深海水泳ツアー

「お嬢様、この者の処遇はどういたしましょうか?必要ないのでしたら、わたくしが処分いたしますが」

 わたしがダンジョンコアを作る場面をばっちり目撃してしまったラーニヤは、アミナによって眠らされ、わたしの前に差し出されていた。

 ラーニヤが聖女の泉に近づけてしまったのはわたしのミスだ。わたしに刃を向けたわけでもないのに、そのせいでラーニヤが殺されてしまうのはさすがにかわいそうだと思う。

「たしか、アミナの城には客室があったよね?とりあえず、そのうちのグレードが低いところに泊めてあげて」

 わたしがアミナにそう伝えると、アミナは自分の影の中にラーニヤの体を押し込めて、そのままわたしの影に戻った。

「はあ、どうやってごまかそう……」

 大幅に水位が下がった泉を背に、わたしはファーリスたちを言いくるめる口実を考えた。足元の白い花には、青紫の羽をもつ魔物の蝶がとまっていた。


「ラーニヤ、ラーニヤは一緒ではないのですの!?」

「ええっ!?まさか、ラーニヤちゃんが!?」

 森を抜けて林道に戻り、そこでファーリスたちと合流したわたしは、迫真の演技でムナーファカの追及をかわした。間違ってもわたしがさらったことがバレてはならない。わたしはあくまで今初めてラーニヤが行方不明だと知ったていで驚いた顔をしている。

「セキラ嬢、よく無事に戻った。だが、ここまでにラーニヤを見ていないか?」

「いいえ、それらしき人影も見ませんでした。まさか、森の中で迷っているんじゃ……ファーリスさん、どこではぐれたかとか、わかりますか?」

 わたしは自然な演技で、ラーニヤが泉のほうには来ていないという印象をみんなに与えつつ、ファーリスから情報を聞き出す。ファーリスはすっかり騙されて、情報をぺらぺらしゃべってくれた。


 ファーリスによると、そもそもラーニヤはわたしを強く心配していたらしい。ラーニヤが逃げるときに後ろにわたしの姿が見えなかったことから、蟲の魔物の大群にやられてしまったのではないかと不安になっていたそうだ。そして魔物の攻撃が止んで小休止をはさんだところで、ファーリスたちに目隠しの魔法を使い、そのままいなくなってしまったのだとか。

「だから、てっきり俺はセキラ嬢のところにいるものだと……」

「それで魔物に襲われたか、道に迷ったか……わたし、うかつでした。町のほうに魔物が行っちゃったらどうしようって思って欲張ったから、ラーニヤちゃんはわたしを追って飛び出したんですよね……」

 遅れた理由をでっちあげながら、わたしは後悔しているふりをした。ちょっと俯いて見せれば、だれもわたしが犯人だとは思わないだろう。現にムナーファカは涙を流してわたしを慰めている。

「セキラが悔やむことなどありませんわ!きっと、これは女神様の与えた試練ですわ。必ず、わたくしたちがラーニヤを見つけてみせますの」

「なら、ひとまず戻って準備を整えよう。このまま探しても、二次遭難を起こすだけだ。腹ごしらえもしなきゃなんないからな」

 ファーリスの号令で、わたしたちは一度町に戻って、ラーニヤの捜索隊を結成することになった。




「さて、どうしようかな」

 聖女の泉に一番近い町の宿屋の個室で、わたしはひとり悩んでいた。

 ファーリスたちはこれから森に入ってラーニヤを捜す予定だけど、ラーニヤは現在魔王城に軟禁されているので、見つかるわけがない。数日ならばごまかせるけど、それ以上はわたしに疑いの目が向くだろう。だからそれまでにラーニヤの処遇を考えなければいけないのだけど、それが難しい。

 一番手っ取り早いのは、適当な魔物に襲わせて彼女を殺すことだ。ラーニヤは足手まといになるくらいに弱かったので、この付近に現れそうな魔物を使えば怪しまれることはないだろう。ただ、これは最終手段だ。

