ロストヘッドガールS

刈葉えくす

ロストヘッドガールS

【長いプロローグ:ロストヘッドガール・ソフィ】


 俺の名はアレックス。このクソッタレな街で 便利屋『SAMURAI』を経営している色男。


 便利屋っつってもエアコンの取り付けとか、庭の芝刈りとか、そういうダルい仕事はしない。この街において便利屋って言うのは要するに『ブチ殺し屋』を意味する。


 一度金を積まれれば、善人だろうと悪人だろうと容赦はしねえ。相棒の『超電動KATANA』でひと暴れして華麗に解決。それが俺のやり方ってワケ。


 建付け最悪なドアがきぃと音を立て、今日も今日とて依頼人が現れる。ただ何というか、今日の依頼人は少しばかり『妙』だった。


「あのう、便利屋さんですか?」


 その女の頭は人間の物ではなかった。まるでブリキのロボットのような無機物が、彼女の頭に相当する部分にくっついている。


「要件はなんだ?お嬢ちゃん」


 俺は遠い昔、JAPANに住んでいた時の事を思い出す。映画館に行くと毎回出てくる怪人。スーツを身に纏い、不気味なくらい身軽で、そして頭がビデオカメラでできているアイツ。そう、映画泥棒ムービー・シィーフだ。


 改めて依頼人の姿を見る。なんてこった!今日の依頼人はアイツのワイフか!?こいつぁ傑作だぜ!


 というのは冗談で、ぶっちゃけ言うと、このクソ以下の街で自分の頭を売っちまう女ってのは割と居るんだな、これが。


「頭を……私の頭を取り戻していただきたいのです」


 まず闇医者に脳みそを取り出してもらって、義手義足ならぬ『義頭』に詰める。脊髄を繋ぎ直せばあら不思議。生きたロストヘッドガールの出来上がり。視覚聴覚嗅覚は人間のソレを上回り、食べ物も問題なく食べることができてしまうっちゅー代物だ。顔が玩具のロボットみたいになっちまうのと、声が合成音声になっちまうのはご愛嬌だが。


 女の顔ってのは需要があるから高く売れる。借金で首が回らなくなっても安心だ。何せ、闇市場に出んだからな。本物の頭を使った性交人形ダッチワイフとかアート作品はセレブ達の間じゃHOTな趣向品なんだぜ。

 

「お嬢ちゃん、名前は?」


「えーと……」


「ああ、解ってると思うけど本名は使わない方が良いよ」


 ロボットフェイスの少女は、少し考えてから、こう名乗った。


「なら、ソフィです。ソフィ・マイアと申します」


「頭を取り戻したいと?」


「はい。この前、悪い人たちに売ってしまって……」


「金あんの?」


 ソフィ氏は懐から分厚い札束を取り出して、机にそっと置いた。


「前払い金ですわ」


 マジかよ、10万ドルポンっとくれたぜ、この女。まあ生娘の顔はその10倍の値段で出回ってるからこの程度の出費は造作も無いのだろうが。


「OK。気前の良い女は大好きだ!でもな嬢ちゃん、マフィアに売っちまったってことは多分もう『加工』されちまってる可能性が高いワケで、多分取り戻したところで元の身体には戻れねえんだけど、まずそこんとこ弁えてる?」


「はい、存じております。ですが、私へ至る全てのご先祖様から賜った大切な顔なのです!撤回する気はございません」


「お、おう……分かったよ」


 丸いレンズの瞳に強い眼光が宿るのを感じて、思わず萎縮しちまう。合成音声の声がまるで意志を持っているかのように深く響く。


「おいしいコーヒーですね」


 ソフィ氏は俺の淹れたコーヒーをまるで貴婦人のの如き所作で飲んでいた。(『飲んでいた』というよりは『疑似食道器官に流し込んでいた』という表現の方が適切かもしれないが)なんというかこの女の立ち振る舞いには、貧民街出身者特有の貧しいメンタリティみたいなものを感じない。あらゆる動作に気品を感じるのだ。


