第29章 すぐ隣は曇り模様
「気にはなっていたんれすけど・・・雪乃はなんで飲まないのれすか〜?」
「何となくこうなることが分かってたからよ・・・」
コンビニで追加のお酒を買った帰り道、室橋が目を話した隙に音羽が特大のストロング缶を開けてしまったのある。
それが音羽のトドメを刺した。呂律が回らないどころか、まっすぐ歩けないほどに酔ってしまったのである。
「颯人も多分寝てるし、どうすれば良いのよ・・・」
一層のこと、自分も同じ状態になってしまおうか。室橋は本気で迷うのであった。
「雪乃」
突然はっきりとした発音で名前を呼ばれ、驚きながら音羽の方に顔を向ける。
「寄ってく?」
ジト目のドヤ顔である方向に親指を向ける音羽。その先に煌々と輝く光、その正体は
ハンバーガー屋であった。
「いっぱい食べたでしょ!帰るわよ!」
室橋は気にせず帰路を進む。音羽も素直に付いて行く。
「雪乃」
もう少しで室橋の家に到着しようとする頃、再び音羽が室橋の名を呼んだ。
しかし、ここは極めて静かな夜道だ。飲食店どころか、引き寄せられる要素一つない。
「音羽ちゃん、今度はどうしたの・・・って、え!?どうしたの!?大丈夫!?」
口元を手で押さえ、真っ青な顔をした音羽がそこにいた。
「まずいかも・・・、ちょっと寄ってきましょう・・・」
「待って待って!ちょっと我慢してて!」
室橋の家の近くにある中規模な公園。静かで広すぎず室橋にとってお気に入りの散歩コースであった。
音羽を公衆トイレに放り込み、近くのベンチに腰を下ろす。
「雪乃さん。すみませんでした。もう大丈夫です。」
「そう、それは良かっ・・・ヒィ!」
真っ白でげっそりとした音羽の顔がベンチを照らす街灯に照らされ、室橋の目に不気味に浮かび上がって見えた。
息が止まるような悲鳴をあげる。しかし、息を吸う際に出たその声は『悲鳴』という割に小さいものであった。
「どうされましたか?」
酔いから覚め、いつもの調子の戻った音羽が不思議そうに、それでいて純粋さ全開で室橋に問いかける。
「音羽ちゃん、下手なホラー映画より怖いわよ。」
「はぁ・・・」
何を言っているのか分からないと言わんばかりのきょとん顔を見せる音羽に室橋はすっかり気が抜けてしまった。
「少し休みましょ?私も疲れちゃった。はい、お水。」
室橋は音羽にペットボトルに入った水を差し出す。音羽を公衆トイレに放り込んでから公園内の自動販売機で購入したものであった。
「おー!ありがとうございます。ちょうど飲みたかったんです!さては、貴方、モテますね?」
「変なこと言ってないで、飲んじゃいなさい。」
室橋はからかう音羽をあしらう。あしらわれた音羽はペットボトルを開け、勢いよく水を喉に流し込む。
「ふぅ〜!生きるって案外こういうことかもしれませんね!」
「少し休憩したら帰るわよ。颯人も待ってるし。」
「それはそうですけど、どうせ寝てますよ。そうだ!先に描いて良いですよ!」
音羽はレジ袋を漁り、得意げなムフ顔で油性ペンを取り出し、室橋に見せつける。
酔ってても抜かり無い音羽に室橋はすっかりと呆れてしまった。
「そろそろ、帰るわよ」
室橋は立ち上がり、再び歩き始める。
音羽も後を追うように室橋と並び、その帰路をともにする。
「古間さんの初恋相手、どんな人なんでしょうね。」
不意に呟く音羽の言葉。室橋は聞き流すことができなかった。
「夢に出るだけでは飽き足らず、幻になって古間さんの目の前に現れるわけですから。」
「音羽ちゃん、何が言いたいの?」
嫌な予感がした。音羽の言葉の続きを聞きたくなかった。そんな室橋の感情など知る由もなく音羽は言葉を重ねる。
「相当、古間さんのことが好き・・・なんでしょう・・・?」
突然、歯切れの悪くなる音羽、その直後、絞り出すように再び話しだす。
「初恋相手ってことは、好きだったのは古間さんのはずです。ということは・・・」
「やめて!」
音羽の声を掻き消すように室橋は叫ぶ。音羽が言おうとしていたことと同じことを思っていた自分がいたからである。
「・・・すいません。少し言い過ぎました。これ以上はもう言いません。」
音羽は口を閉じ、歩みを進める。
室橋も歩みを進める。
「颯人、そんなに会いたいのかな・・・」
室橋は言葉を漏らす。
「否定できませんが、古間さんの彼女は雪乃さんです。断言しますが、古間さんはちゃんと雪乃さんを愛しています。それに仮に古間さんがその相手との再会を望んでいたとしても、それにはきっと理由があるはずです。」
音羽は室橋の目をまっすぐに、そして真剣な眼差しと強い語気で室橋に言葉をぶつける。
「・・・随分とハッキリ言ってくれるじゃない!何かちょっと元気出てきた。ありがとね。」
家に着き、室橋が鍵を開ける。リビングで古間が寝息を立てている。
音羽はレジ袋からストロング缶を出し、何度目かの晩酌をする。
「音羽ちゃん、私にも1杯ちょうだい。」
音羽は使い捨てのプラスチックカップにお酒を注ぎ入れ室橋に渡す。
ついでに買っておいたおつまみを開け、2人でのんびりと過ごす。
「そういえば、音羽ちゃんって彼氏とかいるの?」
「えっ、どうしたんですか急に?」
「そういえば聞いたことないなって。音羽ちゃんの恋バナ。」
「いないですし、いたこともありません。」
「へー、意外、音羽ちゃん可愛いのに。告白とかもされたこともないの?」
「そうですね・・・一度だけあります。雪乃さん、貴方も知っている人です。」
「えー!誰だろう・・・。ダメね、全く思い浮かばないわ・・・。」
「白神さんです。」
「え・・・ってことは・・・。」
「私は、白神さんを振りました。」
『もしかすると、白神さんから考えた方が分かりやすいかもしれません。』
音羽の言葉が一瞬だけ室橋の脳裏によぎった。
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