異形頭がある風景

雨庵

第1話 雪中模索①(サイド:来訪者)

雪解けが始まる季節。

徐々に顔をだす山肌。

山よりも一足早く春の気配が訪れる人里では、木々がおずおずと芽吹き始める。


真冬に比べ温かくはなってきているが風はまだ冷たい。

日が落ち切ると、なおさら冬の残滓が身に染みる。

街中は平野や山に比べればまだましとは言え、まだまだ寒気は厳しい。

俺は外套の襟元をきゅっとしめ、足早に石畳を歩いてゆく。


表通りから外れ、角を二つほど折れると、表通りとはまた違った騒がしさを見せる裏通りの一つに入った。

馬頭横丁。

他の裏通りより幾分か道幅が広いドヤ街には、運送屋を始め、駅馬車用の馬や輸送用の馬車馬、馬問屋など、輸送業、特に馬に関係する店が立ち並ぶ。

商売柄、荒っぽい住人が多いが、安くて美味いものを食わせる店も多く並ぶのがこの通りの特徴だ。

街灯は無いが、建物の明かりが道を明るく照らしている。

店の前には見知った顔がチラホラあり、軽く声をかけつつ通りを進んでいく。

通りの中ほどまで来て、ようやく馴染みの店の明かりが目に入った。

こじんまりとした構えに、これまたこじんまりとした看板を掲げる大衆酒場。馬車馬亭。

地元のエールと煮込みが名物の店だ。

4頭立ての馬車が描かれた看板を目の端に見ながら、年季の入ったドアを押し開ける。

ドアベルがカランカランと軽快な音を鳴らす。

既に夕飯時も過ぎ、客が引き加減になっている時間帯だ。

店内に残る客はまばらで、離れたテーブルに2組ずつ御者の様な風貌の男達がチビチビ酒を舐めている。

そいつらにチラリと目を向け、正面突き当りのカウンターに向かう。


7席あるカウンターの内、向かって右端の席に座る。

カウンターに置かれたエールの樽と厨房の入口に一番近い席。そこがこの店におけるお気に入りの席だ。

別に公然と決まっているわけではないが、まあ、常連のこだわりたいなものだ。

当然、誰かがこの席に座っていれば、自分は黙って他の席につく。

その程度のこだわりだ。


入口からまっすぐお気に入りの席に向かい腰掛ける。

店内は温かいが、まだ外套を脱げるほど体が温まっていない。

はやく料理と酒で体を温めてやりたい。


「よう。ハンス。久しぶりじゃないか。」


席に着くと同時に野太い声がかけられた。

この声の主は、カウンターの向こうにいる背の高いスキンヘッドの男。

歳の頃は40を過ぎただろうか。いつも着ているシャツをいつも通り腕まくりし、カウンターに並べたジョッキを一つずつ丁寧に拭いている。

元々は猟師と言う話で、全体的に引き締まった筋肉質な体をしている。

最近は腹が出てきたと言っていたが、むしろ年相応の貫禄が出てきたと言えなくもない。

童顔を気にして髭を生やしているが、笑うと人懐っこい笑顔になる。


「ひと月ぶりくらいか?出稼ぎでも行ってたのかい?」


俺はエールと煮込みを注文して、マスターの問いに答えた。


「年が明けてすぐ、北の森に入ったんだよ。」


そう答えたところで、ちょうどエールのジョッキが目の前に置かれた。

ゆっくりと味わうように喉に流し入れる。

麦の旨味が広がり、苦味が後味をさらっていく。

最後にはほのかな甘みと豊かな香りが鼻に抜けて余韻を残していく。

もう一口と行きたいところだが、マスターが俺の答えを聞いて目を見開いている。


「北の森だあ?北の森つったらお前、あれだろ?人っ子一人寄り付かねえって話じゃねえか。

 なんだってまたそんなところに・・・」


まあ、驚くのも無理はない。

ここいらで北の森といえば北嶺から吹き降ろす風は肌を裂き、極寒の冬でも枯れぬ大木が太陽の光を遮り、暗がりに何が潜むかわからない深い闇を抱えていると有名だ。

好んで足を踏み入れる者などそういない。


「王都の金持ちが、雪イタチの毛皮でコートを作るから急ぎで取ってきてくれって依頼を受けたんだよ。

時期も時期だからって吹っ掛けてやったら、すんなりと払うって言いやがってな。

こっちも受けざるを得なくなっちまって、北の森に入ったのさ。」


ため息。

今思い出しても、何とでも理由をつけて断ってしまえばよかったと思う。


「で、雪イタチを追いかけている内に途中で迷ってまってな。

真っ暗な森の中でにっちもさっちもいかなくなっちまってたんだ。」


「にっちもさっちもって・・・お前さん、そこからどうやって帰ってきたんだい?

 まさか幽霊ってんじゃないだろ?」


そこで俺は言いよどむ。

自分でも信じられないあの出来事を話したものか。

どうせ酒の席のほら話だと笑い飛ばされるのが関の山だろう。

まあいい、黙って酒を飲むのも味気ない。

少しマスターに付き合ってもらおう。


「・・・・店がな。あったんだよ。」


「何言ってんだお前?」


「まあ聞けって。」


そして俺はあの日の出来事を語り始めた。







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