「……まるでお姫様だな。どこでそんなエレガントな振る舞いを覚えたんだ?」


「昔、そういう作法みたいなのを教えてくれた友達がいたんです。今はもう、離れ離れになってしまいましたが……」


 そう切なげに呟いたソフィ氏は、どこか遠くを見つめているようだった。その佇まいはどこか儚げで、切なげで、俺は思わずドキッとしてしまう。イイ女だ。何喰ってそこまで育ったんだってくらいダイナマイトなスタイルをしているし、顔があったならきっと絶世の美女なんだろう。俄然、元の顔を見るのが楽しみになってきた。


「ま、俺にまかせときな。組について何かわかるか?」

 

「良かった!引き受けてくださるのですね!確か、首に赤ちゃんみたいな入れ墨を入れた人達でした。名前は確か……」


 サルヴァート・ファミリーか。十数年くらい前から高品質な違法ダッチワイフの販売を成功させて成り上がった新参のワルだ。噂によると、ボスのデヴィッド・サルヴァートは元々小さな町工場に勤める職人で、家族を養うべく会社に内緒で制作していた 『ナマアダルトグッズ』がから高い評価を受け、今や会社を乗っ取ってブイブイ言わせているらしい。


「ああ、サルヴァートね」


「ああ!それです!間違いありませんわ!」


「顔の写真とか持ってる?」


「はい。幾らかございますわ」


 そう言ってソフィは、カバンから大量の写真を取り出した。いずれもソフィだけを写している。


「写真、趣味なのか?」


「昔の恋人がよく撮ってくれたんです」


「へえー」


「……その、アレックスさんは、同性の恋人が居る人ってどう思いますか?」


 まあ今時珍しくも無いだろう。


「別に何も。職業柄、もっと拗れた性癖を持ってる奴らをいっぱい見てきてるもんでね」


「はあ」


「その……恋人さん?とはもう別れちまったのか」


「……」


「すまん、デリカシー無いこと言った」


「いえいえ、気になさらないでください。別れた訳じゃないんです。ただちょっと遠くに行っちゃって、でも、そろそろ戻って来るんですよ」


「……こんなこと言うのもアレだけどさ、久しぶりに再会した女が顔売っちゃってたら、結構ショック受けると思うんだけど」


「きっと、あの子は受け入れてくれますわ」


「……そういうものか?」


「そういうものです。私も彼女を受け入れます」


 なんか、思ったよりヤバい人の依頼を受けてしまったかもしれない。もしかして義頭に移植する過程で脳みそがイっちゃったのかな?なんて、依頼人に対して非常に失礼な考察を展開する。ヤブ医者ってのはこの世のどんな悪党よりも恐ろしい。


 まあそれはそれとして、写真に写っているソフィ氏の顔はちょっと印象と違った。可愛いんだけど、美人って感じではない。貧民街の出身らしい、素朴な可愛さのある少女。やはり人間、顔だけでは分からないもんだ。


「うーし、ここまで情報があれば十分だ。今日中に終わらせてやる」


「期待しておりますわ。アレックス様」


 ソフィ氏に手を振って、店を出た俺は改造バイク『マッド666号』に乗り込む。武装は腰に下げた超振動KATANAだけ。


 この街は24時間ネオンの輝きに満ちている。近くの工業地帯から出てくる排煙のせいで太陽が出てこないからだ。七色の残像を追い抜いて俺は疾走する。


・・・


 んで、いきなり事の顛末についてなのだが、難航するであろうと思われていた今回の依頼は滅茶苦茶あっさりと完遂出来てしまった。マフィアのお家に突撃するのは初めてだったが、警備は杜撰で本人も幹部も不在。厄介だったのは金庫の前に居たサイボーグYAKUZAくらいで、それも俺の超振動KATANAの敵ではなかった。


 聞くところによると、あの時サルヴァート・ファミリーではちょっとしたお家騒動があったようで、なんでもボスであるデイヴィッド氏の娘が行方不明になったとかどうとかで、偉い人たちは皆捜索に出ていたらしい。愛する娘を攫った愚か者に、死よりも恐ろしい『報復』を与えるべく現在進行形で燃えているそうだ。