 次に思いついたのは、奴隷化の魔法を使ってわたしに不都合な言動を禁止してしまう方法だ。闇属性の上級魔法である奴隷化の魔法は、主人の命令に背く行動をしようとしたとき、全身に苦痛を与えることができる魔法だ。ただ、融通が利かず、最悪の場合死に至る。本来は犯罪奴隷を強制的に働かせるためのものなので、多少工夫したとしても、バレるリスクはそれなりにあるだろう。

「じゃあ、いっそのこと魔物に変えてしまうというのは?」

 ラーニヤの体に瘴気を流して魔物に変化させるという案を思いついた直後、ちょっと試してみたいことが頭によぎった。隠蔽工作としては微妙だけど、研究者のさがか、わたしは気になってしょうがなくなってしまった。

 まあ、いざとなれば殺しちゃえばいいし。

 そんなわけで、アミナに大まかな方針を伝えたところで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ファーリスが、わたしにラーニヤの捜索への協力を要請してきたのだ。

 そして、日が暮れるまでラーニヤの捜索は続いた。







 *********







「まさか、あれだけ魔物がいるなんて、予想してなかったぞ。朝にはほとんどいなかったのにな。おかげで、森の半分も捜索できてねえ。ラーニヤちゃん、無事だといいんだが……」

 わたしは夕食の席で、ファーリスたちの愚痴に付き合っていた。今日のお酒は普通のワインだから、昨日みたいに酔いつぶしてしまう心配はない。

「なんて無能なのかしら!ラーニヤは今も暗い中おびえているはずですわ。それなのにどうしてあなたたちはのうのうと休んでいられるのかしら!」

 そこに捜索に参加していなかったムナーファカがファーリスたちを糾弾する。ファーリスは夜に捜索するのは危険だと説明するが、やっぱり納得いかない様子だ。いろいろ裏で糸を引いているわたしが言うのもなんだけど、ムナーファカもちょっとは責任を感じたほうがいいと思う。少なくとも、教会にあった宝石を持って帰ることで魔物を大量発生させたのは、ムナーファカの責任だ。


「あの、今日は早めに失礼します」

 ファーリスとムナーファカが言い合っているところで、わたしはさっさと夕食の席を立って、部屋に戻った。鍵を閉めて照明の魔道具を切ったところで、わたしはふっと気を引き締める。これから、ひとつ大きな野暮用を片付けるのだ。

 真っ暗になった部屋の中で、不定形の闇が形をとり、メイド服の美女の姿へと変わっていく。

「アミナ、水のダンジョンコアが移動した先に連れて行ってくれる?」

「かしこまりました」


 わたしは闇の魔力の奔流に身を任せると、次の瞬間には、床が消えたような感覚がして、そのままアミナにお姫様抱っこの要領で抱えられる。そして闇が掻き消えると、月明かりに照らされた、どこまでも続く大海原が現れた。目下には大きな渦潮がいくつも荒れ狂い、近づく者は船でも魚でも飲み込んでしまうような迫力を感じた。

 アミナはまるで平らな地面のようにそっと最大の渦の中心に立つと、水を操り凍らせて、即席の氷の部屋を作り出した。その部屋は、装飾的な彫刻の施された柱と天井に、鏡のように姿を映す氷の壁があるだけのとても小さなものであった。


 わたしはその部屋の中央に立たされると、アミナの手によってあっという間に着替えさせられた。気が付くと、わたしはクラゲのようにひらひらした薄い布をたなびかせるデザインの水着を身にまとっていた。布の量自体は水着としてはかなり多いものの、ほとんどが装飾で、突然足やおへそが露出した状態になって、かなり恥ずかしかった。

