第49話アイルミロクとの別れ

「日本からこっちに来た時の荷物は全部オッケー、シーツも畳んだし、後は鍵を返してアテナさんとレイさんに挨拶しに行くだけか…」


よし、と荷物を全て持ち、俺は部屋のドアを開ける。


今思うと数週間前に俺はこの世界に飛ばされたんだ。

行く宛ても、強い能力も、全てが無いまま俺はここまで来れた。

そして今、新たな国に向かう。

そう思うと俺は部屋に対して向かい合うように立って頭を下げた。


「今までありがとうございました」


その言葉の告げた相手は誰もいない。

だが俺はそれでもいいと、この部屋そのものに頭を下げた。

剣道でも道場に一礼して出入りする習慣がある。

それをやっただけだ。

頭を上げ、階段を降りる。

カウンターには男性が本を読みながら立っていた。

そのカウンターに鍵を置く。


「今日でこの国を離れる事になりました。今までありがとうございました」

「おや、この国出ちまうのか。にしても若いのに礼儀がなってるねぇ」


鍵は確かに受け取ったよ。と言われ、俺は一礼してその宿を出た。



◇◆◇◆◇◆



「あ、いたいた」


早朝、ギルドに向かうと既にアテナさんとレイさんが座って話していた。


「アテナさん、レイさん、おはようございます」

「お、ジェイル君かおはよう」

「ジェイル君おはよー」


俺は座らずにテーブルに腰掛ける。


「そういえばそろそろ出るのか」

「ええ、馬車まであと30分あるので最後に2人にも挨拶をと思いまして」


2人とも、律儀だなぁ…と笑いながら呆れられた。

ま、この国に来て唯一接した時間が長い冒険者だから挨拶に行くのも当然だろう。

まだ時間はあるから少し話そうと椅子に座った。


「お2人は今日も依頼を?」

「ま、そんな所かな」

「あ、レイ、途中だったけどやっぱダンジョン行こうよー」


だからそれは…と2人は今日やる事で揉めているようだ。

ここでもアテナさんは駄々っ子をしているようだ。

それも今日で見納めだ。


「で、ジェイル君はどう思う?」

「へ?俺?」

「ジェイル君はどうだ?やはりまだいつも通りに依頼をこなしてある程度実力も付けてからの方がいいと思うんだ」


なるほど、今すぐダンジョンに行くか、ある程度実力を付けてからダンジョンに行くべきかを話し合ってて平行線になっているという感じか。


「なら午前午後で目標を切り替えるってのはどうです?例えば午前は準備運動がてら自分達が出来そうな依頼をこなして午後はダンジョンで怪我をしない程度まで行くっていうのもいいですよね?」


俺の言葉に、あー確かに…と2人は納得していた。

と、腕時計を見てみると残り10分。

そろそろ時間だ。

俺が立ち上がると2人が着いて来た。


「え?何か?」

「いや、私達に挨拶回り来るのなんて君くらいだから最後の最後までどうかな?と思っただけさ」


レイさんの言葉にアテナさんも首を縦に振る。

という事で馬車まで俺は2人に送られる事となった。



◇◆◇◆◇◆



門前にある馬車の停車場に着いた。


「ラテゼ魔工皇国行きの方ー!冒険者カードをご提示下さーい」


乗組員らしき人が声を掛けている。

多分俺待ちだ。

その乗組員に声を掛けた。


「すみません、ラテゼ魔工皇国行きに乗るジェイルです」

「カードを確認しますね。ジェイル…えーっとランクはAですね。こちらになります」


乗組員が道を空けたその先には少し大きめの馬車があった。

中を見てみるとソファー、ベッド、テーブルが完備されている。

完全に馬車1つが俺だけの専用スペースとなっていた。

馬車内を見た俺は一旦降りてアテナさんとレイさんの元へ行く。


「それではお2人さん、今までありがとうございました」

「私の方こそ、楽しかったよ」

「私も!また会おうね!」


最後に2人と握手をして馬車に乗る。


ゴーン!ゴーン!ゴーン!


8時になる鐘が鳴る。


「ラテゼ魔工皇国行き、出発しまーす!!!!!!!!」


その言葉で馬車が動き出す。

俺は窓を開け、2人を見付けると小さく手を振った。

2人もそれに応えるかのように手を振り返し、そして門を通り過ぎて2人は見えなくなった。

窓を閉め、ソファーに全体重を預ける。


さてと、次はどんな出会いがある事やら…


俺はそんな期待を胸に馬車に揺られるのだった────

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作者の異世界旅行譚 JAIL @jeager

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