 というわけで火事場泥棒的なノリで商品をGETできてしまった。ラッキー。

 

 依頼されていた首を受け取ったソフィ氏は成功報酬をたんまり置いて風のように居なくなった。財布も潤ったし、事務所のリフォームでも検討しようかな。とかそんなことを考えながらテレビを見てダラダラする。


【戦慄!首無し騎士の謎を追え!】


 旧型のテレビは今どき珍しい心霊特番を放送していて、ヤラセ丸出しのVTR映像につい見入ってしまう。


 その時、である。


「アレックス・マリスだな?」


 建付けの悪いドアをドカンと吹き飛ばしてゴツい人達が入場。殺意に満ちた凄い形相でコチラを睨んでいる。


 いつ見ても最悪な趣味してるとしか言いようがない、真っ赤な胎児の入れ墨。全身をサイボーグ化しているムキムキの男は、あのデヴィッド・サルヴァートだった。何かしらのおクスリをキメているのだろう。その目は血走っており、歯はガクガクと震えていて、とても正気とは思えない。


「……」


「……」


 無言の睨み合いが続く中、俺は表情筋を営業スマイルモードに切り替える。


「これはこれは人形屋さん!仕事のご依頼ですか?ウチみたいな零細企業に一体何の用があって?」


「惚けるな。テメエがオレの店を荒らした事は分かってるんだよ。すぐぶっ殺してやりたい所だが、今はそれどころじゃねえんだ」


「はて?」


「サリエラという名前に聞き覚えは?」


「無いですけど」


「そうか」


「娘さんですか?」


「そうだ」


「聞き覚えがありませんねぇ」


 刹那、幾らかの言葉が脳内をよぎる。やがてそれは、この事件の真相という名の一つの物語に収束していく。


『頭の奪還』

『離れ離れ』

『同性の恋人』

『きっと、あの子は受け入れてくれますわ』

『私も彼女を受け入れます』

『写真の少女』

『デヴィッドの娘、サリエラ』

『報復』

『心霊特番』


 それは何の証拠も無い、ただ出てきた単語を連想ゲームさせただけの妄想そのものだった。しかし仮にこの戯言がビンゴだとしたら……イカれてやがる。あまりにもイカれてるよ、アンタは。


「んじゃ死ね」


 デヴィッド氏の右肩に設置されたガトリングガンがゆっくりと回る。


「うああああ!待って!参りました!待ってくださいって!」


 折角だから、そんなイカれた『彼女』の意図らしきものを汲んでやることにしよう。そんなものがある保証は何処にも無いが、ソッチの方が面白いに決まってる。


「遺言なら聞かんぞ」


「さっき怪しい人物から依頼を請けたんですぅ!ひょっ、ひょっとしたらソイツが関係してるのかも……!」


「なんだと?」


 ウソは吐いてない。


「そっ、そいつ……首の無い女で……私の頭を取り返して貰うって言ってて……」


 フンっと鼻で嗤うデヴィッド氏。


「確かにウチはキャップの売買やってるがな、それがウチの娘とどう繋がるんだよ。時間稼ぎも大概にしろよテメエ」


 まあ、お前にとっては関係の無いことだろう。お前にとっては……しかしコレは無視できるまい。


「ソフィ・マイアって名乗ってました!!」 


「……なっ!」


 デヴィッド氏の瞳孔が開いた。推理的中。やはりそういうことか。


「ばっ、バカな!そっそんなハズが……!」


 何かを言おうとしたデヴィッド氏の口に超振動KATANAを突っ込む。そのまま右の頬を切り裂いてガトリングガンを一刀両断。


「ガッ……!!グガァァァ!!!!!!!!」

 

 部下が反撃に出るよりも早く剣を突き立て、結構分厚い装甲に覆われてる動力炉目がけて一刺し。俺の相棒にとってはバターにフォーク刺すようなもんだ。思いっきり後ろに跳躍して物陰に隠れ、指を耳に突っ込みセルフ耳栓。


