第3話 片道切符

「おい〜、久々に真っ当に危ねえ仕事じゃんよ〜」

 ミーティングを終え、デスクで書類のチェックを済ませてからコーヒーカップを傾けていたところに大きな声が届く。

 めんどくせぇなあ!と言いながらも若干愉快そうにゼフが言うのを横目でチラッと確認して、眠そうな顔のカイは大あくびをかましながら書類を手に取り、ゼフの顔にぺちんと押し付けた。

「うぉっぷ」

「浮かれてないでちゃんと資料見ろよ」

 渋々、といった様な表情で受け取ってそのままカイのデスクの前で突っ立って資料をめくっていたが、2枚目の5行目あたりに嫌な文字を見つけて顔を上げた。

「魔導生物ってなによ」

 上司に向けるのに適さない、ひどい顰めっ面だった。

「……さあ、依頼主曰く「マーマンの様な見た目」の魔導生物だと」

 マーマン。人の形に近い水性の亜人だ。

 マーマン自体は亜人と言うくらいだから社会性があり人語も介する。表皮が魚のような感じのものからヌメヌメしたものも存在している。

 多種多様なので一概にどのタイプとは判断がつかないがおおよその想像はついたようで一度は納得したゼフだったが、更にめくった先の一文に動きを止めてチラッと目だけでカイを見た。

「おにーさん、資料に精神汚染撒き散らす様な生き物だって書いてますケド?何系?」

「鬱状態、逆に躁状態もあるし、発狂に近い症状も出たそうだ。行政から処分命令が出て行き詰まってるらしい」

「発狂まで?マジ?」

 皮の丈夫そうな鞄にに書類を詰め込み、ゆったり立ち上がったカイは椅子の背もたれを振り返り上着を手に取る。

「全部ハッキリ書いていますねえ副班長。しょうがないですよ、素人が作った魔力生命体ですよ、バグだらけに決まってるでしょ」

「いや〜ん、馬鹿ほど強かったらどうしよう〜」

「まーた心にも無いことを……」

 腕をブンブン振り回しながらワクワクした顔されてもなあ、などと思いながら身なりを整えゼフに一瞥をくれてやる。

「ほら、遊んでないで。魔道具室寄ってから行くぞ」

「えーす、りょっす〜」

 気の抜けた返事をしつつ自分のデスクに戻り資料は机上に放って、カイと同じ様に椅子の背もたれにかけていた上着やらデスクの傍に立てかけていた剣やらをぱぱっと拾い上げた。

 カチャカチャと小物のぶつかる音を立てながら小走りで廊下を進み、既に倉庫のような部屋に向かっているカイを追いかけた。

 追いついた頃にはもう中を物色していたカイの背中越しに指をさしながら「アレは?測定器」と指図すると「もう持った」と短く返されてしまった。

 魔道具室と呼ばれる実質倉庫の部屋には様々な道具が収められている。

 先ほどゼフが指したのは、目に見えない魔力を数値として計測出来るようにした魔法道具だ。

 微力な魔力を蓄えさせて、その魔力によって作動する。

 魔導生物が行なっているであろう精神汚染もおそらく魔力によって行われているだろうので、範囲の測定に使う予定だ。

 ゼフ自身も道具を物色して、魔力を反射させるタリスマンを手に取り、ポケットに2、3突っ込んだ。

「リフレクタリスマン〜?効くかな〜?」

「無いよりはマシだろ。お前も持っとけよ」

 反対方向を見ていたはずのカイがいつのまにかこちらを向いており、訝しげにポケットを覗き込んでくるのでゼフは棚からもう3つ掴んでカイのジャケットを引っ張り寄せて、有無を言わさずポケットにねじ込んだ。

「あとは」

「ん、測定器は持ったろ。念波測定のやつも一応持った。……タリスマンも今ねじ込まれたし。あとはオレの魔術とお前の体術でなんとか出来るんじゃないか」

「そうね。場所は城下町の端っこだっけ」

「そう。歩いて10分くらいだろう」

 荷物を詰め終えた鞄を拾い上げ退室するカイに続いてゼフも部屋から出る。

 廊下を少し進んだ先のエレベーターまで移動してカイが下りのボタンを押すと、今エレベーターが何階にあるか示されているランプが段々とオフィスがある7階に近づいてくる。それを2人してぼんやりと見上げていた。