「ねえ、アミナ!いきなりこんな水着を着せられたら恥ずかしいんだけど!」

「ですが、これから海に入る以上、水着をお召しになるべきでしょう」

「そうだけどさ!これからダンジョンを攻略するのに、肌を多く露出した衣装なのはまずいよね!?それに、左手の甲にある魔王の紋章だって隠れてないし!」

「お嬢様に危害が加わらないよう、魔法効果によって多重の結界が自動で展開されるようになっております。また、この海域に人間が近づけない以上、紋章を隠す意味もないかと」

 わたしはアミナに着替えたいと抗議するものの、あっさりと受け流されてしまった。まあ、別に防具なんてなくてもまったく問題ないから、気分の問題ではある。しかし、ドレスでも鎧でも魔法のおかげで泳ぐのに全く支障はないから、ちょっとくらい融通を利かせてくれてもいいと思うけどな。


 結局、時間も惜しかったので、わたしはそのまま海に潜ることになった。メイド服姿のままついてきているアミナがうらやましい。海流はとても強くて、人間どころか魚さえも流されそうな勢いだったけれど、水着の魔法効果のおかげか、ほとんど影響を感じることなく潜っていくことができた。

 それでも魔物はある程度泳げるようで、クジラの魔物が小さい魚の魔物を丸のみにしたり、そのクジラの魔物をサメの魔物が食い殺したりと、エキゾチックな生態系が形作られていた。

 しばらく泳いでいくと、月明かりは完全に届かなくなり、かわりにランプのような発光器官をもつ魔物の光がぽつぽつと見える場所にたどり着いた。アミナも魔法でわたしの周りを照らしてくれる。とはいえ、わたしは水やマナの流れを感じて周囲の状況を把握できるから、あまり視覚は使う必要はないんだけど。


 さらに降りていくと、急に水流が弱くなった。無数の発光クラゲが集まっている場所へとわたしは降下していく。すると、徐々に海底の様子が露わになっていく。

「うええ!?何あれ、めちゃくちゃおっきい!」

 海底には、何匹もの灰色の甲殻に覆われたムカデのような魔物が眠っていた。そのサイズは、一匹でさえその頭と尾を同時に視界にとらえられないほどの長さで、鱗一枚が山脈の山々と同等の広さを持っていた。それらはわずかに身じろぐだけで、ここまで以上の暴力的な激流を生み出していた。

 わたしはその巨大な灰色のムカデたちの間を縫って潜っていく。灰色の甲殻が道を開け、カラフルに光るクラゲが、進むべき道を示してくれていた。進んだ先には、灰色の魔物の足の隙間から、さらに深い場所へと続く洞窟があった。


「ふわあ、きれい!」

 その洞窟は、すでに人間なんてぺしゃんこになりそうな深海であるにも関わらず、色とりどりに発光するクラゲの魔物がいたるところに漂っていて、昼間の海のように明るかった。その中を、水竜や青竜なんかのドラゴンや、緑色の大きいタコの魔物なんかが悠々と泳ぎまわっていて、とても壮観であった。

「ありがとう。ここまで案内してくれて」

 わたしは巨大なムカデとクラゲの足をなでる。ガアシュ火山のスライムのときみたいに、いきなり瘴気を吸われて肥大化するなんてことはもう起こらない。あれからわたしも成長して、ちゃんと力を制御できるようになっているのだ。撫でられた魔物たちは気持ちよさそうに身をよじらせた。


 わたしはその洞窟の中をどんどん潜行していく。進むにつれて、洞窟はどんどん広がっていき、そして、やはりというべきかたくさんのドラゴンが現れてきた。ただ、普通の地上のドラゴンと違って、手足は退化していて、遠目にはヘビやアナゴのようにも見えた。そしてその多くは薄いヒレをもち、鱗も淡く優しい色に光っていて、それが優雅な印象を与えていた。とはいえ、薄くともヒレはほかの魔物の攻撃で破れないほどに強靭で、泳ぐたびに周囲の魔物を巻き込むような水流を発生させているから、見た目ほど穏やかではないんだけど。

