第27話 昔日の赫き炎(2)

 深夜、月明かりよりも強く戦火が照らしてくる中、周囲の喧騒とは裏腹に沈黙を貫く私の焦る表情と早太郎の寂しげな表情がそこにあった。



 「…早太郎…お前は、どうするんだよ」


 「僕のことは気にしないでください。逃げれたら僕も後を追います。…あなたはここの人間じゃない。あなたはここで村の人たちと一緒に骨を埋めることになるべきではない」


 「そんな…くそっ…お前はやっぱり変わってないんだな…早太郎、お前も逃げるんだ。生きてこの先もあの祠を守るんだ」


 「…!」



 早太郎は驚いた表情を浮かべた。早太郎は先祖代々受け継いでいた山中の祠を守ることを使命として持っていた。そしてこの祠は私のかつての戦友の墓でもある。ずっと昔に私たちは、共にこの祠を守り抜いていくことを誓い合ったのだ。



 (…『君』という人は…)



 その時、家の周りからも人々の悲鳴が聞こえてきた。近くで焦げ臭いにおいがする。魔の手はもうすぐそこまで来ているのだろう。



 「早太郎、話は後だ。早く逃げろ」


 「でも、ゲンヨウさんが!」


 「大丈夫だ。私はお前が思っているほど軟弱者ではない。お前がここで敵を相手にするよりも、俺が相手をした方が二人とも助かる確率が上がるんだ。だからお前は早く行け!」


 「ゲンヨウさん…くっ、わかりました。ご武運を!」



 早太郎はこちらを振り返らずに家を飛び出していった。早太郎が遠ざかっていくのを窓から見届けると、私も外へ出て戦闘態勢に入った。周囲を見渡してみると、すぐ近くの道にとてつもない数の兵士が行軍していた。度々女をさらっていく者の姿も見える。私は震える脚をなんとか動かし、軍の前に立った。



 「おい!ここから先は通すわけにはいかない!さらった人や奪った金品を置いて退却するんだ!」


 「なんだ?こいつは…変な恰好をしているが…」



 兵士の一人が私を見下すような目で馬上から見降ろしてきた。鎧の装飾から見るに相当高位の身分なのだろう。



 「…早く退けと言っている。さもなくば命はないぞ」


 「ははは…!何を言っているんだお前は。お前ひとりで何が出来るというんだ。この軍に勝てるとでも思っているのか?」



 そう言って兵士は私を嘲笑う。



 (…威勢のいいことを言ったが、本当に私にこの人数を相手にできるのだろうか…いや、やるしかない。あの時私が逃げたから早太郎は死んだんだ。私が戦うしかない…もう二度とないこの機会…助けられる可能性があるのなら、私はそれにかけてみたい…)



 私は全身に今出せる最大の妖力をみなぎらせた。そして軍全体を巨大な竜巻で包み込んだ。



 「霜之風渦シモノカザウズ!」



 竜巻は軍全体を巻き込み、重い軍馬でさえも天高く吹き飛ばした。



 「なんだ…何が起こった…!?」


 「まだまだいかせてもらうぞ。死風狩シフウガリ!」


 私は妖力を刀の形に練り上げ、凄まじい速さで残った兵士を一網打尽にした。順調に数を減らせていると思っていた時、突然硬い何かが私の刃を止めた。



 (…なんだ…これは…刀…?私の妖術が受け止められたとでもいうのか…?)



 顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。



 「…!お前は…将門…!?…はは、どうやらこの時代は思っていたよりも古かったようだ。あの時村を襲ったのはお前だったのか、将門!」



 そう、今私の目の前にいる馬に乗った男こそ、生前の平将門本人である。怨霊になる前なのにもかかわらず、圧倒的な威圧感を放っている。そして彼の持つ大太刀は異様な気配をまとっていた。私にはわかる。この刀にはかなりの妖力が宿っている。



 「随分と好きにしてくれたようだな…『あやかし』よ…」


 「…!お前…私の正体が…!」


 「ああ、わかるとも。お前の正体…しっかりと浮き出ている。…『ぬらりひょん』…そうだな?」


 「…!…お前、そこまで…!」


 「誰であろうと、私の野望を邪魔する者は切り伏せる。私の天下の糧となるがいい!」



 将門は凄まじい妖力を迸らせて、私を斬り付けてきた。もうだめかと思っていた時、横から何かの影が飛び込んできて私を庇った。



 「…!…早太郎…!?どうして!?」



 それはまさしく早太郎だった。あの時確かに逃がしたはずだ。なぜ戻ってきているのか…



 「ゲンヨウさん…すみません…やっぱりあなたを見捨てることなんてできませんでした…」


 「…どうして…なんで、なんでなんだ!せっかく逃がしたのに、なんで!?」


 「君がだれよりも大事だからだ!ぬらりひょん!」


 「…!!」


 「…実は…昨日の夜くらいからわかってたんだ…君にお茶を出した時、君は左手の親指と薬指を使って湯飲みを持った。そんな飲み方をするのは君くらいしかいないよ」


 「…最初から気付いていたのか…」


 「まあな…ぬらりひょん…僕からの最後のお願いだ。…生きてくれ。君には僕なんかよりも出来ることがたくさんある。だから生きて、僕のできなかった分までやりたいことをやってくれ」



 早太郎の体から大量の血が流れる。体温は徐々に冷たくなっていく。…結局最後まで結末が変わることはなかった。生きてくれという言葉も、あの時、瀕死の早太郎を見つけた時彼に言われた言葉と全く同じものだ。



 「早太郎…しっかりするんだ!…これじゃあ…何の意味もなかったじゃないか!」


 「大体のことはわかる…君は未来から来たんだろう?そして君がここに来たのにはきっと理由がある。でもそれは僕を助けることじゃない。本当の理由は、君が考えればわかるんじゃないかな…?意味がなかったかどうかはまだ分からないよ」


 「本当の理由……そうだ、今の俺の使命…目の前にいるこの男…!」



 私は早太郎を地面にそっと寝かし、将門の前に立ちはだかった。



 「無駄話は済んだか?とんだ馬鹿者だな、その男は。逃げていれば助かったというのに」


 「確かに馬鹿だったな…せっかく逃がしてやったのに…だが、無駄死にであるかどうか、お前に言う資格はない!」



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