「住宅地なのやだな、ちょっと暴れるとすーーーぐ衛兵くるもん」

 チン、と高い音が鳴って扉が開かれると吸い込まれるように入っていき、後に入ったゼフが1階のボタンを押して、ため息と混ざった愚痴をこぼした。

 カイはそれを鼻で笑いながら「暴れないで済むように運びましょうよゼフさん」と軽く答えるとゼフからは気の抜けた返事が返ってきた。


 ______________________________


 RLCのビルから歩いて10分程進んだ場所にあるのは小さな噴水広場のある昔ながらの住宅街だ。

 もう10分ほど進むと城下のバザールに出るような場所だ。過度に賑やかなわけでは無いが、静まり返っている訳でもない。生活の基盤と言ったような街。

 そんな街の片隅に依頼人の家があった。

 玄関には色とりどりの花の鉢があり、明るい印象を受ける。

 なんら変哲のない家の様だが、先ほど玄関前に立った途端にカイの鞄の中の計測器が鳴り止まないのだ。

「やばくね……そりゃお国からダメだって言われるわけだわ」

「マジやばっすね、異常値でダダ漏れですよゼフさん」

 カイは鞄の中に手を突っ込んで、高い音を放って鳴り止まない魔力測定器から魔力を吸い上げて黙らせてから咳払いをひとつして、ドアノッカーを手に取り、3度叩く。

「こんにちは!わたくし、RLCの職員でございます!フローラ様のお宅でございますか?」

 と、大きな声で名乗った。

 聞こえやすいようにという意図もあるが、私たちは不審者じゃないですよ〜の表明でもある。

 女性のお宅に野郎が2人でお邪魔するんだから、配慮も必要である。

 声をかけてからしばらく応答がない。

 家の中からうんともすんとも気配がない。

 2人は2分ほど待った。

 超絶笑顔で扉を見つめながら。

 そろそろゼフが痺れを切らせそうだな、とカイがゼフの方を向こうとしたと同時に室内から物音がして、ガチャリと扉が開いた。

「……どうぞ、入ってください」

 囁くように招く声は低く少し掠れていて妙な迫力があった為、2人して面食らってしまい反応が数秒遅れた。

 ハッとした顔を無理やり引っ込めて先に動き始めたのはカイの方で、深々とお辞儀をし失礼致しますと述べてから室内へ入って行った。

 ゼフは数秒遅らせてからカイの安全を確認し、大きな声で挨拶をしながら続いた。

 入ってすぐは至って普通の居間になっており、普通のテーブルセットに普通の暖炉、普通のソファ、普通の観葉植物など、全てが普通の部屋だった。

「フローラ様、本日はご依頼ありがとうございます」

 一旦ぐるりと部屋を見渡したあと、先を歩いていたフローラ氏が振り返り動きが落ち着くまで一呼吸置いて、それからカイが改めて挨拶をした。

「わたくし、RLCリスククラス0課、3班班長、カイ・セントハバードと申します」

 カイは懐から出した名刺を差し出して会釈をする。

 フローラは、お世話になります、と短い言葉でそれを受け取りよく見もせずそのままポケットに仕舞い込んだ。

「私は副班長のゼフ・ゲルヴィと申します」

 フローラの先ほどの所作を見て内心悪態をつきながらも、表情にはおくびにも出さずビジネスマンらしい笑顔でこちらも名刺を差し出したが、やはり即座に仕舞われてしまった名刺を見てゼフはどこか虚しさを感じた。

 そんなことを知るはずもないフローラは、早速カイから手渡された契約書に目を通して、小さく息を吐いた。

「……魔術省からも公衆衛生局からも通知書が届いていまして……」

 居間の端にある書き物机の引き出しから、いかにも緊急だと言わんばかりに赤い色をした紙が2枚取り出され契約書の上に置かれた。

 内容は、魔法省による“異常な量の魔力が常に漏れている状態なのでなんとかしなさい、危ないでしょ!コントロール出来ないなら発生源をきちんと処分して!”という内容のものと、公衆衛生局による“あなたの家から漏れ出ている魔力は精神を汚染する効果が含まれているなんらかの術になっており、近隣住民のメンタルヘルスに甚大な被害を与えているので即刻発生源を含む汚染魔力を無効化させなさい!”というお叱りのものだった。