 そんなドラゴンが増えて、光るクラゲがいなくなっていくと、今度は光るサンゴがまるで立体迷路を形作るように現れ、前人未到の深海はきらびやかなシャンデリアの中にいるかのごとくまぶしく照らされていた。そのサンゴ礁はほかのダンジョンよりも巨体をもつドラゴンたちが自由に泳ぎ回れるほど広いにもかかわらず、絶えずゆっくりと動いていて、その影響でドラゴンたちの強い海流がめちゃくちゃに変動していた。


「こちらを御髪おぐしにお付けいたしましょうか?」

 アミナがいつの間にか手に取っていた花のように枝分かれしたサンゴを、わたしの髪に飾ってくれた。魔法製の鏡に映るわたしはとても華やかで、ふりふりの水着と合わさって、なんだか海のお姫様みたいな姿だ。こうしてみると、水着も意外と悪くない気がした。

 そんなこともありながら、わたしは深海のサンゴ礁をさらに深くへと泳いでいく。途中、ドラゴンたちが背中に乗せようとしてきたけれど、自分で泳いでも大して変わらないので断った。それでも鱗やらオーブやらをプレゼントされて、けっこう申し訳なかった。




 しばらく進むと、サンゴの家が集まった区域に到着した。このあたりまでくると、サンゴの中にきれいな宝石がたくさん埋まっているので、気分は海の宝石の国である。それらの家々は、なんと真っ黒なカメの魔物の背中に建築されていて、家を載せたままカメの魔物は自由自在に動き回っていた。

 わたしが近づいていくと、家の中から水色の魔石ゴーレムたちがたくさん現れた。その姿はまるで人魚のように下半身が魚を模していて、さらに細かいところとして腕や背中などにヒレがついていた。

 そしてほかのダンジョンと違うところは、みんなサンゴで作られた装身具を身に着けているということだ。そのせいか、傑作級の美形ぞろいの魔石ゴーレムたちの中でも、特に美人に見えた。


「最深部までご案内します」

 わたしは魔石ゴーレムたちによってとある建物に案内され、特等席のような、ひときわ手の込んだ装飾が施された場所に座った。薄い魔石の窓からは、この幻想的な海中都市を全方位に一望できる。わたしがほへーっと眺めていると、突然景色がものすごいスピードで動き出した。

「へっ!?」

 わたしのいる建物を背負っているカメの魔物が動き出していた。わたしの周りの水が緩衝材となって衝撃を吸収しているので、まるで止まっているように快適だった。でも、一瞬で目的地に到着して、再びカメは止まってしまった。

 カメのくせに、速すぎだよ!


 わたしがカメから降りると、そこはこれまでのダンジョンと同じく、魔石で形成された宮殿であった。瑠璃色の宝石で囲われた広い洞窟の中に、それよりさらに青い宝石によって作られた建物がそびえたっていて、その庭に三次元的に張り巡らされた水路には、目に見えないほど透明な水が流れていた。そして水路は今わたしのいる港に流れ込んでいた。

「うーんっ!」

 わたしは大きく深呼吸をする。そう、深海も深海だというのに、なんと地上と同じように空気があるのだ。わたしは魔王だから一日くらいは余裕で息を止められるけれど、それでも新鮮な空気を久しぶりに吸い込んですっきりする。


 そしてわたしは宮殿の中へと歩いていく。魔石の石像がたくさん建ち並んで道を示しているのも、属性である水を象徴した彫刻に彩られているのも、いつも通りだ。そのまま聖堂に入ると、祭壇に正二十面体の青く透明な宝石が鎮座していた。

 わたしがその宝石に触れると、ゆっくりとわたしの体内に吸収されて、この下に眠るダンジョンコアとわたしを繋ぐ水路になった。三回目ともなれば、ダンジョンの持つ圧倒的で根源的な力にも慣れたのか、わたしはそれほど疲労感を覚えることなく、この儀式を終えることができた。水に関わるあらゆる魔法の根源が、手足のように自由に扱えるようになったのだ。



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