決闘を申し込まれちゃった
「まさか、あれはサウダアバイド家の娘か?」
講堂に入った途端、周囲の視線が集まった。想像以上に、アミナ特製のシンプルなドレスは目立ってしまったらしい。不本意だ。わたしはなるべく人の少ない場所を探して、そこに座る。一週間ぶりの講義だ。少しでも早く挽回せねば。
「おい、お前、貧乏貴族のくせにボロ服を着ていないなんて不敬だぞ!」
難癖をつけられた。たしかこいつは第二王子の腰巾着のタービアとかいう名前だった気がする。こいつがわたしにガミガミとうるさく粘着していると、講堂の後ろのほうから第二王子、シュネイ王子がやってきてしまった。
「そのドレスは我が王族が持つのがふさわしい。間違っても、サウダアバイド家のような貧乏貴族が着てよいものではない」
「わたしの服を、勝手に奪おうとでもいうのですか?」
「このマディーナ王国の国民は、すべて王の所有物。当然、貴様のドレスも王族が所有権を持つのだ」
いや、そのりくつはおかしい。こういうことになるなら、こんな服を着てくるんじゃなかった。
「お断りします」
わたしは精一杯シュネイ王子を睨みつけて言った。するとわたしの態度に激昂したタービアが、わたしに剣で切りかかってくる。
こんなの、盗賊と一緒だよ!
わたしはとっさに指を開いて振り下ろされる剣をはさみ、そのままその剣を奪い取って遠くへ投げ飛ばした。その瞬間、教授の声が聞こえた。
「学園内での暴力行為は禁止されています!届けを提出して、決闘で決着をつけなさい!」
その言葉を聞いたシュネイ王子は、ふんと鼻を鳴らして言い捨てた。
「ならば、決闘場にこい。逃げることは許さない」
わたしは、久しぶりの講義に出ることも叶わず、しぶしぶ決闘場に向かうのだった。
「我々が勝てば、サウダアバイド家の全財産と貴様の命を持って王族への無礼を償ってもらう。貴様が勝てば、無礼を許してやろう」
わたしはあんまりにも不公平な決闘の条件を押し付けられ、しかも、シュネイ王子の取り巻き30人を同時に相手することになってしまった。言い出しっぺのくせに、シュネイ王子本人は決闘に参加せず、観客席で悠々と観戦している。くそったれ。
決闘場は、その名前の印象とは裏腹にとても広い敷地で、平地や森、砂漠などの自然環境が一通り再現されていて、人工物もいくつか設置されている。中に隠れられる小屋だったり、壊れた城壁だったりだ。
どうしてこんなに広いのかといえば、この学園は魔法を学ぶ場所だからだ。魔法戦において、相手と一対一で向き合う場面はまれだ。そんな限定的な状況での能力が高くても、実戦にはほとんど役に立たない。だから、決闘においても地の利を生かして戦う技術が求められるのだ。
ちなみに、そんな広い決闘場の観戦は大変だと思うかもしれないが、それは映写の魔道具によって解決されている。これは水晶玉どうしが魔力を込めた糸でつながれたもので、片方の水晶玉に映る景色をもう片方に映し出すことができるのだ。その水晶玉が集まった場所が、観客席になっているというわけである。
わたしは、初期位置からして集中砲火を浴びるのが確定した平地のど真ん中で、一方の王子陣営は開始時点で隠れていてもよいとかいうとんでもルールだ。明らかに公開処刑である。観戦に来た学生たちも、貧乏貴族のわたしがみじめにやられるところを見に来たのだろう。
だけど、わたしは魔王なのだ。
先ほどタービアの剣を指で挟み取ったことからもわかるように、魔王の紋章には、身体能力を飛躍的に向上させる効果がある。それこそ、ほとんど体を鍛えてこなかったわたしが剣の達人である勇者に匹敵するくらいには。だから、勝てる自信はあるのだ。重要なのは、いかにわたしが魔王であることを悟らせずに勝つかである。
「始め!」
決闘の開始の合図とともに、無数の矢と攻撃魔法がわたしに降り注ぐ。わたしはなるべく身体能力の高さを隠しながら、まずは身を隠せる森のほうへと向かった。
「ふん、運のいい奴め」
シュネイ王子がそう言っているのが聞こえる。運がいいのではなく、回避をしているのだが、傲慢王子にはそれも理解できないらしい。ついでに言えば、魔王になって感覚がとても鋭くなっているので、わたしの悪口もすべて丸聞こえだ。
わたしは森の木の陰に隠れて、魔法の詠唱を始める。本当は魔王やその眷属は魔法の詠唱が不要なのだが、それを見せてしまえば魔王だとバレかねない。
「ナール」
わたしが呪文を唱え終わると、空中に30個の魔法陣が現れ、そこから火の玉が四方八方に飛んでいく。それらはすべてわたしを狙う王子陣営の学生に命中した。