 ゼフもカイも心の内では、まあそうなるわな、なんて思っている。だからと言って雑に返すほど愚かではない。

「ははあ、これは大変な状況かと存じます。早速ですが対象の確認をしたいのですが、処分予定の魔導生物はどちらに?」

 カイの問いかけにフローラがこっちですと答えて歩き始める。3人は居間を出て、階段を登り、2階にある寝室へと移った。

 フローラが扉を開いて中へ入り2人を招くが、どちらも入室できずにいる。

「……この子が、その……。とりあえず、中へ」

 扉が開かれた時にも感じたが、こちらが“それ”認識してから更に震えが増したなあと思いながら、ゼフはポケットの上からタリスマンを握りしめた。

 カイも同じことを感じたようでジャケットのポケットの辺りを軽く押さえている。

 2人のポケットの中で震えるタリスマンは、装備している対象に意図して注がれる一定の魔力を反射する。効果を発揮している間、魔力の周波数によって細かく震えるのだ。

 フローラの寝室はそう広くなく、小さなタンスとベッドがひとつあるような簡素なものだった。

 その簡素な部屋の雰囲気は、そこに佇むただひとつの魔導生物の存在によって大きく歪まされていた。

 青空のように澄んだ水色の肌は艶やかでみずみずしく、シュッとした体つきはおおよそ人に近い見た目をしている。

 俗っぽい言葉で形容すると「美しい」見た目の人型の生物。

 人間で言うところの二の腕と両足首のあたりにヒレがあり、頭や体に毛は生えておらず、よく見ると美しい鱗で覆われているその生物は、フローラから「ルイス」と呼ばれて彼女を見上げた。

「ルイス、お別れを……お別れを、しなくてはならなくなったの」

 ベッドに腰掛けてフローラを見上げるルイスは、小首を傾げて言外に分からないぞと返したようだった。

 カイとゼフのタリスマンはまだ震えている。

 それは、こちら側に意図して魔力(魔術とも)が向けられ続けているということだ。

 兎にも角にも詳細を確認するため室内に入ろうと足を動かしたゼフだったが、ビリ、と鼻先に何かがかすめた気がして立ち止まった。それはおそらくあの魔導生物が発しているであろう結界のようなものだと感じて、その場に留まったのだった。

「フローラさん、大変申し訳ない。おそらくその、あー、ルイス?が結界を張っていて入室できないんです。なんとかなりませんか」

 そんなものに無闇に飛び込むのは怖すぎる、と。ゼフが人を食ったような口ぶりで呼びかけた。

 フローラよりもルイスの方が先にこちらを睨んできてなかなかに戦々恐々だったが、負けずとカイも続く。

「我々、非常に歓迎されていないようでして。今このまま入室すればどんな魔術を展開されるか分からないような状態にされてます」

 え?!と声を上げたフローラはルイスに向き直り両肩をやんわりと掴んだ。

「ルイス……ダメよ、彼らをお部屋に入れて」

 どうにもフローラは魔術に明るい方ではなく、また魔力への感度も低いようで何が起きているのか本人はさっぱり分からないようだが、ルイスをまっすぐ見つめてそう言った。

 当のルイスはバツが悪そうに視線を逸らせて少し間を置き、恨めしそうに招かれざる客を睨みながら結界を解いた。

 ポケットの中のタリスマンが殆ど震えなくなった事にひとまず安堵し、警戒しつつも寝室に入った2人はルイスに近寄り(ある程度距離は置いて)、そして同じようなタイミングで小さくため息を吐いた。

