魔王になったので、賢者の石を作ります!
@YoshiAlg
魔王になっちゃった
体の内側から、焼き尽くされるような高熱。ベッドの上で、わたしはひどくうなされていた。苦しみは、二日、三日と、日が経つにつれますますひどくなって、燃えるような体は、水さえ受け付けない。自作の病気対策の魔道具も、まったく効果がなかった。昼も夜も、眠る暇もなく、ただ火あぶりにされるような苦痛が続いた。
そうやって一週間ほど死の淵をさまよっていたわたしは、ようやく、目を開けられるくらいに回復した。布団や寝間着は汗でぐっしょりと濡れていて、早く着替えたいけど、体が重くて動かない。
「お嬢様、お召替えをいたしましょう」
メイド服を着た少女が、突然ベッドの横に現れた。
誰?
わたしにメイドはいなかったはずだ。それなのに、彼女がわたしの寝間着を脱がせていく手つきはとても慣れたもので、幼いころからの世話係か何かのように錯覚する。
そんな人いないのに!
わたしの汗を丁寧に拭ったこのメイドは、次の瞬間、その手からもくもくと黒い煙のようなものをわたしにまとわりつかせてきた!
「ちょっと!何をするの!?」
その煙はベッド全体を覆い、怪しげに光ったと思うと、次の瞬間、わたしは黒の装飾的なネグリジェに身を包んでいた。いつの間にか布団もふかふかの黒い毛皮のような感触に変わっていて、シーツは新品のようにきれいになっていた。
「ごゆっくり、お休みください」
謎のメイドの言葉を聞くまでもなく、あまりにも心地よい寝具と猛烈な疲労によって、わたしはあっという間に眠りに落ちた。
*********
「おはようございます、お嬢様」
誰かの声が聞こえる。わたしは今一人で暮らしているはずだから、これは夢だ。きっとそうに違いない。ひどい高熱にうなされるなんて、とんだ悪夢もあったものだ。
眠気まなこをこすって顔を上げると、そこには夢で見たメイドの姿があった。よく見てみると、めちゃくちゃに美人である。それはもう、余裕で国を傾けるくらいには。わたしのような貧乏貴族に、こんな美人で、しかもよくわからないすごい魔法を使うメイドがいるわけがない。
「あのー、これは夢ですか?」
わたしが二度寝をしようと再び布団をかぶるところで、メイドはわたしの体を抱き上げてベッドの端に座らせた。
「いいえ、わたくしはお嬢様によって生み出された、お嬢様のためだけのメイドでございます。紛れもなく、現実の存在でございます」
わたしが生み出した?そんな、女神様じゃあるまいし、人間を生み出すなんて芸当、わたしにはできないよ。
「セキラお嬢様は、このたび、新たなる魔王としてお目覚めになったのです。お嬢様の放つこの禍々しい瘴気の濃度は、わたくしを生み出すのに十分すぎるほどでした!これはもう、全力でお仕えする以外にないでしょう!」
いや、どこにそんなにテンションが上がる要素があったの?というか、わたしって魔王なの!?