ちょうど魔法陣が観客席から見えない位置で発動させたし、威力も気絶するくらいに制限した。完璧である。
「なっ!何が起こった!?」
「バカな……ほとんど全員を一瞬で倒しただと!?残っているのは……一人!?」
観客席が騒然とする中、木陰に隠れていたタービアがわたしを目指して走ってくる。その右手には剣が握られており、左手をわたしに向けてそこから火の玉を次々に放ってくる。わたしは火の玉を最小限の動きで回避する。
「さっきは妙な魔道具で剣をはじき飛ばされたが、聖女の魔道具の力がある今の俺には通用しない!」
いや、さっきのやつは小細工もなにもないんだけど。わたしが何をしたかを理解することさえできないなんて、こいつはよっぽど愚かなのだろう。それはともかく、なるほど、よく見るとタービアは複数のアクセサリーを身に着けていた。鑑定の魔法でこっそり魔法効果などを調べてみると、このようなものだった:
・ペンダント(聖女製)……身に着けている者に対する魔法攻撃の威力を大幅に(95%以上)減少させる。不利な魔法効果を発生させる場合も同様。強力な闇魔法を受けると壊れる。
・イアリング(聖女製)……無詠唱での魔法発動を可能にする。また、マナを環境中から集め、魔法の威力を向上させる。
・ブレスレット(聖女製)……つけた者の身体能力を向上させる。その度合いは光魔法の適正および信仰の量に依存する。
どう考えても宝の持ち腐れだ。あんな王族に媚びるしかできない無能貴族が使うなんて、あまりにももったいないではないか。それくらいなら、わたしが欲しい。
「マイム」
わたしは巨大な水の玉を魔法で出現させ、タービアに叩きつけるように放った。
「ははっ、魔法は効かねえよ」
タービアはその水玉に突っ込むようにわたしめがけて突進してくるが、彼の体はあっけなく吹き飛ばされ、木に激突して気を失った。
うん、正直ちょっとやりすぎた。ペンダントで減衰する分を考慮して魔法を撃ってみたけど、もともとの能力が低すぎて一撃で倒してしまった。魔道具、壊れてないといいな。
「ありえない!あのペンダントは魔法を無効化するはずだ!まさか、奴は魔王の手先なのか!?」
シュネイ王子が観客席で叫ぶ。王子の頭の中で、めちゃくちゃな推論が組みあがる。
「そうだ。そうに違いない!あの貧乏貴族は魔王に自らを売って、あのドレスやタービアたちを蹴散らす力を得たんだ!」
彼は立ち上がって、周囲に控えていた騎士たちに命じる。
「王国騎士団に命じる!セキラ・サウダアバイドを討伐せよ!魔王の侵略を許すな!」
うわあ。何一つまともな判断をしていないのに、わたしが魔王の手先だって言われちゃったよ!どうしよう、わたし、ペンダントを壊すなんてもったいないことしてないのに。戦い方だって、魔王になる前でもできそうな範囲に抑えたつもりだったのに。
それはともかく、決闘場に騎士たちが集まってきている。これはまずい。このままでは人類の敵として排除されて、本当に魔王として生きていくしかなくなってしまう。
そのとき、影の中から、アミナがすっと現れた。
「お嬢様、いかがいたしましょうか。必要ならば、わたくしが矢面に立ち、彼らを皆殺しにすることも可能ですが」
「でも、それってアミナが危険だよね?仮にうまくいっても、アミナは人類の敵としていずれ聖女や勇者に倒されちゃうよ」
「セキラお嬢様の望みを叶えられるなら、わたくしの命など惜しくはありません」
アミナはよくてもわたしがよくない。なんだかんだいっても、アミナはわたしに真摯に仕えてくれる大切なメイドだ。見捨てたくなんかない。わたしがそう主張すると、アミナは再び影の中に潜っていった。
「見つけたぞ!」
とうとう騎士に見つかった。わたしは必死に森の奥へと逃げる。けど、決闘場の森なんてたかが知れている。すぐに全方位を何人もの騎士に囲まれてしまった。
「あっ」
飛んできた矢が、わたしの足に当たる。魔王の結界のおかげでけがはないけれど、これ以上動くとごまかしようがなくなってしまう。ここで迎え撃つか、それとも転移の魔法で逃げるか。わたしが悩む間にも、騎士たちはどんどん近づいてくる。
「ぎゃーお!」
突然、空から大きな叫び声が聞こえてきた。大地をも揺らがせるような、とても低くてずっしりとした声。空を統べる魔物の鳴き声だ。わたしは、その方向から膨大なマナの反応を感じた。森林の葉っぱの隙間から、その主の姿がちらりと見えた。
「ドラゴン……」
