第9話 早々の洗礼

 初めて走らせたカプチーノの運転席からの景色は、とても新鮮に見えた。


 みどりは車のことはまだよく分かっていないが、明らかに低い運転席からの視点。窓の外を流れていく、今まで長い間暮らしてきた街の景色が、全く違って見えることの不思議さ。このことだけでも、翠のテンションはいやがうえにも高まった。


 教習所で検定に合格して以来の3ペダルの操作も、思っていた程には難しくない。シフトチェンジのたびに適度に軽くて適度な重さのクラッチペダルを踏みつつ、同時にアクセルペダルを戻したり踏んだり。いつかの時、千咲ちさきから教わった「ヒールアンドトゥ」という技術を真似てみたりしているのだが、シフトアップやシフトダウンの時にあわせてアクセルを抜いたり少し踏んだりすることで、変速時のショックが和らぐことはなんとなく分かった。


 そして、街中をゆっくりと走っているだけでも、時々道行く人達がこちらを見て意外そうな顔をする。それはそうだろう。今となっては、カプチーノは絶版車だ。ピカピカに輝くややロングノーズの小さなスポーツカーが走っていれば、注目されるのも道理というもの。


 クルマを走らせはじめてみて、まず翠が気になったのはガソリンの残量だった。メーター読みでは、残りが四分の一程度。どこかのガソリンスタンドに立ち寄って、給油をしておいた方が良いだろう。


 だが、ここで早速翠は「カプチーノの洗礼」を受けることとなった。教習所では、給油口の蓋を開けるためのレバーはだいたい運転席の右下あたりにあるものだと教わっていた。それなのに、いくらその部分を探してみても、給油口の蓋を開けるためのレバーのようなものが見当たらない。


 ガソリンスタンドの店員が少しイライラしている様子を横目に、まさかここで早速マニュアルを引っ張り出すことになるとは思っていなかったが、そこにあった記載によるとセンターコンソールボックスの中に、給油口を開けるためのレバーとトランクを開けるためのレバーが見つかった。


 ご丁寧にも、センターコンソールボックスは鍵が掛けられるようになっていて、オープンカーの状態にしている時に悪戯をされないため、この位置にオープナーが設置されているようだった。また、マニュアルの記載を読んだ限りでは、給油するガソリンの油種はレギュラーで良いらしい。


 何とか無事に給油を済ませ、ガソリンスタンドを後にした翠だったが、思わず車内で独りごちずにはいられなかった。


「アンタってさぁ……見かけが可愛いのは良いんだけれども、何か色々と手間がかかりそうな子だよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る