わたしの視線は思わずわたしの左手の甲に集中した。そこには、おどろおどろしい赤紫色の、非常に複雑な形をした紋章が浮かび上がっていた。これが、言い伝えにある魔王の紋章か。そうか、そうか……
ようやく現状を理解したところで、ものすごく頭の痛い気分になった。いやまあ、今朝目を覚ましてからというもの、体の調子は絶好調なのだが。マナの巡りもものすごくて、たしかに自分が魔王だと言われると体の感覚に説明がついた。でも、わたしが魔王になったのはいいとしても、このメイドのことはなんとかしなきゃいけない。
「あー、それなら、わたしに仕えてくれると嬉しいかな……でも、わたしが魔王だってことは、周りに知られないようにしてね」
正直、こいつを野放しにするのはめちゃくちゃ怖い。わたしのためだとか言って大事件を引き起こす未来しか見えない。わたしが「死ね」と命じたら死ぬだろうけど、さすがにそこまでする気はおきなかった。
「もちろん、全力で仕えさせていただきます。セキラお嬢様の望みが魔王であることを秘密にするでしたら、それを叶えましょう!」
そう言って、メイドはわたしにぱっと
「とりあえず、まずは設定を考えよう?今のままでは、病に伏したわたしが、謎の超絶美少女メイドを連れているという異常事態に、学園のみんなが質問攻めにしてくるに決まってるって」
そもそも、わたしはサウダアバイド家という、貴族とは名ばかりの貧乏貴族の子だ。なんとか奨学金をもらえたから、学園に通うことができるのだ。それでも、学費を払うだけで精一杯だ。これまでメイドを雇う余裕さえなかったのに、生活水準がいきなり上がったら目立つ。目立つと、わたしが魔王だとバレるリスクが高まる。これではいけない。
「設定、ですか。でしたらまずはわたくしに名前を与えてくださるのですか?」
そんなキラキラした目で見られても困る。わたしは名づけは下手なのだ。
「えっと、じゃあ、アミナ、とかどう?」
とりあえず思いついた名前を付けてみた。
「アミナ、素晴らしい名前です!ああ、このご恩に報いるためにも、全力でお嬢様をお支えいたします!」
適当につけたはずなのに、アミナは涙を流して喜んでいる。あんまりにもそれがひどいものだから、話がすすまないではないか。
わたしは意識があさっての方向に飛んで行ってしまっているアミナの頭を叩いて、現実に意識を戻す。
「申し訳ございませんでした!お嬢様から名前を賜った喜びに仕事を放棄するなど……!」
感情の揺れ動きが激しすぎる。わたしはアミナの反応を無視して、これからの学園生活について考えることにした。
「ひとまず、今日は午後から講義に参加しよう。でも、アミナは連れて行かない。そうすれば、わたしは単に”長く病にかかっていた少女”としてふるまうことができるよね。うん。その注目がなくなってから、アミナの処遇を考えよう。そうしよう」
「そんな!わたくしを置いていかないでくださいませ!」
わたしとしては寮の自室でのプライベートな生活が楽になる分には歓迎するのだが、別に他者に見せびらかす必要はないと思っている。しかし、アミナは必死にわたしにアピールする。
「わたくし、お嬢様の影に隠れていることもできます!他人に見られなければ、連れて行ってはいただけませんか!?それか、学友の誰かに擬態して……」
「ほかの学生に姿を見せないなら……」
わたしは許可せざるを得なかった。しょうがない。下手に禁止すると学生に被害がでてしまいそうだし。
アミナは、すっとわたしの影の上に立つと、体が吸い込まれるように影の中へと入っていく。
「これなら姿は見えませんよね?よろしければ、この状態でご一緒させてくださいませ」
鏡を見ても、アミナがいることはまったくわからない。これなら、確かに誰にも見つからないだろう。勝手な行動をしなければ、の話だが。
アミナといろいろ話をしているうちに、もうお昼になってしまった。わたしは冷蔵の魔道具から買い置きしてある保存食を取り出そうとして、アミナに止められた。
「お嬢様がこのような貧相な食事をなさらないでください!」
アミナは自分の影に手をつけると、そこから黒い木でできたテーブルを取り出した。洗練されたフォルムとその上品な光沢のそのテーブルは、学園で見たことのあるどのテーブルよりも高級そうだ。
その上には、銀食器に盛り付けられた真っ黒な料理?があった。形こそ森を模したようにきれいに盛り付けられているけれど、ちょっと食材が謎すぎる。まず、黒以外の色が見当たらないのだ。
