国王様に報告はしません。一週間後、僕はまたここに戻り、リリを迎えに来ます。そうして二人で国王様に謁見し、その時に正式に結婚の報告、そして国王様が全世界に向けて声明を出すと思われますので、みなさんにはそれまでの間、この話はみなさんの胸の中だけに閉まっておいてほしいのです」

 一週間後に世界中に発表か……。

 でもそれなら、なんで今ここに集まった人たちに結婚のことを伝えた?

 何もしないでも一週間後には王都にいる国王から声明が出されるのに……。

 俺が考えてもわかるわけないか。勇者の考えてることなんて凡人の俺にはさっぱりだ。

 考えることをやめて、周囲の人たちの声に耳を傾けていたら、みんなは勇者のお願いを聞き入れるみたいなことをそれぞれ勇者に、そしてリリに伝えていた。

 これは、お祭りムードが継続されてしまうな。

 俺にとっては嬉しくもないお祭りだが……。

「おいアロン。どこに行くんだ?」

 踵を返して家に戻ろうとしたら、父さんに呼び止められた。

「もう、話は終わりだろ? だから日課に行ってくる」

 振り返らずにそれだけ言うと、俺はそのまま家に向けて歩き出した。

 歓喜に湧いているみんなは俺が去ったことに誰も気づかない。

 家へと向かう俺の足取りは重い。

 三年ぶりに再会した好きな女……それが再会翌日に他の男と……よりによって勇者と結婚ときたもんだ。

 俺が……いや、世界中の男が逆立ちしたって太刀打ちできない男だ。どうしようもないんだ……どうしようも……。

「……っ!」

 今は、頭を空っぽにして日課をこなそう。

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