第13話 似たもの同士(その3)

 千咲ちさきの問いに、北岡が小さく鼻を鳴らす。


「あれはただの飾りだ。気にするな」


「写真に写ってる二列目の左から三番目の人、あれおじさんだよね?」


 一向に物怖じしない様子の千咲に、北岡は少しの間沈黙を守っていたが、やがて軽く肩をすくめてため息をついた。


「JWRC。って言っても、今の若いのには分からんだろうが……昔はそこでメカニックをやっていた」


「Jが何の略かは分からないけれども、WRCなら知ってるよ。おじさん、世界選手権のチームにいたんだ」


 俄然がぜん目を輝かせ始めた千咲を横目に、怪訝けげんそうに眉をひそめるみどり


「世界選手権……って、一体何の話ですか、それ?」


「WRCってのは『世界ラリー選手権』の略称なんだよ。で、Jってのは」


「『ジュニア』の略だ。若手ドライバーの育成を目的としたエントリークラスって立ち位置だったんだが、俺達にしてみればそんなのはあんまり関係がなかったな」


 そう口を挟みながら、吸い終えた煙草の火を金属製の灰皿でもみ消す北岡。


「いずれにせよ、もう随分と昔の話だ。何も期待するなよ」


「いやあ、それは無理ってもんですなぁ」


 まるでリサイクルショップで思わぬ掘り出し物を見つけたかのような笑みを浮かべる千咲の様子に、北岡は心底うんざりしたような目で翠をにらんだ。


「おい、お嬢ちゃん……何だか面相くさいのを連れてきてくれたもんだな、いい迷惑だ」


 翠にしてみれば、千咲のクルマの調子を見てもらうだけのつもりだったのに、何やら話が変な方向へとれつつある。千咲の様子から、北岡が実はそれなりに凄い人物だったということは分かったのだが。


「そんなことを言われても……私には未だに、何がなんやら」


 やや困惑気味な表情でそう言い返す翠に、北岡が再びため息をつく。


「でもまあお前ら、クルマの趣味は似たもの同士なんだな」


「どういう意味ですか、それ?」


 翠の問いに、一転して小さく唇の端をゆがめる北岡。


「フロントエンジンで後輪駆動のオープンカー、おまけに四輪独立懸架式のダブルウィッシュボーンサスペンション。見た目と排気量とエンジンの気筒数は違うが、クルマの本質的な部分はどっちも一緒だ」


 そんなことを言われても、車の知識がない翠には全くもって分からない。


「かたや『楽しそう』でクルマを選んだド素人、かたや『モータースポーツをやってみたい』でクルマを選んだ駆け出しのマニア……ぱっと見はまさに凸凹デコボココンビだが、実は案外良いコンビなのかも知れんな、お前ら」


 それだけ言って、北岡はいつものように喉を鳴らして苦笑した。

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かぷちーの! 和辻義一 @super_zero

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