「どうぞ、召し上がってください!」
にっこにこのアミナによってこれまた高級そうな椅子に座らされたわたしは、初めて使う銀のカトラリーを持ったまま、固まってしまっていた。
「これ、毒じゃないよね?」
「そんなことはございません!この世にないような絶品の味、食感、香りを持つ料理でございます。これを食べられるのは、世界でお嬢様ただ一人です」
「うげー」
わたしはひとまずこの真っ黒でとても食べられそうに思えない代物のにおいをかいでみる。確かに、食欲をそそるにおいがする。わたしは思い切って黒い花の花びらを一枚口に入れた。
「おいしい!?」
アミナの言葉は嘘ではなかった。この料理は、わたしが今まで食べたどんな料理よりもおいしかった。葉物野菜のようにシャキッとした食感なのに、ソースに漬けられたような濃厚な味が絶妙に混ざり合って、これまでにないおいしさを生み出している。
わたしは、それからコース料理のように出されたアミナの真っ黒料理を、一つ一つ堪能していた。でも、パンまで真っ黒なのはどうかと思う。おいしかったけど。
「ごちそうさま。アミナ、思ってたより、ずっとおいしかったよ。でも、次からは彩りもほしいな」
おいしいかまずいかと聞かれたら、間違いなくおいしいと答える。だけどあの見た目を毎日食べるのは嫌だ。
「かしこまりました。そろそろ学園に向かう準備をする時間でございます」
アミナはそう言って魔法であっという間にテーブルを片付けると、またわたしに黒い煙のようなものをかけてきた。その煙の下から、王族も着ないような非常に豪華な衣装が現れた。
「ちょっと待って!こんなの着て行ったら不敬罪!不敬罪になるから!」
いくら制服がないとはいえども、これでもかというくらいたっぷりと銀糸の刺繍が施され、気の遠くなりそうなくらいに細かいレースがいたるところに使われ、とどめに胸元に特大の宝石があしらわれたこんなドレスを着るつもりはない。というか、布の質も、施された魔法効果もとんでもないし。
「申し訳ございません。ですが、魔王であるセキラお嬢様に下賤な恰好をさせるわけにはまいりません。本当は、ここまで質を落としたくはないのですが……」
しぶしぶという顔でわたしの衣装を作り直してくれたアミナによると、あの衣装はわたしの普段着くらいの感覚だったらしい。いや、国家予算がすべて吹き飛びそうなくらいの代物だったんだけど。
新しく用意されたドレスは、確かにレースや刺繍は控えめで、シンプルなデザインにはなっていたけれど、それでも細かい装飾に宝石がふんだんに使われ、そしてあいかわらず布の手触りは極上だ。正直、これでも国宝級のドレスだと思う。
「わたしの家は貧乏で、宝石なんて一つも持ってないのに!いきなりこんなの着て行ったら目立っちゃうよ!」
「ですが、お嬢様にわたくしよりも貧しい身なりはさせられません」
アミナのメイド服は、彼女の言うとおりかなり質が高かった。わたしのドレスと同じくらいだ。それに劣るような衣装を着せられないというアミナの言い分はわかった。
それに、いろいろと言い合っているうちに、講義の時間が迫ってきている。
「しょうがない。今日だけだからね!」
わたしが折れると、アミナはさっとわたしの髪を整えてくれる。でも、ろくにケアしていなかったわたしの髪の毛は櫛通りが悪いので、水魔法で見た目だけ取り繕ったみたいだ。
「お嬢様、今夜から髪の毛の手入れをいたしましょう」
「わかったから!アミナがやってよ!」
わたしは自分のことなのにアミナに丸投げしたけど、アミナは喜んで請け負ってくれる。
あっという間にヘアスタイルのセットが終わり、わたしは鏡の前に立たされた。
「わぁ」
こうしてみると、これまでの貧乏貴族らしいみすぼらしい姿とは打って変わって、とても上品ながら、わたしらしい遊び心も失わないスタイルに仕上がっていた。くるりと一回転してみても、そのスタイルは崩れることなく、わたしの魅力を引き立てていた。
うん、悪くない。着古した生成りのワンピースより、こっちのほうがいいと思った。問題はちょっと高級すぎることだけど、デザインは控えめだし、なんとかなると信じよう。
わたしが満足の笑みを浮かべると、アミナも笑顔でわたしの影に入っていく。わたしは、寮の扉を開けて、胸を張って学園へと向かっていった。
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