桶狭間敗北の余波1:お市の決意
清洲城にて、織田信長の軍が壊滅したという伝令が届く。
黒蝶をあしらった紫の着物を来た長い茶髪と黒い瞳の女性、濃姫は膝を屈し、嘆いていた。
濃姫、またの名を帰蝶。斎藤道三の娘として、同盟の為に織田信長と結ばれるも、その記録が謎に包まれた女性である。
「そんな、嘘です! 我が殿が、信長様が敗れるなど、ううぅ!」
「ですが、本当の話だそうです。自軍が囲まれる前に逃げた佐久間信盛の話によると、今川義元が桶狭間で伏兵に紛れたそうで。」
白髪と白髭を持つ渋い色の着物を着た老人、平手政秀が説明をしつつ、濃姫を宥めようとしたが、彼女は気が触れたかのように飾ってあった刀を取り出し、乱暴に抜刀した。
「ふざけるな! 何が退き佐久間だ! 討死を恐れて、我が殿、信長様を護らなかった不届者が! 成敗してやる!」
「落ち着いて下さい! 濃姫様!」
憤る濃姫を落ち着かせたのは赤い長髪と黄金の瞳を持つ、黒華模様の赤い着物を着た少女、お市であった。
お市の方。戦国三大美女の候補に挙げられ、後に同盟の為に浅井長政の嫁に、信長の死後は後の羽柴秀吉である木下藤吉郎に柴田勝家と結婚させられるはずの数奇な愛慕を辿る美少女。
「お市ちゃん、どいて! 信長様を救わなかった不届者をこの手で、この手で…!」
「佐久間様は兄上本隊が敗れるのを見越して、私たちの下へ兵を寄越して、私たちを脱出させようとしているのです! 決して、兄上を裏切った訳ではありません!」
「それでも、信長様がぁ、信長様がぁ! うわあぁぁぁぁん!」
信長様にもう二度と会えなくなるかもしれないという恐怖に打ち拉がれた濃姫は泣き崩れた。
そんな彼女にお市は背中を摩る。
「落ち込んでいる暇はありません。私たちは私たちでやるべきことがあります。」
「そうですね、お市ちゃんの言う通り、私は信長様の妻として、何としてでも、奇妙丸たちを護らなければ。」
お市の励ましにより、濃姫は決意が固まりそうになる。
「はい、まずはこちらに来る今川義元を迎撃しましょう。」
「確かにお市ちゃんの言う通り、信長様の敵を…今、なんて?」
しかし、お市の妄言に濃姫は目を点にし、唖然した。
「兄上がいない今、たった今から私が織田家第十九代当主、織田お市です。さぁ、向かってくる今川の軍勢を蹴散らしてまいりましょう! 私が普段、兄上様や政秀から隠れて、独学で得た兵法と蔵にある実験用の火縄銃数十丁、そして、私が尾張のうつけ姫として鍛え上げた側女たち数十名と政秀と佐久間様の五百名以上の軍勢が加われば、今川義元の首を獲り、兄上が成し遂げられなかった天下統一の
鼻息を荒く、目を輝かせ、早口で語るお市。そんな彼女に政秀は目に手を当て、呆れ果て、濃姫はおどおどと惑う。
「ちょっとちょっとお市ちゃん!? やめて!? 直ぐにそんな前のめりの思考に成れる訳ないから!? 逃げよう! とにかく、逃げよう!」
「左様ですぞ。昔から戦に出る無邪気な願いは知ってはいますが、そんなど素人である姫が戦に出ようとするのは無謀ですぞ!」
濃姫と政秀に咎められたお市は頬を赤く膨らませ、唇を尖らせた。
「むぅーーー。いいじゃないですか! 男も女もみんなそうやって、私を政や戦に遠ざけて、ずるいです! それに今更どこに逃げようとするんですか?」
「政秀様、一大事です!」
お市から文句を言った次の瞬間、襖から勢いよく、兵士が飛び出し、政秀らに頭を下げた。
「一体どうしたというのか!?」
「ここ、清洲城より織田信行様が軍を率いて、参られました!」
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