 これには、安堵と戸惑いと、面倒臭さが混じっている。

 ゼフはルイスから視線を逸らさないようにしたまま、カイの鞄を手探りで弄って計測器を2種類引っ張り出す。

 カイはフローラの方を向いて、フローラの目を見て話し始める。

「フローラ様、ご依頼内容の再確認なのですが、ルイスの処分……で宜しかったでしょうか」

「……はい、私には彼を消滅させる手段がありませんので……」

 フローラの声はかすかに震えていて、次第と顔が伏せられてしまった。

 俯いた視線は何かを捉えるというよりは、現実から逃げ出したいという様な動きだった。

 体の前でゆるく組まれた指先はしきりに組み替えられていて落ち着きがない。

 困ったな、こりゃ本心では処分なんかしたくないって思ってやがるぞ。

 カイはそうであろうと考えて、幾つかのパターンを予測した。依存、精神汚染、共同体化。どれも厄介だ。

 本来は頼まれた仕事をそのまんまやり通せばいいのだ。このままルイスをスパッと処分するのなんざ理屈じゃあ難しいことではない。しかし万が一、考えていた事が起こっていた場合、この2人だけの問題ではない二次被害が起こらないとも限らない。なんてったって「未確定の魔導生物」だから、どんな特性で性質なのかわからない。

 心のつながりが魔力の繋がりになる、なんてのはザラにある話だ。この2人が依存関係だとしたら、今のバランスを崩した途端魔力暴走する!なんて事もあり得なくもない。

 原因を探るためにまずは揺さぶってみるか。と、カイは振り返って作業をしているゼフを見た。

 しゃがみ込んでルイスから溢れる魔力や念波の測定をしていたゼフだったが、衣擦れの音で気配を察してカイを見上げ、小さく頷いた。

「かしこまりました。処分についてですが、その、申し上げづらいのですが最後まで見届けてもらう必要があります」

 ゼフが頷いたのを見てフローラに向き直り、規則にはないことを告げた。

 別にちゃんと処分したか見届けててもらったりしなくったっていい、事前に「相違なし」と書面にサインさえ貰っていれば問題ないのだ。

「……どうしてもそうしなくてはならないのですか?」

 うなだれたままで、組んでいた指をしきりに摩り始めるフローラ。

「はい」

 間を置かずに、短く強く返事をされてフローラの指の動きは一段と増す。

 床を見るでもなく眺めていた視線がゆったりと移され、ベッドの上でずっと彼女を見つめていたルイスを捉えた。

 ルイスと視線が絡むとフローラは、ゆるゆるとルイスに歩み寄り、床に膝をついてルイスに抱きついた。

「……国から、殺せと言われて。でも私、本当は、失いたくないの、私、ルイスを……」

 窓の外から子供達が遊ぶ声や噴水広場の水の音などが届いているのに、か細いフローラの訴えと鼻を啜る音だけが室内を支配する。

 ルイスはフローラの頭に手のひらを添えて柔らかく撫でながら、カイとゼフを交互に睨みつけている。

 そんな熱視線を浴びながらもゼフは測定を終えた様で、道具一式を鞄に仕舞い込んで立ち上がり、カイに耳打ちをした。

「魔力測定がマックスから全く下がらん。フローラさんを見る分に多分最初はフローラさん本人の少量の魔力から生み出されたっぽいけどな。念波計の方も振り切れてるから精神汚染の方はこっちがメインだろうと思う」

「俺も一応見てみたけど、魔力の流れがルイスに集まりまくってるから多分吸ってるな。念波はお前がいう通りだと思う。本人が魔導生物だからそれにも微量の魔力が含まれててタリスマンが反応したんだろうな」

 報告を受けて小さくため息を吐きながら本人の所見も返して、カイは改めてフローラとルイスを見た。

「ゼフはどう思う?」

「怖えのは魔術的な面での共同体になってた時だわな。いま均衡が取れてるなら、ルイスやったらフローラはどうなるか分からねえ。ルイスがバランス取ってる可能性の方が高いから残った方に全部流れ込むのか、全部流れ出して死んじまうのか……」