「ゆ、ゆるひれふぇ……!」


 デヴィッド氏の身体が爆裂四散。キーンという耳鳴りが響く。後に残ったのは半壊した事務所と焦げた肉の塊。


 辛うじて死に損なった瀕死の部下をサクッとボスの元に送り届けてやり、報酬金である札束の無事を確認。ホッとため息を吐く。


「リフォーム確定だな。こりゃあ」


・・・


【長いエピローグ:ロストヘッドガール・サリエラ】


 サリエラ・サルヴァートは、カバンの中に入れられたモノをそっと取り出すと、心底愛おしそうに抱きしめた。


「ああ……!私のソフィ……もう二度と貴方を離さないわ……!!」


 涙を流す機能が無いので実際には不可能だが、サリエラは自分の鉄の頬を大粒の涙が伝っているような、そんな感覚を覚えた。


・・・


『パパはね。お人形さんを作っているんだよ』


 小さい頃の私は、ウチのパパよりもサイコーな仕事をしている人なんかこの世に存在しないと本気で思っていた。だって、普通の子供なら絶対に買って貰えないような、すっごく可愛くってキラキラした人形を作ってくれるのだから。そしてそれを私にプレゼントしてくれたのだから。


 ガラス製の瞳はこの世のどんな宝石にも負けないくらい奇麗で、ポリストーンで出来た身体はまるで本当に小さな命が宿っているような重みがあって、サラサラの髪の毛は本物の人間そのものだと思った。


 そして、父が本当に使商売をしていると知ったのは、私が思春期に入ってからすぐのことだった。それも、自分と同じくらいの年代の女の子の身体をバラバラにして、男性の性処理用の人形に加工するという仕事をしているということも。


『いつも気高く、美しく在りなさい。あのお人形さんみたいにね』


 途端に父が、男性という生き物そのものが恐ろしくなった。やがて私は、自分が父の制作した人形そのものになる夢を見るようになった。まず、顔も分からない男の人が沢山やって来て、私の髪の毛に火をつける。そして割れやすい私の身体を床に叩きつけて、何度も踏みつけて破壊するのだ。私は彼らの恍惚と愉悦に満ちた表情を、ガラスの瞳で観察するだけ。そして、私が完全に壊れると、笑顔を浮かべた父がやって来て、私を作り直す。目覚めるまで続く、破壊と再生の繰り返し。そんな夢を何度も見た。


 そんな私がソフィと出会ったのは、所謂お嬢様学校という奴で、裏表を問わず、各界の有名人の血縁者が通う学園だった。ソフィはその中で唯一貧困層に属している人間であり、圧倒的な学問の才能を認められた彼女は、特例として入学を許可されたイレギュラーだった。


 しかし、この学園セカイにおいて学力なんてものは、家柄や財力、美貌に比べれば二の次三の次であり、みすぼらしい服を着て、ボサボサの髪型で授業を受けるソフィは、すぐにいじめのターゲットに設定された。そのときの私はいじめに加担するわけでもなく、咎めるわけでもない、ただの傍観者に過ぎなった。


 次第にいじめはエスカレートしていったが、なぜか彼女は平然としていた。真冬に水をぶっかけられようと、顔面が腫れるまで殴られても、平然と授業を聞いている。私物を破壊されることもよくあったが、勉強道具だけは上手に隠していて、私は彼女の強かさの鱗片を垣間見た。

 

 ある日の放課後、図書室にソフィが居たので、思い切って声をかけてみた。


「ねえ」


「ん?」


 なんの交流も無い人物から突然声をかけられても、彼女は持ち前のポカンとした、どこか間の抜けた表情を崩さない。


「その、大丈夫?」


 しまった、と思った。傍観者の私にそれを言う資格がどこにあるというのだろう。彼女だって本当は『そんなこと言うなら、黙って見てないで助けてよ!』と叫びたいハズだ。


「あ、その、ごめんなさい!私、あんな事、ぜ、絶対ダメだと思ってるんだけど、怖くて、その、なにも言えなくて……」


 気が付いたら言い訳がましく謝っていた。でも事実だ。ソフィに嫌がらせを行っている集団は、完全に手段が目的と化しているような状態で、その目は狂気に満ちていた。そして彼女たちのバックにはどんな組織が控えているか分からない。だから教員も含めて、誰も手出し出来ないのだ。


「なんでサルヴァートさんが謝ってるの?」


「だっ、だって!」


「たまに絡んでくる人は居るけど、楽しくやってるよ?」


「え……」


 狂ってる。こんな地獄のような生活が楽しいですって……?


