第6話 「次はペンギンとカニさんの形にしてあげるからね」


 俺は玲司くんの少し先を歩いた。たどり着いたのは、人気のない図書室の裏にある、小さな庭だ。木陰が気持ちよく、風の通るベンチまである。ゲームの中では、何か親密なイベントが発生するときは、だいたいこの場所だった。 


「そういえば玲司くん、お昼は? さっきも俺が声かけるまで本読んでたけど」

「…購買で適当に買おうかと思ってたけど、食欲ないからやめた。病み上がりくんは気にせず食べていいよ」


 言いながら、俺の手元にある弁当を見る。俺の名前は久住だし、弁当はひとつだ。となれば、取れる行動は一つしかない。


「よし、じゃあはんぶんこだな」

「…は?」

「大丈夫、俺はおにぎりを作るときと生肉を触るときは手袋をする派だから」

「ちょっと、言ってる意味がよく」

「ほら、座って」


 先にベンチへ腰を下ろして、玲司くんを見つめる。金糸のような髪が風に流されて、こちらを困惑気味にみつめる目と視線が交わったり、途切れたりした。しばらくは無言で、やがて玲司くんは観念したように俺の隣へ座る。


「二種類あるんだけど、鮭とふりかけ混ぜたやつ、どっちが良い?」

「……お前が作ったの?」

「もちろん」


 ちなみに、リオの分も作っている。お兄ちゃんなので当然だ。食品はまとめて買ったほうが安いから、という母親のおかげで、おにぎり以外のおかずも、長期休み中は毎食が素麺だったとは思えないほどに種類がある。

 玲司くんは、まるで難しいテストの問題に直面したときみたいに、じっと弁当箱代わりのタッパーを覗き込んでいる。


「…タコがウインナーだ」


 それからぽつりと、そんな感想をもらした。


「ちがう、ウインナーがタコなんだよ」

「本当にお前が作ったの?」

「まあ…冷凍食品も混ざってるけど、概ね…」


 そう、なんだけど。なんだか、あまりにもまっすぐな目でたずねられると、無意味に自信がなくなってくる。あと顔が良い。


「…じゃあ、これ」


 言いながら、玲司くんはタコがウインナーになったもの…ちがう。ウインナーがタコの形をしているものを指さした。このお弁当のメインでもあるおにぎりを選ばないのか。なんて謙虚なんだ。それか、遠慮をしているか。


「本当に? それだけでいいの?」

「いい。食べさせて」


 言いながら、玲司くんが口を開ける。俺が「お箸ひとつしかないから気にならなければこれを使って欲し」と言うよりも速いスピードだった。ほんとに? 初手あーんなんて、お兄ちゃん慣れてないんですけど。今までの人生でそんな場面なかったんですけど。でもまあ…ゲームの世界で、メインキャラクターがやっていることだから、この世界では普通…なのか? いやいや……自覚をするまで普通に生きてきたけど、やっぱりおかしい気が。

 わかりやすく慌てている俺を、玲司くんが目線だけで急かす。髪の毛と同じ色をしている虹彩が、他の存在するすべてを差し置いて、今は俺だけを映していた。これはちょっと…刺激が強いですね…。

 結局、その場から開放されたい一心で、俺はタコ型ウインナーを玲司くんの口に運ぶ。小さな口が開いて、赤い傑物が闇に消えていった。なんだか、肉食獣に餌をあげている気分だった。幼い日の遠足を思い出す。


「…口に入れたらただのウインナーになった」

「それはまあ…見た目がタコっぽいってだけだから…」

「もっと海洋生物みを感じるかと思ったのに」


 玲司くんは、意味不明なことを言いながら、すこしだけ拗ねているようだった。…もしかして、こういうの食べるの、人生で初めてだったのだろうか。たしか、玲司くんの家ってハイパーお金持ち…という設定だったし。ベタにお城みたいな門があって、尻尾の長い大きな犬がいて、お手伝いさんが何人かいる感じの。


「…玲司くん」

「なに?」

「次はペンギンとカニさんの形にしてあげるからね」

「……何の話?」


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乙女ゲームヒロインの兄ですが、王子様はどうやら俺のことが好きみたいです でかくてつよい鳥 @nakuyo_yo

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