第66話 聞く耳持たない
ロゼさんの叫びがダンジョンに響く。が、お姉ちゃんと呼ばれた少女は歩みを止めない。その視線はロゼさんではなく、ロゼさんが抱えているシフォンただ一点に注がれている。
「お姉ちゃん! 私だよ、真理だよ! ねえ、こっち向いてよ!」
「さあ、私が人に戻しましょう。罪を犯す獣は、死によってその罪業から解かれる」
少女はロゼさんの言葉をまるで意に介さない。剣を高らかに掲げると、後ろにいるシフォンめがけて振り下ろす。間にいる俺の事を気にも留めないで。
「くそ、重い……!」
俺は当然それを受け流す。少女が放つその剣筋はまるで洗練されておらず、捌くこと自体は可能だった。けれど、彼女の剣は不自然なほどに重たい。弾くことはおろかまともに鍔迫り合えば押し負けそうで、今の俺では軌道を逸らすので精一杯だ。
攻撃が重たい、だけならよかったんだけど……。
俺はギアを一段階上げ、デッキブラシの猛攻を少女に浴びせる。
「……ああもう硬いな!」
攻撃は確かに命中した。だが、体に当たっているはずのそれはことごとくが弾かれて終わる。傷一つどころか、肌にへこみすら出来ていない。
一般的な防御魔法の域を超えている。おそらくは彼女自身のスキル。だとしてもこの硬さは異常だ。
スキルに絶対はない。
攻撃を絶対に防ぐスキルというのは存在しない。防御力を高めるスキルだとしても、そこには必ず耐久上限が存在する。
一方でルールの抜け穴のような例外も存在する。サンダイさんのスキル『
残念ながら、現時点で彼女のスキルが防御系なのかそれ以外かは分からない。
だが、これまでの攻防でこの少女に関して分かったことが二つある。
一つは、彼女のスキルを解明・攻略しなければ捕縛はおろか足止めも叶わないということ。
そして、もう一つ。
「罪無き人よ、その罪人をこちらに。彼を人に戻します。さあ、さあ、さあ!」
「どうして、なんでお姉ちゃん、私のこと……」
少女は元の性格から逸脱した状態であるということ。こっちはあくまで推測だけど、ロゼさんの反応を見るに間違いではなさそうだ。
この情報はかなり大きい。どうして狂っているかの見当をある程度つけられた。
問題は、この子の相手をしている状況ではそれが正しいかを確認する暇がないことなんだけど。
「どうか拒まないで。全ては救いのため、この世界のためなのです」
そう言って少女は再び剣を振り上げる。
どうしたものか。倒せない上に拘束系の魔法が効かないのなら、このままじりじりと戦っていても意味が無い。それに、あの剣を長く受け続けるのは骨が折れる。
とにかく一度態勢を立て直す時間が欲しい。
その時のことだ、俺の影が蠢いたのは。
「お困りかな~? 清掃員のおじさん」
弾むような声とともに、影の中から変な形の杖を持った誰かが突如として現れた。そして、その誰かは杖を少女の剣にポンと当てると、迫ってくるその剣は軌道を不自然なほどにぐにゃりと曲げた。
「どや! 我がクランが誇る深層法具の一つ、空間をちょっとだけ捻じ曲げる杖! 勝手に持って来ててよかった~」
あれはセレーネさんのとこの
敵意を感じない辺り俺たちの加勢に来てくれたみたいだけど、誰だ。あと、どうして今ここに。
「あなたは……」
「はろ~芝崎さん。私はネゴみんの友達で、ディアセレーネのミララだよ~」
ミララと名乗ったその人は親指で後方をくいくいと指し示す。するとそこには遠方からこちらへ走って向かってくるネゴみんさんの姿があった。
なるほど、ネゴみんさんの協力者か。それなら、信用して良さそうだな。
「なんだか苦戦してそうだからつい出て来ちゃった。気を悪くしたらごめんね?」
「いえ、正直助かります。出来ればそのまま時間を稼いでくれると嬉しいんですが」
「いいよ~。と言ってもこの杖の気分次第だけど、まあ10分くらいが限度かな~」
ミララさんが笑いながら杖を振ると、少女を取り囲む空間が歪曲しだす。少女は無視してシフォン君に向かって剣を振るが、その軌道は歪み、明後日の方向の地面を抉った。
すごいな、これならあの重たい剣と打ち合わずに相手が出来そうだ。彼女に任せて問題なさそうだな。
「ミララさん、じゃあお願いしますね」
「承った! ま、別に私が倒しても構わんのだというわけで隙あり! ……て、硬!」
「あ、その人どこを攻撃しても基本効きませんから気を付けて」
「へ~……え、やばくない? それ」
「まあ、はい」
ミララさんが騙されたと言わんばかりの顔をこちらに向けるが、気にしないでおこう。
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