「つ、強がるのも大概にしなさい!」


「強がってなんか無いよ。そりゃあ痛かったり、寒かったり、不便被ったりすることもあるけどね。それでも、あの家に、あの町に帰るより、ずっとマシだよ」


「……」


「最近お父さんがね、私のことをAV女優と勘違いして襲いに来るんだ。もう困っちゃうよねー」


 そういって、ソフィはタハハと笑った。まるで、日常の些細な困りごとみたいにサラリと、そんなことを言ってのけた。


「……は?」


「電脳麻薬中毒の末期症状だよ。聞いたことないかな?ネット世界と現実世界の区別がつかなくなって、人格が壊れていくんだ」


 私は、ソフィの言葉を前にしてすっかり言葉を失っていた。


「私ね、お父さんのこと大好きだった。仕事が上手くいってない時も、八つ当たりしたりしなかったし、手先も不器用で頭は私よりも悪かったけど、優しいお父さんだったんだ」


「……」


「私の住んでる地区は皆そんな感じ。多分この先も変わらない。むしろ、どんどん悪化していくだろうね。あんまりこういう事言いたくないんだけど、先天的なハンデを持って産まれて来る子供の割合が異常なんだ。血が濃くなってるんだよ。あの地区一帯で」


「だから私は、私のお父さんは無理だとしても、皆を少しでも助けてあげたいんだ。五体満足な身体と勉強のできる脳みそを持って生まれてこれたんだから、フル活用しなきゃ勿体ないでしょ?だからねサルヴァートさんは少しも心配する必要なんて無いんだよ。私、負けるつもりはないから」


 あの時の夕焼けに照らされたソフィの横顔を、私は生涯忘れはしないだろう。一見すると飄々としているような、達観しているような、全てを諦めているようなその瞳の奥にある、誰よりも熱く、深く、鋭い情熱。私は無意識のうちに彼女の手を握っていた。


「……ねえ、マイアさん。私の家、表向きは人形屋さんなんだけど、本当はマフィアなの。それも結構な規模のね」


「ふぇ!?ど、どうしたの急に!?」


 さすがのソフィも動揺したらしく、素っ頓狂な声が出ていた。


「私、協力するわ。絶対、貴方を世界に認めさせてやるんだから」


「えっ?ええええ!」


「まずはあいつら、潰しましょ」


 それから、私とソフィの共同戦線は始まった。と言っても、私が勝手に動いているだけで、ソフィは今まで通り、成績優秀な優等生として振る舞うだけだったのだが。今まで私を恐怖のどん底に陥れていた裏の権力の力を存分にチラつかせて、粋がるいじめっ子を屈服させるのは愉快極まりなかった。彼女たちの知り合いだという反社会勢力も、サルヴァート・ファミリーに比べれば所詮はお山の大将の集まりでしかなく、人体を加工する人形製作の過程で養われた拷問技術の話をした途端、失禁した奴もいた。


『サリエラもようやく、我々のお仕事に理解を示してくれたみたいだね。父さんは嬉しいよ』

 

・・・


「ここ座って。髪の毛結ってあげるわ」


 ソフィの髪の毛に触れる。最初はボサボサに傷んでいて、若干脂っぽかったソフィの茶髪も、今やトパーズの如き艶と輝きを放っている。髪の毛を整えてあげたり、道具をプレゼントしてお化粧のやり方を教えたり、似合いそうな服を片っ端から着せてみたり、レディの作法や振る舞いを教えていく度に、ソフィはどんどん美しくなっていった。