 問われて困り顔でゼフが答える。

「だよな、ルイスがやたらと魔力を蓄えているからな。ちょっともっとよく調べないと今ここではい終わり、とはいかないな」

「そう。あとそうじゃなくてもアレ。あの、これアレでしょ絶対。こいつらそれ以上の関係でしょ」

「あーあーあー。間違いないと思う」

 もしかして?と思っていた事がお互いの言葉で聞けて感情が一気に雪崩を起こした様で、それぞれに、あー、とか、うー、とか言いながら2人揃って後ろ頭をぽりぽりと掻いた。

「ごめんフローラさん、ぶっちゃけてなんだけど」

 しばらく唸っていたが、このままでは仕方ないと。ゼフが出来るだけ軽く聞こえる様に口を開いた。

「あんたら恋仲なの?」

 ぴり、と。

 一瞬室内が氷漬けになったかの様に冷えたが、すぐさまフローラから動き始めた。

 スッと立ち上がりルイスの額にキスを落としてから2人を向き直り、まっすぐな瞳で、まっすぐな言葉で

「身も心も、ルイスのものですの、私」

 と。

 先ほどまでの細々とした声が嘘の様だった。

「ですけれどどうしたら良いのか分からずにいました。彼を逃す方法も考えましたが彼のいない日々はもう私が耐えられない。共に死ぬ事も考えましたが、これほどに美しい者を手にかける事は私にはできない。ですから私はあなた方の会社に頼ったのです」

「……テメーで作ったオモチャに恋慕って、開き直って訳のわからねえ事言ってんなこいつ」

 熱く涙ながらに語るフローラの言葉に隠れる様に、小さく小さく悪態をつくゼフを膝でつついて黙らせカイがフローラの言葉に続く。

「大切な存在を処分だなんて、さぞ苦悩されたでしょうフローラ様。ですが国からの命令もありますから、このままではお二人の為に良くありません。ですから弊社にご連絡いただけて本当によかった!」

 仰々しい口調でカイが言うのを、フローラは呆気にとられた様な、それでもそれが救いに見えているのか、明るい表情で見つめた。

「……助けてくれるんですか?」

「我々が烏滸がましくも「救う」などという事は出来かねますが、処分せずともなんとかなる方法は提示する事ができます」

「!、ぜひ教えてください」

「まず今の状況ですが、ルイスはお客様がつくられた魔導生物ですので、微量ながらフローラ様の魔力を吸っています。ルイスは、今ざっと調べた様子ですと、その魔力を吸う行為を無差別にしており非常に高濃度の魔力を溜め込んでいる生物の様です。更に、吸い込みきれなかった魔力を身近な空間に留めても置けるようで、これが魔力が漏れ出ていると言われる事の一つの原因かと」

「それと念波と言われる「特定の相手に影響を及ぼす術」も使えるようで、コイツはおそらくあんたに近付く生物全てに念波を浴びせていたから精神汚染だのなんだのが起きてたんだと仮定した。まあ、好き同士ならヤキモチ妬いて追っ払う為にやってたんでしょーね」

 2人が淡々と状況からの仮定の報告をしている間、フローラはルイスの側に立ち、彼らは固く手を握っていた。

「高濃度の魔力と念波に長時間晒されていると、自覚症状がなくても身体にはかなりの影響があります。突然それらから離れると虚脱などの症状が出たり、最悪死に至ります。ですから、どのみち今すぐに処分というのは不可能だったのです。ですから、今後のお二人の為に幾つかサポート案をお伝えしますね」

 出来るだけ2人の世界を視野に入れないようにしながら、カイは鞄から紙とペンを取り出してサラサラと書き始める。

 カイが書き出したのは、会社として対応できる最大限の提案だった。

 案1、長期的に見た時のフローラ様の健康のためにに予定通りルイスを処分するが、心身に影響が出ないよう詳しく調べるための施設を斡旋

 案2、長期間、高濃度の魔力等を浴びているためクリニックにて治療をするためクリニックを斡旋、その間ルイスは国の定めた生物特定機関にて審査等を受けて安全な魔導生物にしてもらう事の出来る施設も斡旋する

 案3、魔術災害跡地(特区)への移住を斡旋

 特区は治外法権でインフラも無いが法が及ばないため命令が無効化される。その為処分やルイスの改造をせずにこのままでよい

 ※特区へ移住すると王国国民としての生活には戻れない(住民権や国民の登録が抹消される)