それは、全身を虹色に輝く鱗に覆われた、巨大なドラゴンであった。五十メートルを超える胴体に、金細工のような装飾がついた尾、オーロラのような、不定形のどこまでも広がる翼を持ち、この決闘場すべてを見下ろしていた。あれほど高い上空にたたずんでいるのに、そのマナの波動はここからでも感じられるほど強く、そしてその力は、この辺りの空間をわずかに歪ませるほどであった。
「なんだ、あれは!ドラゴンか!?だが、虹色だなんて聞いたことがないぞ!」
シュネイ王子が叫ぶ。確かに、一般に知られるドラゴンはあそこまで大きくないし、ほぼ単色だし、翼だって実体がある。あれほどのドラゴンが現れるのは初めてだろう。
騎士たちも上空を見上げたところで、その虹のドラゴンは急降下を始める。
「ハージズ!」
王子のそばにいた護衛の騎士が、光のバリアを作り出し、王子の身を守ろうとする。
しかし、次の瞬間、ドラゴンのオーロラの翼から、虹色の光が騎士たちに降り注いだ。回避不能なスピードのその光の奔流に飲み込まれた騎士たちは、まるで中身だけが溶けてなくなってしまったかのように、ただこの世界から姿を消した。シュネイ王子を守っていたバリアも文字通り瞬きする間もなく消滅して、王子も光の中に消えた。
わたしは、騎士の使っていたバリアの何万倍も強力なバリアを無詠唱で発動していたし、そもそも虹色の光が降ってこなかったので無事だけど、さすがにあれを無防備な状態でくらったら魔王のわたしでもかなりのダメージを受けそうだった。
ドラゴンは、そのまま降りてきて、木々をなぎ倒しながらわたしの前に着陸した。しかし、あれほどの巨体なのに、なぜか地響きのひとつも起こらない。代わりに、ドラゴンの周りの空間が歪んでレンズのようになっていて、わたしとの間の距離も、ドラゴンの実際の大きさも、まったくわからない状態だった。
オーロラの翼がドラゴンの体を卵のように包み込むと、だんだんと周囲の空間のゆがみがもとに戻っていく。完全に平坦な状態に戻ったところで、その虹の卵の中から、わたしより二回りくらい小さい幼女が現れた。
その幼女は、虹色に淡く光るドレスに身を包んでいて、その頭には金の角のペアが、黒い髪の中にしっかりと生えていた。そのあどけない表情とは裏腹に、その立ち居振る舞いは、女神のものと言われても違和感がないほど洗練されている。
彼女はわたしに丁寧に礼をすると、わたしの前に
「わたし、カウズ・クァザフは、ここに魔王セキラ・サウダアバイドに永遠の忠誠を誓います。セキラ様、忠誠の印を」
わたしがクァザフの額に手を当てると、そこに魔王の眷属であることを示す紋章が現れる。わたしとクァザフとの間に魔力的な主従関係が生まれたことが、感覚的にわかった。
「と、とりあえず、わたしの部屋に戻りましょう、ね?」
わたしは、いきなり現れたあのめちゃくちゃヤバそうなドラゴン、クァザフが突然配下に加わってしまったことで、軽く混乱状態になっていた。
だって、あれだけとんでもない攻撃ができるんだよ?下手したら世界が滅びかねないよね?もしクァザフがそうしたなら、わたしは全力で立ち向かっただろうけど、勝てたかどうかはわからないもん。
わたしの混乱などつゆ知らぬように、クァザフは周りに転がっている騎士の鎧を見て、つぶやいた。
「わたし、キラキラは集めたい」
すると周囲に暴風が吹き、騎士や王子らの抜け殻がこちらに飛んでくる。わたしはあわてて風魔法で暴風を緩和して、風で丁寧に鎧や魔道具を運んだ。
「これはいらない」
クァザフは周囲に貴重な魔道具だけを浮かべて、残りのものは地べたに落としていった。落ちた鎧などは影の中にいるアミナが回収している。
そして、クァザフの周りに浮いていた魔道具がぱっと消えた。クァザフの作り出した異空間に保管されたのだ。
「終わった。セキラ様、帰ろう」
「ちょっと待って!これだけ決闘場が荒れちゃってたら、ほかの人が困るよ」
わたしは魔道具を回収して満足げなクァザフを呼び止める。虹色の光やら、クァザフの巨体やら、暴風やらでどこの地面もめちゃくちゃだ。普通の土魔法で回復させるのは至難の業だろう。
わたしの説明に納得したクァザフは、その場で指をくるくるとまわした。すると、周囲が虹色の光に包まれて、時間が巻き戻ったかのように痕跡が修復されていく。
「これでいい?」
わたしはうなずいて、さっさとこの場を立ち去るしかできなかった。
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