「サリエラは凄いよなー。手先も器用で、お洒落で、何でも知ってて、それに……」


 くるっと向き直ったソフィにぎゅっと抱きしめられる。


「いい匂いもする」


「もう、ソフィったら……」


 もう人形なんて要らない。この世のどんな造形物も、ソフィに比べれば塵のようなモノだ。ソフィの方が私の事をどう思っていたのかは分からないけど、そんなことは重要じゃない。私がソフィの、この可憐で気高くて清涼で聡明で燃えるような大志を抱いた存在の傍に居る。それだけで十分だった。


『写真、何枚撮るのさ』


『良いじゃない。何枚でも』


 十分だったのに。


 薬物を摂取した父の車がソフィを轢き殺したのは丁度今から1週間前のことだ。長年に渡る激務と、無理のある人体改造は父の身体を着実に蝕んでいて、最近、ついに薬にまで手を出すようになっていた。痙攣するハンドルの向かう先に、偶然彼女は居た。


「ソフィ……!目を開けて!ソフィ!」


 打ち付ける冬の雨よりも冷たくなってしまったその両手は、彼女の命が完全に燃え尽きたという事実を冷酷に突き付けていた。


「いやっ!こんなのあんまりよ!」


「知り合い、かね?」


 父の顔に動揺は無い。今日はダウナー系の薬を服用していたのか、その目はとろんとして、焦点が定まっていなかった。


「友達……友達なの!」


 本当は友達なんかじゃない、ソフィは神様だ。この薄暗くって汚らしい世界に舞い降りた、何よりも美しくって尊い神様なんだ。それを、それを……!


「そうか、それは、申し訳ない事をしたなぁ……」


「申し訳ないですって……!」


 握った拳に力が入る。ダメだ。今の父を刺激してはいけない。何をしでかすか分かったもんじゃないんだから。


「ふーん」


 父とその部下達ががソフィの元に歩み寄った。


「可愛い顔をしているな」


 やめて。


「ソフィ・マイア17歳、か。確か、特例で入学した子だっけ?まあいいや、詳しい身元洗っといて。事が起こる前に揉み消しときたいから、急いでね」


 名前も知らない男たちが、既に死んでしまった神様を運び出した。


「サリエラ。どこの部位が欲しい?顔は商品にしたいから、それ以外で、言ってごらんなさい」


 やめてよ。


「……っ!」


 商品?商品ですって!?この男は、この男は……!


「要らない……!そんなもの要らない!」


「まあまあ、そんなに怒らないでくれ。帰ってお茶にでもしようじゃないか。なぁに、友達なんて消耗品みたいなモノだ。また作れば良い」


・・・


 父の財産を盗めるだけ盗んで、私は家出することにした。まず懇意にしてもらっている医者を呼んで、私は顔と指紋を捨てた。アレは変態だから、私の頭を切断してみないか?と持ち掛けたら、ハアハア言いながらタダで施術してくれた。迷いは無かった。ソフィを取り戻さなくっちゃ。


 そして、アレックス・マリスの元を訪れて、ソフィの首を奪還するように依頼した。


『ソフィです。ソフィ・マイアと申しますわ』


 もし、父がアレックスの事務所まで報復に来たとして、自分が殺して、首を斬ったはずの人間から依頼を請けていたと知ったら、あの男はどういう反応をするだろうか。


 聞いたところによると、あの後父は便利屋の元へ赴いて、なんとそのまま死んだそうだ。腹の底から痛快な気分だった。私は全てから解放され、ソフィは永遠に私の元を離れない。


「さぁソフィ。あの日の続きをしましょう?とびっきり美味しい紅茶の淹れ方を教えてあげる」


 私は箱の中からもう一つの頭を取り出した。ソフィと同じように加工してもらった、私の頭だ。


「愛しているわ。ソフィ」


 私は自分の頭を持って、ソフィの唇に、そっとキスをした。


 【LOST HEAD GIRLS】 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロストヘッドガールS 刈葉えくす @morohei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