第46話 従僕の警戒(中編)


 ユーフェドラは真剣な眼差しで問うた。

 その碧眼に秘められた真意を探るように、アルトバロンはユーフェドラをじっと見据える。


(……お嬢様への害意はなさそう、か)


 だが全てを信じるわけにもいかない。

 そう考えつつ、アルトバロンは「……後宮内には入れませんので、憶測でしかありませんが」と静かに肯定を示した。


「憶測で構わないよ。君の意見を聞かせてほしい」

「…………ティアベルお嬢様が第二王妃殿下から招待を受けた日にだけ、後宮に獣人避けが焚かれています。それが最近、ますます濃くなっている。まるで……後宮内で起きている何かをみたいに」


 獣人のいない後宮で、獣人避けが焚かれるのは奇妙だ。

 獣人避けとは、普通の獣人にはとわからない。わからないうちに、近寄らせないようにするから獣人避けになる。

 王宮にいる数少ない獣人たちが後宮の異変に気がつかないのは、無意識のうちに後宮を避けているからだろう。


(獣人避けが煙幕の代わりになって、それ以外の匂いを判断できないようにされている。つまり、その内側で何かが行われている証拠だ)


 そして今、新たに判明した事実がある。


「全てわかっていて、泳がせていたんですね」


「…………どうしてそう思ったんだい?」

「レグルス殿下に、第二王妃殿下の息がかかったものを贈るよう仕向けたのは……ユーフェドラ王太子殿下。貴方でしょうから」

「……ははは。さすが、ご明察だ」

「ティアベルお嬢様宛のプレゼントへの獣人避け混入の件は、旦那様に逐一ご報告を上げていますので」

「どうりで最近グレイフォードが冷たいわけだ」


 ユーフェドラは軽く曲げた指先を顎先に添えて、クスクスとおかしそうに肩を揺らす。


 アルトバロンが初めて獣人避けの混入を悟った日。アルトバロンの報告を聞いたグレイフォードが、眉間の皺を揉みながら、

『……なるほどな。異物混入を見越していたか』

と溜息を吐いたのを見て、アルトバロンの脳裏にはすぐにユーフェドラの顔が思い浮かんだ。


『他になにか変わった匂いはしなかったか?』

『今のところはありません。原材料にも変化はないかと』


『……わかった。ならば今後、レグルス殿下からのプレゼントはまずアルトバロンへ届くよう、使用人たちへ手配する。

お前が安全状態を確認でき次第、素知らぬふりでティアベルへと手渡してくれ。異物混入があり次第、私に報告を上げろ』


『承知いたしました』


 精油の性質上、混入されている獣人避けだけを取り除くのは難しい。

 かと言って、人族の健康に影響のないものを、従僕の我儘でプレゼントごと始末するわけにもいかない。


(だから、仕方なくそのままにするしかなかったが……。腹の底で渦巻く嫉妬や独占欲でどうにかなりそうだと思った)


 レグルスから贈られた香りがティアベルの部屋を満たすのだけでも、随分気分が悪かったのに。その上でアルトバロンを牽制しているようにしか思えない獣人避けに、何度苛立ちを募らせたかわからない。


 第二王妃やレグルスから『身を引け』と言われて、『お嬢様のためならば』と忠犬よろしく身を引くような恋情は、とっくの昔に闇のように真っ黒く塗りつぶされている。

 アルトバロンはその菫青石の双眸に、ぞっとするほどの影を落とした。


(今の僕にとっては王宮にうごめく謀略も、後宮のいさかいも、どうでもいい問題だ。だが……。僕の命よりも大切なお嬢様に、その火の粉が降りかかるようであれば。彼女の忠実なる従僕として、容赦はしない)


 ユーフェドラの思惑を正しく感じ取ったアルトバロンは、ゆっくりと口元に侮蔑的な笑みを浮かべる。


「獣人避けが混入された精油の件は、第二王妃殿下の思惑を利用して貴方も僕を牽制なさっているのかと思っていましたが……。そのご様子では、どうやら違ったみたいですね」


「以前の僕は、レグルスとティアベル嬢の婚約を望んでいたのもあって、君がレグルスの補佐官にでもなってくれればと思っていたけれどね」


「………………」


「あはは。君が幼い頃ならまだしも、いつか僕の喉元を喰い千切りかねないほどの猛獣に成長を遂げた黒狼を牽制し続けられるほど、僕は強くない。自分の力量は弁えているつもりだよ」


 アルトバロンはあえて何も答えずに社交的な笑みを貼り付ける。

 ユーフェドラは飄々とした気まぐれな猫のような雰囲気で、「見ての通りだ。信頼してくれていい」と両肩を下げた。


 アルトバロンはじっと探るようにユーフェドラを見下ろし、その言葉に偽りはないようだと見て、再び口を開く。


「……第二王妃殿下の思惑で混入されている獣人避けと、後宮で焚かれている獣人避けには明確な差があります」

「というと?」


「後宮で焚かれている獣人避けはあまりにも広範囲に向けられています。僕一人を牽制して遠ざけたいというより、危険だとあえて警鐘を鳴らしているようだ」


「……その辺は獣人にしかわからないからね。けれどこんな日は、宮廷騎士団の獣人を後宮周辺に配置しても、探りを入れる前に軒並み使い物にならなくなる。

上がってくる報告も、『第二王妃殿下の意向で焚かれているディートグリム公爵家の従僕避けの影響か』……なんて、面白みのないものばかりの始末でね。……やはり君に任せて正解だったよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る