第7話 起死回生のチャンス

 万引きの一件以来、僕とMJの間には垣根の様な者が出来上がってしまった。

 あの日、息巻いて教室を後にしたが、胸の内は打ち拉がれていた。

 何気ない教室での会話も閉ざされ、MJの心と体に僕専用のバリアが張り巡らされて居たも同然だった。


 何とかしなければ、折角、同じクラスに成れたのに、その憧れの存在は糸が切れた凧の様にどんどん遠ざかって行く。


 梅雨に差し掛かると、あのMJの体操服を入れた袋も姿を消してしまった。

 深夜の慰みも不可能になった。


『誰か、なんとかしてくれ!』

との叫びが天に届いたのか、そのチャンスが意外な形で訪れた。



 放課後の事で在った。

 一旦、部室に向かったのだが、気落ちしていたせいか練習着を忘れた僕は教室に戻った。

 後で分かった事だが、MJとIEは生徒会の会合に行くまでの時間をお喋りで潰して居たそうだ。


 教室には二人しか居なかった。

 そこへ、KHがなだれ込んで来たそうだ。


 僕が教室の扉を開けた時、

 MJとIEは教室の後ろ、窓際に追い込まれていた。


 KHの表情は異常で、目は宙を彷徨い、口もとからは涎(よだれ)の様な者が垂れていた。足下も頼りなくまるで酔っぱらいの千鳥足その者であった。


 MJ達はそんなKHを怯えた眼で凝視してた。

 予期せぬ事態に言葉を失っていた様である。

 彼女たちが理解に苦しんでいる状況を僕は一目で嗅ぎ取った。


『KH、又、ボンドをしとる』


 彼とは見知らね仲では無い。毎年、盆踊りが催される頃にはライバル関係に成って居た。

 自分で言うのはなんだが、僕はその手に掛けては上手い方だった。

 僕が踊って居ると、後ろに同じ年ごろの女子が列を連ねる事が常態化していた。

 KHも又、その手さばき、足の運びは僕に勝らなくても劣らないと云う按配だった。

 当然、お互いが意識し合う間柄になって居た。

 競うように盆踊りの会場を周るのが毎年の行事みたいなものだった。


 そんなKHは何処で覚えたのか、時々、ボンドを吸うように成って居たのだ。

 シンナー遊びとほぼ同様である。

 見た目は先に話した通りで、意識は朦朧となるみたいだ。



KHを後ろから抱え込んだ。

彼は僕より相当背が高い。なので、抱えてると云うよりぶら下がって居る感覚だった。

 彼は何かを口走ったが言葉に成って居なかった。


「早う、今の内に~」

 僕はMJたちにそう告げた。


 彼女たちは手を取り合い体を屈め僕の横を通り過ぎた。


 さて、このままにして置けない。

 彼のアパートは知って居た。

 そこで、送り届けることにした。

 

 KHが僕に覆い被さるような形で教室を出ると、少し離れた所でMJたちが息を殺し様子を覗っていた。


「先生に言うなよ。僕はこいつを家まで連れて行くから」


 彼女たちは躊躇いがちでは有ったが頷いてくれた。

 僕は事を大げさにしたく無かった。

 KHは普段なら気のいいやつだ。

 こんなことで、とは言っても大した事なのだが、槍玉に挙げらるのを見かねての対処だった。


 MJたちの恐怖心はいかばかりであっただろうか。

 まさに、強気をくじき弱気を助けるヒーローその者に成ったような心地がした。

 これで僕に対するMJたちの評価は幾分持ち上がる筈だ。


 ちなみに、昼休みの屋台での万引きは既に辞めて居た。

 馴染みの店は幾らでも有るからして~。


 




 


 



 


 

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