 ※案3は正攻法ではない為、特別手数料がかかります。

 走り書いた割に整った字のメモを手渡されてフローラは食い入るようにそれを見た。

 読み切った後は間をおかずに強い口調で、「3でお願いします」と言った。

 案3にある「魔術災害跡地(特区)」というものは、30年ほど前に起きた魔術炉暴発事件が起きた際被害にあった地区を指し、ひどい魔力の濃度で人が立ち入れず復興がほとんど進んでいない特別管理地区を指す。

 行政が出入りできないのをいい事に訳ありの人たちが集まるようになり、いつしか特別な集落になってしまった。

 国としても手出しができず管理もできない為、囲って隔離をし、中から「出ない、出さない」事を条件に見て見ぬ振りをしている。

 フローラはそこで生きる言ったのだ。

 その顔はまるで天啓を受けた聖女のようで。

 耳をほじりながら辟易とした表情のゼフは、立ち上がって神を見るかの様な表情でカイに寄っていくフローラの後ろに座ったままのルイスが、少し笑った様に見えて反吐が出そうだった。


 ______________________________


 世間は噴水広場の喧騒も鎮まり、夕飯の匂いで辺りがほんのり暖かい雰囲気に変わってきていた。


 室内から最低限の荷物を持ったフローラが、カイに幾つかのカギと書類や通帳を手渡して、深々と頭を下げてから街のはずれの夕闇に消えてゆくのをカイとゼフは2人並んで見送った。

「もう2度とこの噴水も見れねえってのにな」

「幸せなんてものは他人が決める事じゃない。オレたちはあくまでビジネスだし」

 心底心配だという口調では決してない呆れ切った様なゼフの独り言に、更にどうでも良さそうな口調でカイが独り言を重ねた。

「あーーーーあー、せっかく多少は暴れられるかと思ったら痴情の縺れだったなんてよぉ」

 噴水広場からすっかり暗くなった道を会社へと戻る道中、スッキリしない気持ちが渦巻いたままのゼフは愚痴っぽく言った。

「……こっちもサインもらったし……財産処理確認書にももらった、退去手続き代行、行政手続き代行、斡旋料、よしよし……」

 カイは歩きながら長方形の魔術と錬金術からなる携帯式魔導端末、通称ケータイを操作してフローラから必要なサインと代金を貰ったかの確認に勤しんでいた。

 なにせ今後彼女とコンタクトを取ろうと思ったら特区に乗り込まなければならないから、まだ会えるうちにもう一度確認をするのは無駄ではない。

「……あの状況でよくまああれだけ契約取ったなお前、おっかねえわ。んで、最初の費用からどんくらい増えたん?」

 ぐちぐちと呟いていたが端末に表示される内容が視界に入ってしまい、覗き込んだゼフは悲鳴に近い声をあげた。

「オホー、なにこの額」

「んっふふふ、ゼフさん、これ、ほとんど手数料ですわよ」

「んほほほ、ウケる」

 住宅街を抜けるとビルが聳え立つ地区に入り、特有の風を浴びながらそれを肩で切って歩く。

「おまえさ、今日残業?もしかして?」

 チェックが終わった様でようやくきちんと前を向いて歩いていたカイを振り返りゼフが問う。

 カイはうんざりした顔を作って少し走り、ゼフとの距離を一気に詰めた。

「何言ってんだ、お前もだよ。重なる代行手続きで書類の山だぞ、行政手続きは明日じゃないとできないから、とりあえずできるやつ半分こな♡」

 がっしり肩を抱いてゼフをホールドして囁いてみせると、ゼフは身じろいでどうにか逃げようと体を捩る。が、そんな事はさせまいと反対の手でシャツの襟も引っ捕まえてカイはゼフをオフィスビルのエントランスへと連行する。

 ビルや街灯の明かりで薄明るい一帯に、ゼフの悲痛な声が響いた。

「やだー!定時で上がっておねえちゃんのいる店行くんだー!!」

「だぁめ♡書類とオレとランデブーよ♡」


 この後2時間ほどして終業した2人は、言うまでも無いがまっすぐ帰路についた。

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