第44話 毒林檎令嬢と王宮(後編)


 それからほどなくして。ティーワゴンを押す侍女と一緒に、四十代半ばの女性が部屋に入ってきた。


「みなさま、本日のお茶は〝ティリアの花〟と〝幸福花〟をブレンドしたお茶でございますわ」


 先ほどまでのしんみりとした雰囲気を払拭するように微笑む彼女は、アルヴィナ・アンデ夫人。

 王国南方にある、精霊族の国境となるセレーネ海に面する地域で栄えたアンデ商会ご当主の奥様だ。


 凛としたお顔立ちと豊かな栗色の髪に、ピジョンブラッドの宝石が光る美しい髪留めが映えている。

 薔薇の形を模しているので、もしかしたらクレアローズ妃殿下が下賜されたのかもしれない。

 ドレスの生地から指先に至るまで、上級貴族と見違えるほど贅を尽くした華美な装いは、王国におけるアンデ商会の大きさを物語っていた。


「まあ……。素敵だわ。新しいティーセットね」

「クレアローズ様をイメージして陶磁器工房の職人に作らせた、秋の最新作でございます」

「カップの薄さに窓から差し込む太陽光が煌めいて、透し彫りの影が綺麗に出ているわ」

「お元気になられたら、この新しいティーセットを庭園で広げてお茶会を致しましょう」

「ふふ、早く元気にならなくてはね」


 クレアローズ妃殿下は商談の席でアンデ夫人と出会い、次第に信頼関係が生まれていくなかで、いつしか友人になったのだと話されていた。

 ちょうど十歳年が離れているそうで、クレアローズ妃殿下は彼女をお姉様のように慕っているらしい。


「メローナ癒師せんせいとティアベルお嬢様も、どうぞお席へ」

「失礼いたします」

「ありがとうございます」


 メローナ様と私は彼女と挨拶を交わすと案内されるままに、クレアローズ妃殿下のベッドのそばにセッティングされた席につく。

 クレアローズ妃殿下の体調が思わしくない日にお呼ばれした場合は、このような形でお喋りをするがここ数年で慣例になっていた。


「特別な工芸茶ですから、僭越ながらわたくしが給仕を務めさせていただきますわね」

「お願いするわ。アルヴィナの淹れるお茶は世界で一番美味しいもの」

「まあ、クレアローズ様ったら。褒めても何も出ませんよ」


 アンデ夫人は嬉しそうにクスクス微笑みながら、ティリアの花と幸福花をブレンドしたというお茶を淹れる。


 毒味役の侍女はいない。

 クレアローズ妃殿下がアンデ夫人を信頼している証なのだろう。


 とはいえ、アンデ夫人がごく自然に毒味を行なっていたのを見たので、きっとアンデ夫人もクレアローズ妃殿下の信頼に応えたいと思われているのかもしれない。


「……美味しいわ。それに、飲むたびに指先の痺れや頭痛も緩和されているみたい」

「ティリアの花のハーブティーには、治癒魔法薬に似た効果があります。幸福花茶と合わせると心身に良い作用をもたらす組み合わせですね」


 メローナ様の言う通り、ティリアの花は治癒系の魔法薬にも使われる植物だ。不眠症、心身疲労の回復だけでなく、神経の緊張や偏頭痛を和らげる。

 幸福花には精神を平穏で満ち足りた気持ちにさせる効果があるので、良い組み合わせかもしれない。


「このブランデーのような味わいと、黄金色に輝く澄み切った色合いから見て……十月の満月に摘んだ、〝ハンターズムーン〟でしょうか?」


 ハンターズムーンとは、狩猟の季節に浮かぶ満月のことだ。

 幸福花は月の満ち欠けによって作用が代わり、満月の晩に詰んだものには十二の名称が存在する。

 満月の時期によって味わいが微妙に違っていて、ブランデーのような芳醇さを持つ幸福花茶は狩猟月ハンターズムーンと呼ばれている。


 私の問いに、アンデ夫人がにこやかに頷く。


「ティアベルお嬢様の仰る通り、幸福花は精霊国の霊峰で一年間の熟成期間を経ました、極めて希少な〝ハンターズムーン〟でございます。

本日は『昨夜から睡眠が深く取れなかった』とお聞きしましたので、こちらのブレンドをお持ちしました」


「……少し飲んだだけでも、とても体調がいいみたい」


「アンデ商会が各地から取揃えている茶葉は新鮮で、最高級の一品ばかりです。特にこちらは一年間の熟成期間を霊峰で過ごしたものですから、わたくしもすーっと身体に馴染む気が致しますわ」


「本当にその通りよ。……ふふ、朝からとっても贅沢ね。アルヴィナ、あるだけ買うわ」


「ありがとうございます。本日はこの時間にお出しいたしましたが、ナイトキャップティーとしてお楽しみいただくと、より効果を実感していただけるかもしれませんわ。もちろん、季節のお茶会用にもおすすめでございます」


 しょ、商談が成立している……!!

 それになんだか、語り口が前世のテレビショッピングを思い出してしまうのはなぜかしら!?


「そうねぇ……。確かに、この工芸茶の色合いは秋にぴったりね」

「特別なティーセットで見た目もとっても華やかでございますから」

「では、季節のお茶会用にティーセットも、これを人数分一揃えしてもらえる?」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 アンデ夫人のすかさず商品を売り込んでいく姿勢に、いつもながら凄い手腕だわ……っ! と内心震えながら、私はカップ越しにちらりとお二人を見た。


 それからもハーブティーのお話や、アンデ商会で取り扱っている商品や今後の流行などのお話をしているうちに、クレアローズ妃殿下の顔色は随分と良くなっていった。


 やっぱり、不安や心配で気落ちしている時には、美味しいお茶を飲みながら取り留めのないお喋りが一番の薬になるのかもしれない。


 だがきっと、メローナ様は本気でお喋りを楽しんでいるわけではないのだろう。

 時折、そっとクレアローズ妃殿下の手を握って脈診をしたり、痙攣がないかなどを細かく診察している視線を感じる。


 それでも、王国筆頭癒師が同席するこの会を、メローナ様があえて『健康女子会』と称すのは、不安で塞ぎがちになっているクレアローズ妃殿下を気に病ませぬようにするために違いなかった。



「そういえば、本日のアロマはどのようなブレンドなのでしょうか? とっても珍しい香りがいたしますね。黄金の柑橘を思わせる甘さと、異国情緒なスパイシーな芳しさが華やかで……。〝水蜜甘露〟と〝乳香〟の精油をブレンドしたものでしょうか?」


 お茶会が賑やかに盛り上がりを見せたところで、何気なさを装いながら、アルトバロンが警戒を見せていた精油の話題を出してみる。

 

 すると、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。

 ずっと笑みの形を保っていたアンデ夫人の唇が、細かく震えたような気がした。


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