第2話 やっぱり、MJの傍に居るのは堪らない

 授業中はいつも後ろの席が気になって仕方が有りません。

 始終彼女の息づかいが背中から伝わってきます。実際は、僕の思い込みなんでしょうが、気配はいつも感じて居ました。

 たまに堪えきれず振りむくと、MJは手にしたペン先を黒板に向け、


『前を見てないと』


と、注意を喚起して来ます。

 その様に窘められる事も嬉しくて堪らない僕でした。


 ワザと消しゴムや鉛筆を落とし、その顔を覗き見する事も日に二三度は有ったと思います。



 学年が改まれば生徒会の選挙が行われるのは決まり事です。

 我が憧れのMJは生徒会の副会長に立候補しました。

 クラスの誰もが彼女ならと頷いて居ました。

 僕は表立って応援する事は出来ませんでしたが、所属する野球部の同学年の生徒や、一年生の後輩にそれと無く投票を依頼して居ました。


 選挙戦が始まれば候補者は各学年、各クラスを周り演説を繰り広げます。


 MJが推薦人として付き添っていたIEと教室に入って来ました。

 割れんばかりの拍手喝さいの後、MJが立候補者としての初心を語り始めました。

 胸には名前が書かれたタスキが掛かっていました。


「この度、副会長に立候補したMJです。私は・・・」


 彼女が何を言って居るのか耳に入って来ません。

 唯々、その容姿に見とれ頷いて居るだけの僕でした。


 選挙の結果は自ずと知れて居ました。

 MJは見事に当選。クラスの役員も決まりクラス内が落ち着き始めました。

 そうそう、MJの付き添いをしていたIEは学級委員に選ばれました。



「どうや、学年、いや、学校一の美人のMJの前の席の居心地は?」

 

 昼休みにNTが話し掛けて来ました。

 NTとは小中と同じクラスになった事が度々あり、学校帰りに彼の家に寄った事も有りました。

 中学校に入ってからは、僕は野球部でNTは、所謂(いわゆる)帰宅部で共に遊ぶことは無くなりましたが、未だに気軽に話し合える相手です。



「どうってこと有るな」

「そらそうやろ。お前、しょっちゅう(頻繁に)後ろ見てるもんな」

「そんなにか?」

「一層の事、机を反対にしてMJと向かいおう(会っ)たら。どうせ、前を向いても後ろを向いても成績は同じやろ」

「そこまで言うか」

「まぁ、ほどほどにな。高嶺の花は手が届けへんから余計に綺麗に見えるんや。ん~ん、我ながら名言やな」

「言われんでも分かってる。この席に居るだけでも十分や。そやけどな・・・」

「なんや。言い出しといて~」

「最近な、ちょっとやる気が出て来たんや」

「なんのやる気や?」

「決まってるやろ、勉強や」


『プッ!』


 失礼にもほどがある。長年の友達に対して噴き出す事は無いではないか!

 だが、頷けない事でもない。僕の成績と云えば、クラスの真ん中辺りをクラゲの様にゆらゆらと言った所だ。とても、万年上位に居るMJとは比べものに成らない。


 ただ、それに関してはイラつく事が有る。科目に寄ってはだが、テストの答案用紙を配る時に、成績の上位から前に呼び出されるのだ。

 僕が答案用紙を受け取り席に戻って来る度に、にんまりとMJが微笑むのだ。


『今度は、頑張ってね』


と、言われて居る様な気がしてならなかった。


 俄然、背伸びをしてでも上位に喰い込もうと、僕はやる気を起こした訳で有る。

 成績が上がれば、


『今回は頑張ったね』


と、微笑みの意味が変わるのを期待しての事で有る。

 動機が邪な事でも、結果が良ければそれで良いのではないだろうか。


 NTは追い打ちを掛けて来る。


「MJより背が低いからって、高い下駄を履いたら転んでしまうんやで」


 実の所、僕の身長はMJより10センチ程低かった。まだ成長期だと言い聞かせてみてもこればっかりはどう仕様も無い。

 そんな僕が最後尾から二番目の席に居られるのは視力のお陰だ。

バカげた話だが身長が伸びるようにと、本気で僕は夜ごと空に向かってジャンプを繰り返していたことが有る。一週間と続かなかったのだから効果は見られなかった。



 言い忘れて居たがMJは軟式テニス部に所属していた。

 我が校のテニス部は府内でも常に上位に喰い込む強豪と言われる部類であった。

 練習試合となると、鼻の下を伸ばした男子生徒がコートの周りをたむろしていた。

 見かけたことも在るであろうテニス独特のユニホームを。

 特に、MJがそれを着てプレイすると、まるで天女がコートに天下った様に思えてならなかった。


『ハ~イ』


 つとつとつと、


『パ~ン』


 ヒラヒラ~チラリ!


 のぼせて仕舞って居た僕の鼻からジワリと鼻血が漏れだしても可笑しくないといった有様である。



 


 

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